突然の誘拐
家から出ると大通りに面した道を進んで行く。
しばらく進むと日は沈みきり辺り急激に暗くなる。
このまま真っ直ぐ突き当りのT字路まで行って左に曲がり100mほど進むとそこが中学校なのだか、少しお腹が空いたのでコンビニに寄ることにした。
コンビニへの道はこの大通りを一個左に入った脇道にありいつものように自転車を漕いで脇道に逸れた。…はずだった。
あれ~?いつもの脇道に入ったはずなのにコンビニがないぞ?
自転車を漕ぎながら道を間違えたのかと一瞬考えたが、そんなわけは無い。
なんだかいつもの団地の雰囲気と違って見える。
「どうなってんだ?」
その言葉を口にした直後、首にバチッという音と共に全身が強張る程の電撃を浴びて意識を失った
「これでいい……」
◆
…冷たい風が体に沿って流れていく。
すごく寒いから早く毛布をかけようと手を伸ばすが虚しくも手は空を掴む。
あれ~?いつもならすぐ毛布が取れるはずなのに……
うつろな目をゆっくりと開けると目前の木樹が急流の川のように流れていく、正確には自分が空を流れるように飛んでいるのだ。
一体どうなっているのかと混乱していると先ほど首筋に受けた電撃の痛みを思い出した。
とりあえず自分の状況を確認しようと頭を動かす、どうやら巨大な鳥?のような生物を腹で抱え込むようにして載せられて空を飛んでいる様だ、その巨鳥の手綱を黒いローブを着た誰かが握っていた。
「どうなってんだ…?」
既視感を感じる言葉を呟くが、その声は風の音が邪魔をして黒ローブには聞こえ無かったようだ。
見下げるとなんだか吸い込まれてしまいそうになる。
此処で落ちたら俺死ぬかな?
と、そんなことを考えた瞬間。
ドンッ、というという音が一瞬の閃光と共に大きな衝撃を生んだ。
体は宙に放り出されていた。
「ウワアアアアアアアアァァァァァァァ!」
どんどん地面に吸い寄せられていく・・・小さくなるあの巨大鳥に乗っていた奴も驚いた様子で一瞬呆けていたが、すぐにこちらに旋回して放り出された俺の手を掴もうと手を伸ばす。
俺もその手にしがみつこうと必死に手を伸ばし指先が擦れるが間に合わずそのまま、ガサゴソとバキボキと樹の枝葉を折りながら森に落ちる。
「痛ああああああああアアアアア!」
若干涙目になりながらも何とか無事だったようだ、どうやら落ちてくるとき折った樹と背負っていたバッグがクッションになったらしい。
体のあちこちはジクジクと痛み、制服も傷だらけで特に左袖と右大腿部は大きく破けていて血が出ている。
体を起こし周りを見ると深い森に落ちたようで数メートル先までしか見通せない。
早くここから逃げなければ。
バッグの左肩紐はちぎれてしまっていたので両手で抱き抱えながら安直な考えに身を任せて森の中を走りだす。
はやく離れないと、またあのビリビリで眠らされて捕まる!!
森をかき分けながら進むが思うように進めない、辺りは既に暗く頼れるは木樹の隙間から見える微かな月明かりだけだ。
それでも一刻もはやくこの場を逃れようと草木をかき分け進む。
なんとか人が居る場所へ、助けを求めなければ。
しばらく進むと少し開けたところに出た、先ほどまで数メートル先しか見えないほど繁っていた森の木樹たちは隙間を開けて離れていて先ほどよりも見通しがいい。
そこは転々と小さく集まった花畑が月の光に照らされている。
こんな状況でもなければ綺麗な場所だなぁと呆けていただろうが、今はそんな状況じゃない。
急いで花畑を駆けるとワオーンと遠吠えが聞こえた。
なんかものすごーく嫌な予感がするぞぉ……。速くこの森を抜けないと!
風をかき分け木樹縫うようにを走る抜ける。
走りながら自分の体の異常に気付く。
おかしい、おかしすぎる!!この糞重いはずのバッグが全然重たくない。むしろ軽い、中身がちゃんと入ってるのかと思うくらい軽い!!
それに脚が速い、速すぎる!!今までこんなに速く走ったことはない。走れる訳がない!確実に自分の限界を超えている!!なのに息が切れてない!!
全身が燃え上がるように熱い!体の芯から湧き上がる膨大なエネルギーを感じる!このままどこまでも走り続けそうだ!!
そんなランナーズ・ハイの様な状態になりながらも走り続けた。
辺りを照らしていた月は雲に覆われるように隠され森は暗闇に飲み込まる。
ただでさえ薄気味悪い森が更にその不気味さを増し、先ほどまで感じなかったねっとりとした空気が体に纏わり付く。
そして野獣の狩りが始まった。
闇の中を蠢くように影達が俺に並走する、いつの間にか囲まれていたのだ。
「グルアアアアア!」
後ろから聞こえた声を合図に並走する影の一つが飛びかかってきた。
飛びかかる影が雲の切れ間から覗いた月に照らされた。その瞬間、時間がゆっくりと流れ、その影の姿を鮮明に捉える。
獲物を見つめる双眸は血のように赤く染まり、大きく開いた口には鋭牙が連なる、二本の脚から生えた鋭い爪が今にも切り裂かんと飛びかかっている。
宙をゆっくりと飛びかかって来ているのは狼だ。ただその大きさは頭を一口でもぎ取るほど大きい。俺の知る限りそんな大きさの狼はアニメやゲームの中でしか見たことがない。
……嘘…だろ?
とてもゆっくり飛びかかるその姿に死を覚悟した。
「ガアアアアアウ!」
鋭い爪に囚われるその瞬間、本能のままに体が動く。体を捻って狼に向かって勢いよくタックルをかますと、狼が吹っ飛んだ。
全身から汗が出たのがわかる、眼からも少し出てきそうだ。
ありがとう俺!ナイス判断俺!
その後も直ぐに別の奴が飛びかかってくる。
奴らの猛攻を受けながら必死に手で払ったりタックルをして捌く。
もはや頭のなかは真っ白で何も考えることは無く、奴らの攻撃を捌きながら正面の樹を躱す事だけをしていた。
どのくらい走ったのか分からないがいつの間にか森を抜けていた。
横に並走していた狼達は消え、後ろのほうから小さくなっていく遠吠えが何度か聞こえた。
何とか切り抜けて安堵した俺は少しずつ速度を落としていった。
「ハァ…ハァ…フゥ」
気がついたら切れていた息を整えながら額から流れる汗を拭いながら歩く。
それは生まれてから今まで運動をして来た体に染み付いた行動。走り続けて火照った体を少しずつ冷ますように歩き続ける。
真っ白だった頭に血が巡り大きな謎が浮かび上がる。
此処は一体何処なんだ?
あの黒ローブは誰なんだ?
何で俺を誘拐したんだ?
あの巨大な鳥で俺を何処に連れ去ろうとしたんだ?
考えても答えは出ない。
しばらく歩くと河原に出た、川沿いに道もある。
ずっと走っていて喉はカラカラだ、早足に河原に着くと川に顔を沈めて冷たい川水を流し込む。
「ゴグ…ゴグ…ぷはぁあああああああ!」
生き返るとはこの事だろう。
水を飲み終わると瞼が重く伸し掛ってきた。
ぅあー…ねみぃ…。
体から力が抜けるように仰向けに倒れるとバッグをベッドにそのまま目を閉じた。