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奴隷勇者  作者: 雨風炉
始まりは優しさと温もりに
7/12

悪夢

 等間隔で鳴る音に釣られる様に目が覚める。一番最初に目についたのは真っ白くて大きな布団だった。その布団の下で静かに息をしている人物は口元には酸素吸入用のマスクつけている。

 

  誰?


 近くまで寄ると見覚えのある顔がそこにはあった、正確に言うならば目の前のベッドには沢山の管に繋がれた自分が横たわっていたのだ。


 手を伸ばして自分の顔に触れようとしたが通り抜けてしまって触ることが出来ない。 


 通り抜けた手を見ながらこれが自然なことだと納得する、きっと俺はこの場所から動けない、それが自然だから。不思議とそういう事が分かる。

 意識はふわふわとした浮遊感に支配されている。酷くか細く不安定で、それでいて此処に繋がれている様な奇妙な感覚。

 

 寝ている自分のそばに二つの黒い影が現れる、やがてそれは色を帯びて俺の母さんと父さんの姿を映し出した。


 『…ひろやす……うぐ…っう…ううううぅ……』

 『……うぅぅ……ひろやすぅ……ひろやすぅ……』



  何泣いてんだよ父さん……母さん……


 その声は音もなく伝えることは出来ない、父さんと母さんはただただ俺の腕をとって涙を流し続けている。

 そのまま二人の姿は砂が風に乗って流れるように消えてしまった。



 『ひろやずぅ……なんでおめぇがご んなぁ……うぐあううぅ……じぐじょう……じぐじょう……』


 『ひろやす、これから五人でインカレ制覇するんじゃ無いのか!なのになんで……クソ!クソ!クソオオオ!……くそぉ……』


 『ぬう……ひろやすぅ……うぐ……ぬぐっぬおおおおおぉぉ……』


 『…なんで……こんな……こんなの……ないよぉ……うああああぁぁ……』


  

 そのあとも同じように影が見知った顔を映し出していった。亮太、直敬、謙吾、潤。

 悔しそうに、怒りながら、苦しそうに、辛そうに、顔を歪めて泣いていた。

 そのまま、サラサラと砂のように、崩れて、流されて、みんな消え去る。



  行かないでくれ……俺はここだよ……ここにいるよ……


 誰にも伝えられないその思いだけが心の中で力なく木霊する。



 気が付くと闇の中に取り残されるように一人で佇んでいた。

 手足は動く、意識もしっかりとしてる。先ほどのような浮遊感も奇妙な感覚もない。



  行かなくちゃ

 

 そう思った瞬間、闇の中に明るい光を見つけた。その光に導かれるように駆け出す。


 『待って!みんな!俺は!俺はここだ!』


 叫びながら光の方に走る。




 また気がつくと違う場所にいた、暗い森だ。

 走りながら見上げると明るい月が木樹の隙間から見える。

 

  俺はこの森に来たことがある……

 

 振り向くと無数の影が追いかけてくる。

 

  あの時と一緒だ!あの大きな狼どもに追いかけられている!


 脚を動かし続ける、だかすぐに息が切れる、体も重い、全身からは汗が噴き出るように流れ、もはや限界だと言わんばかりの頭痛に顔を顰める。

 

 背後に迫る狼は今どのあたりに居るのかを確認するために振り返った途端に足がもつれて投げ出されるように倒れてしまった。

 すぐに体を起こしながら背後を向くと、すでに背後まで迫っていた野獣共は勝手に倒れた獲物に嬉々として飛びかかっていた。


 『うわああああああああああああああ



   ◇



 あああああああああああああああ!」


 勢い良くベッドから飛び起きた。


「ハア……ハァ……ハァ……」


 心臓の鼓動は部屋中に響き渡るかという程波打ち、体から吹き出た汗が全身に纏わり付いてすごく気持ち悪い。


「――ハァ……はぁ……はぁ……ふぅ……」


 肩を上下させる程激しかった呼吸を少しずつ整え、ようやく落ち着いてきた。体をずらしベッドの縁に座る。


な夢だ……」


 膝に肘を置き背中を曲げながら額に手をやり瞼を強く閉じて未だに残る夢の感触を振り払うようにかぶりを振る。


「あの夢は……何だったんだ……」


 窓の外から映り込む月の光に照らされながらとても憂鬱な気分になる。


「ヒロヤス!大丈夫!」


 扉を勢い良く開けてコッティが入って来た、料理を中断してきたのだろうかエプロンを着たままだ。


「あぁ……大丈夫……悪い夢を見てうなされただけだから、大きな声出してごめん」

「本当?ただの夢なのね?はぁ……良かった。てっきり私の治療が悪くて死にそうになってるのかと思っちゃった」

「ん?あぁ体はこの通りもう動けるみたいだよ。ほら……」


 そういって立ち上がるとハラリと何かが落ちていくのを感じた。


「いやああああああああああああああああああああああああああ!」


 落ちていったのは腰に巻かれていたタオルだった、この悲鳴を聞けば分かる通りその下には何も履いてない。


「早くしまって下さい!」

「うわわわわ!ごめん!」


 素早くタオルを取り腰に巻き付ける。


「コレで大丈夫!ほら」


 タオルで大事な場所を手早く隠すと入り口で背を向けているコッティを呼ぶ


「本当に大丈夫ですか?振返って嘘でしたとか無しだからね!」

「大丈夫ちゃんと隠したよ!」


 顔を薄紅色に染めながら恐る恐る振り返るコッティ、ちゃんと隠してあることを確認してようやくコッチに体を向けると。


 「変態!不潔!馬鹿!変態!」

 

 赤くなった顔をムッと顰めながら大きな声で罵ってきた。


「ご……ごめん……」

「もう!とりあえず服着替えて下さい!……あ!まって!下着だけ着て!傷見るから!」

「えっと……俺のバッグは?」

「あなたのバッグは机の上にあります!」


  所々敬語で返してくる。もしかして、いや、もしかしなくてもコッティは怒ると敬語になる子か……。


 月明かりの影で見えなかったそのバッグから急いで下着を取り出して履いた。


「着替え終わったよ」

「本当に大丈夫なんですね?入りますよ」


 着替える間、扉を閉めて待っていたコッティがチラリと扉の隙間から顔を覗かせて俺が下着を履き終わった事を確認するとゆっくりと扉を開けて入ってきた。


「だ……大丈夫そうですね……。それでは傷の具合見るので包帯取りますね」

 

 部屋に入ってくると全身包帯だらけの半ミイラ状態になっている俺の包帯をそっと解いていった。


「嘘……傷がもう塞がってる……」


 包帯を解き終えるとコッティは驚きながら俺を全身を見渡す。自分でも傷がこんなに早く塞がるとは思っていなかたので同じように体を見渡した。あれだけひどい状態だったはずの傷口は全て閉じており、うっすらと傷跡が残っているだけだった。


「うーん……ヒロヤスの精霊さんがやった……ってわけじゃないみたい。じゃあどうして……」

 

 また聞き覚えのない単語がでたが今はスルーしてこの不可思議な現象の理由わけを探るが全くわからない。


 「ねぇヒロヤス、この肩にある模様は何?」


 そう指摘されて初めて気がついた、左肩には握りこぶし程の鳥の模様が刺青のように肌に浮かび上がっていたのだ。もちろん刺青を掘っていたなどということはない、まったく身に覚えの無い模様が俺の肩に出来ていた。


「何これ?」

「私が聞きいてるの!」

「ごめん……分かんない……」

「んー……記憶喪失だもんね、しかたないよ。なんかね、この模様から不思議な《精素ラナ》を感じたからもしかしたらコレが関係してるのかもしれないね」

「そうなのか?なんか怖いな……」

「まあ怪我の治りが早いのはいい事だし今は気にしなくてもいいんじゃないかな?大丈夫!きっと記憶が戻ったらすぐに分かるよ!」


 記憶喪失になった俺を不安にさせないように気遣ってくれているのか可愛らしい笑顔で明るく言葉を投げかけてくれる。見ず知らずの俺をここまで気遣ってくれる優しさにとても感謝している。ただ記憶喪失っていう誤解は早い所とかないといけないが……今はその誤解を有効活用させてもらおう。


「あのさ、俺って記憶喪失なんだよね?それでさ……よく分かんない言葉がいっぱいあるんだけどあとで聞いてもいい?」

「もちろんいいよ!分かんないことがあったらなんでも言って!でも何で後なの?」

「え?だってエプロン着てるからてっきりご飯の支度してたのかと……」


 一瞬の静寂そして思い出したかの様に思わず耳を塞ぐほどの大声で叫びだした。


「そうだったああああああああああああ!早く戻らないとお鍋が焦げ付いちゃう!」


 その言葉を残してコッティは階段を駆け下りていった。

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