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奴隷勇者  作者: 雨風炉
始まりは優しさと温もりに
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青い服の少女

 羊飼いのお爺さんと小一時間歩き続けていた、暗闇を照らすのは半月の光のみ、最初はゆったりとしていた傾斜はの野原を歩いていたがいつの間にか岩肌に面している蛇腹に伸びたスロープ状の道を進んでいる。


 どんどん標高が高くなっているのが分かる。よくお爺さんはこんな道を通ってきたものだ。


「おお見えたぞ、あそこ丘の上にあるのが儂の家じゃ。すぐそこにはこの子達の小屋がある」


 スロープになっている岩肌を登りきると、眼前に見えるのは一本道とその先に明かりが灯った家が小高い丘の上に一軒だけ建ってる。


 道を歩いてすぐの所に大きな小屋とソレを囲んでいる柵がある、コレがさっきおじいさん言っていた羊小屋だろう。

 

 小屋に着いてお爺さんが入り口を開けると羊達はぞろぞろと入っていく。

 その様子はひとかたまりの大きな雲が小屋に吸い込まれていくように見えた、そして最後の一匹が小屋の前でまで来ると立ち止まって俺の方を向く。

 

「ベエェー」


 その羊は一つ鳴くと俺に軽く体をぶつけてそのまま入っていった。


「ホホゥ、どうやら本当に気に入られておるようじゃの、あの子は青年をのことを慰めておったぞ。ッホッホッホ」


 その言葉にどう返していいのか分からず苦笑しながら軽く頭を下げた。


 羊たちが入り終えると扉を閉めて何やら唱えながらカランコロンと杖鳴らすと、杖が淡い光を放ちながら小屋を半球状の膜が包んでいく。


 その様子を呆然と見ていた俺はうなだれながら血を流しすぎて幻覚を見てしまったのだと一人で納得した。


「青年や、急に項垂れてどうしたのじゃ?傷が痛むのか?」   

「いえ、昨日からほとんど何も食べていなくて少しめまいがしただけです」

「ふむ、倒れる前に早く家に行こうかの。」


 小屋を後にしてすぐに俺の足取りはフラフラになった、さっき思った通り血が足りてないのだろう。お爺さんは俺に肩を貸しながらなんとか家に辿り着いた。


「コッティ!コッティや!怪我人がおるんじゃ!手を貸しておくれ」


 玄関の階段前で俺を地面に横たわらせ、お爺さんが大きな声をで誰かを呼ぶとすぐに扉が開いた。


 かろうじて残っていた意識で見えたのは青いロングスカートだけだった。



   ◇



 闇の中スポットライトに照らされた一つの卵

 


  ―――はじめまして。


    ・・・だれ?

 

  ―――私はあなたと共にあるもの。


    ・・・ともに?


  ―――そう、あなたは私の父であり、兄弟であり、主であり、あなた自身です。

 

    ・・・おれ?


  ―――ですが、このままでは私――の―――孵――が―――――!


    ・・・なに?


  ―――急いで―――に行き、―と―――――を―――っ――――!



 そして光は消えた。



   ◇



 柔らかく暖かい微睡みの中、ふわっと鼻を通り抜けた美味しそうな匂いに引きずり込まれるように意識が覚醒していく。

 

 閉じていた瞼をゆっくり開けると一気に光が差し込んで思わず顔を逸らした。


「あら?目が覚めましたか?」


 横から優しい声が聞こえてきた。

 顔を向けると目についたのは、白と赤のストライプが入った前掛けエプロン。その下には柄の入った青いワンピースを着ていて更に下に肩先に膨らみがある特徴的なショートブラウス。その服はスイスの民族衣装のミーデルを彷彿とさせる。


 更に視線を上げると艷やかなブロンドヘアーに目を奪われた、その金の糸を束ねているのは一枚の黒い布。頭の先から襟首掛けて結ばれた三角巾のお陰で肩まで伸びた髪をふわりと浮かせ陶磁器の様に白いうなじを覗かせる。

 大きくて明るい瞳は透き通るような青色をして、幼さを残した顔立ちに反してどことなく大人びている印象を受けた。


「おはようございます。余程お腹が空いていたんですね、あれだけぐっすり眠っていたのに、ご飯を持ってきたらすぐに目を覚ましましたね」


 少女はクスリと笑いながら、手にしていたお盆をベッドの横の小棚に置き、礼儀正しく会釈をする。


「体は起こせますか?」

「へ?あっはい!……あれ?何で動かないんだ!」


 いつもの様に体を起こそうとするが首から下がピクリとも動かず驚き戸惑う、諦めずに体を起こそうと必死に首を振り回している様はとても滑稽だ。


「大丈夫ですから、落ち着いて下さい。体を起こすお手伝いしますね」

「ハッハイ!」


 首を振り回していた俺の頬をそっと両手で抑えて動けないようにすると、真っ直ぐ見つめながら落ち着くかせてくれた。

 急にじっと見つめられた俺は思わずドキドキしてしまい、声が上ずってしまった。

 

 その後小さな体を懸命に動かしてベッドから俺の上半身を引きずり上げヘッドボードに背をもたれる格好にしてくれた。


「ふぅ、あっ!背中痛くないですか?枕挟ませますね」


 更に彼女は一息つくとすぐに背中がゴツゴツしたヘッドボードにあたっていることに気付いて、俺を気遣ってヘッドボードと俺の間に枕を差し込んでくれる。


「ありがとうございます、えっと…」

「あぁ!私はコッティ、コッティ=ポッフです」

「コッティさん改めてありがとうございます。俺の名前は真柴弘泰です」

「私のことはコッティでいいですよ。マシバヒロヤス?長い名前ですね」

「いや、真柴は苗字で、弘泰が名前です」  

「じゃあヒロヤスって呼べばいいんですね?」



  ぐぅ~



「ふふ、早く食べたいですよね。えっとヒロヤスは体が動かせないんですよね?少し恥ずかしいですけど食べさせてあげますね」


 ニコリと微笑みながらお盆にのったお皿を持ち上げる、皿の上には白いスープに彩り鮮やかな野菜がゴロゴロと乗っていて見た目はシチューそのものだ。ゆらりと立った湯気と共にやってくる匂いに無意識に喉を鳴らす。


  美味うまそう。


「フーフー。はい、あーん」 


 そのシチューをスプーンで一掬いすると、フーフーと冷ましてから口の前に差し出された。


「いただきます。あむ…」


 スプーンを大きく口を開けてパクリと一口、口の中に流れ込んできて確信した。


  これはシチューだ野菜の旨味がたっぷりと染み渡った濃厚なシチューだ!


 濃厚なシチューを咀嚼しながらじっくりと堪能する。

 

 口のなかで広がる野菜の甘味と牛乳の芳醇な香り、それらが喉をするりと通り過ぎていく。

 

 頬を伝う感触は温かくそれに気付くまで少し時間を要した。

 

 次の瞬間、頭の中で感情が決壊したダムの様に溢れだした。


 一日、たった一日の間だけで体に大きな傷を負い、大きな狼に追われ、寒さに凍えて、飢えに苦しんだ。

 

 これまで感じたことのない恐怖と苦痛の奔流が頭を掻き乱していく。


 それら全てを温かいものが優しく包み込んでいく。

 母の胎内に抱かれている様な心地よさと温もりが俺の中にあった負の奔流を抑えこんでいく。


  温かい……。

  

「あの、すみません、美味しくなか「美味しいです!すごく…美味しい…、うぅ…本当に美味しくて…ぐす、あったかくて…うぅああぁぁ…」

 

 急に泣きだした俺を見て勘違いした彼女は悲しそうな苦笑いを浮かべながら片付けようとしている。俺はすぐに彼女の言葉を遮り被せるように今感じている気持ちの丈を伝えた。

 最初は頬を一筋だけ濡しながら精一杯の笑顔を作ろうとしたが言葉を紡いでいくうちに顔は歪んでいき声も抑えきれなくなって最後には泣いていた。


 指の一本も動かせず涙を拭う事ができない自分に苛立ちながら少しでも抑えようと歯を食い縛る。が、少し溜まるだけですぐに溢れてしまい全く意味を成さない。


 そんな俺を彼女は抱き寄せて頭を撫でながら泣き止むまで受け止めてくれた。



   ◆



「もう……冷めちゃいましたね……」

「すみません、服もこんなに汚してしまって……」

「いいえ、気にしないでください。ご飯は暖め直せばいいいですし、服だって洗えばいいんです。」

「お陰様で良くなりました。ありがとうございます」

「とても大変だったんですね……こんなにボロボロになって……」 


  

  ぐぅ~


  二度目の空気の読めない腹の虫が鳴り響いた。



「うふふ、話は食事が終わった後にしましょう。すぐに温めなおしたのを持ってきますね」

「……すみません」


 穴があったら入りたいとはまさしくこの事だ、恥ずかしさの余り顔を真っ赤にしながら申し訳無く俯くことしか出来ない。

 そんな自分を情けなく思いながら、彼女の後ろ姿を見送った。

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