仲間の死体と武器
マップに示された地点までの道は、当然ながら平坦ではない。足元に生える草や木を避け、また健一の能力により視界外に存在する危険な気配を迂回して移動した結果、それでも三時間程で地点付近まで辿り着いた。
鬱蒼と生い茂る森を抜けた先に、ゴツゴツとした岩場が突如現れる。地面には辛うじて雑草らしき草が生えてはいるが、森のように養分が少ないのだろう、それほど成長せずに放置されている。
そして、岩場は坂になっており、マップを見る限りその坂を登った先に地点がある。
体育教師と同行していた生徒、二名の成れの果てと共に置いてある武器が、そこにある。
健一達はそこから慎重に、なるべく静かに坂道へと入った。
周囲の岩肌が露出している部分などに気をつけ、足元に注意しながら坂道を登り、幾分なだらかになった所から、とうとうそれが見えた。
真っ先に視界に入ったのは、壁に叩きつけられ身体を投げ出した形で死んでいる男子生徒の死体。
その奥に、ひしゃげ潰された肉の塊があった。
周囲は赤黒く地面も壁面も彩られており、間違いなくここが惨殺の場所であった事を伺わせる。
「ウッ……」
それを視界に入れた美希が思わず健一の背後で吐き戻す。
現実に死体を生で見るのは初めてな上、このような完全に潰されたと見れる死体だ、ネットのグロ画像でも中々お目にかかれない悲惨な姿になっている。
健一としてもここまで惨たらしい死体を見るのは初めてな訳だが、腹の底に力を入れて根性で我慢している。生理的嫌悪感などはあるが、そんなものに二人揃って振り回されていいほど現状は安寧では無い。
二人が来た事で、熊野達をこのようにしたゴーレムと思われる敵がまたやってくる可能性があるのだ。用事は早く済ませるに限る。
健一は両頬に掌を叩きつけて気合を入れると、一人熊野であった死体へと近づいた。
近づけば近づく程糞尿や血の匂いでむせ返りそうになるが、今更弱音を言ったって何にも為らない。
健一は熊野で出来た肉団子の傍ら、血の海に沈んでも尚光を放っている剣を確認し、地面から拾い上げる。
その剣は槍ほど長いものでは無く、刃渡りは90cm程のもの。ゴーレムには通じていなかったようだが、刃こぼれ等はしていない。
健一はそれを確認すると、剣の鞘は無いものかと周囲を探し、鞘を確認した。
熊野の背中側に、剣の鞘は引っ付いていたのだ。
これはどうするべきかと考えてから、鞘は放棄する事を決断した。
鞘も重要な何かである可能性もあるが、それでも死体を分解して取り出そうとは思えない。
健一はそう考えて背後へ振り返ろうとした瞬間、伸ばしていた気配の先端に強力な気配が現れた事を確認した。
「まずいっ!」
これは恐らく、警戒していたゴーレムだろう。
あの映像の最後では山へと登っていったのを見ていたので、今山を降りてきている所だと推測できる。
健一は急ぎ背後へ振り返ると、未だ蹲っている美希を視界に収めながら声をかけ、もう一人の生徒の死体へと駆け寄った。
「七瀬さんっ! ヤツが来るから手伝ってくれっ!!」
「ヤツって、あの石のでかいのですか!?」
「そうだ! 多分ソイツが来る。申し訳ないがこの死体から装備を剥がすのを手伝ってくれ!」
健一はそう言うとまず死体が首からぶら下げていた小銃を手に持ち勢い良く引っ張る。
グイと引かれた死体はそのまま横倒しとなり美希が悲鳴をあげるが、それを無視して小銃を外す。
それから脇の下に見える拳銃と、腰回りについている迷彩柄のポーチを外し、背中に背負っているリュックサックを強引に引っ張りあげ外す。
リュックサックには血がベットリと付着しているがそんなものを無視し、健一はリュックサックを外すとその中へ拳銃や小銃を放り込んだ。
今回健一の一番の目的は熊野の持っていた剣や小銃では無く、このリュックサック自体にある。
健一の予想ではこのリュックサックは美希の持つリュックサックと同じ「用途の限定されたアイテムが任意に取り出せる」アイテムだと思われる。
美希の場合料理道具や生活一般の雑貨が手に入るが、この武器の場合銃火器もしくは軍用品などが取り出せるようになっていると推測した。
現段階でこの恩恵は恐らく多大なものになるだろう。
実際のものを撃った事など無いが、少なくともあの小銃があれば森である程度生きていける。
彼等はこの島に現存する中で一番レベルも高く装備も整ったチームであるとあの兎の男も言い、その装備品を勿体無いと地図で通知までしてくれたのだ。
これでタダのリュックサックであればお笑いではあるが、その効果を確認するには取り急ぎ、この場所から逃げ出した方が良いだろうと思っている。
先ほどキャッチした危険な気配が、恐ろしい速度で近づいてきている。その上地面が微妙に揺れている為、恐らくあの巨体が、走っているのだと思われる。
あんなものに来られたら健一と美希、二人共あの熊野の仲間入りだろう。
そうならない為にも、急いでこの場所から離脱したい。
健一は血のついたリュックサックを背中が汚れるのを構わずに背負うと、横で呆然と眺めていた美希へと声をかけた。
「何してる! 早く逃げるぞ!!」
「はっ、はい!!」
健一の激に弾かれたように身を起こした美希が慌てて坂を下っていく。その姿を確認して自分も追従するように走りだす。
レベル上昇の成果によりかなりの速度で走りだした二人であるが、健一は背後からの気配に背中の冷や汗が止まらない。
ゴーレムと思われるその気配は、着実に健一達との距離を詰めて来ているのだった。
それと共に段々とズシン、ズシンという音が耳に聞こえてくるようになり、地面がそれに比例して小さく揺れる。
ちらり、と背後を振り返ると、やはりあの黄金色のゴーレムが、その巨体を惜しげも無く活用し思い切り走ってきていた。
「いやぁああああっ!!」
同じように振り返ったのだろう、美希が叫び声をあげながら必死になって足を動かす。
「追いつかれるから振り向くな! 走れ!!」
「分かってます、分かってますよぉお!」
二人揃って必死になって坂道を駆け下りながら背後を確認しつつ、少しずつ距離を詰められている現実に冷や汗をかく。
もうすぐで坂道は終わり、森と岩場の境界線に辿り着く。
だがゴーレムの追跡は未だ終わらず、健一達を追いかけてきていた。
「どどど、どうすればいいんですかぁ!?」
「とにかく森だ! 森へ逃げろぉおお!!」
そうして二人は坂道を駆け下りた勢いそのままに、森の中へと突入していった。
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森へと走って戻ってきてから数分。
二人ははぁはぁと荒い息を吐きながら木に背中を持たれかけ座り込んでいた。
背中に背負っていたリュックは既に足元に放り出しており、両者ともに完全にバテていた。
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫ですかね」
「た、多分……。気配はもう無いみたいだからな……」
そんな中でも健一は警戒を怠らず、周囲に危険な気配が存在していないかを確認しつつ、疲れた身体を休める。
能力としてそういった警戒向きのものなのだから、そういう仕事は自分の仕事であると割り切っているのだ。
健一は背負ってきたリュックサックと、手に持ちながら走っていた光を発する剣を見る。
過程はどうあれ、とにかく武器は手に入れた。これでこの先の探索がラクになれば良いのだが、と考える。
だがそれでもあの岩山へと向かうのはもう御免被りたい所である。
この武器の通じない相手である所の巨大ゴーレムが護っているとも思われるあの岩山は、間違いなく危険地帯だ。
次はマーカーを置かれようがどうしようが、徹底的に無視すべきだろうと結論付けた。
「と、とりあえず……今日はここで休もう……」
「そうですね……思いっきり走ったから……疲れちゃいました……」
健一がそう言うと、呼応するようにして、美希がその場へと横になる。
時刻はもう夕方近い。新たに移動して場所を見つけるよりも、この場で休むのが懸命だ。
自分を納得させた健一も、美希とは反対方向へと横に倒れるのだった。