レベリングとゴーレム
「地獄に一番近い島」に来てから4日目。健一達はオオカミを狩っていた。
オオカミは基本三頭程度で縄張りを巡回しているようなので、健一達は三頭のオオカミを探索し、二頭を健一が先制で狩り、残り一頭を健一が押さえつけ、美希が金の槍でトドメを刺すという方法を取っている。
何故美希のレベル上げを行っているのかと言えば、昨日のような「敵対的な人間」がまたいつ現れないとも限らないし、自衛が出来るに越した事は無いという二人の共通見解による判断だった。
初めの内の美希のレベルアップは、健一が経験したものよりいくらかマイルドなものだった。
「か、身体が……っ! お、お腹が!」
「ほれ、肉食え肉」
全身に走る急激な身体変化に伴う痛みと空腹が美希を襲うが、それで健一のように理性を飛ばすようなものでもなく、確りと自身の意志を持って全身の痛みと空腹を訴えていた。
そこに焚き火で焼いていたオオカミの焼き肉を差し出すと貪るように美希が喰らいつく。
ガツガツ、モグモグと普段の美希とは印象の違う食事を済ませて満足した後、再びオオカミを探しに健一が探索の感覚を伸ばし、同じようにレベリングを繰り返す。
都合四回目ぐらいで美希の身体に走る痛みは消えたのだが、空腹だけはどうにもならなかった。
そしてその身体変化により、美希の視力に変化が起こる。
「うわっ……視界がぐわんぐわんする……」
掛けている眼鏡を調節しながら美希が零すと、健一が考えるような仕草で応える。
「んー、レベルアップで視力が回復したのかもな。俺も以前より遠くが見えるようになっているし」
「そっかぁ。じゃあレンズ外した方がいいですね」
そう言うと美希は掛けている眼鏡からレンズだけ取り外し、フレームのみのものをまた掛ける。
「うん、これなら大丈夫。レベルアップで視力回復って凄いなぁ」
「ていうか、眼鏡必要無いんだから掛けなくていいんじゃないのか……?」
「掛けてないと落ち着かないので。長い間眼鏡をかけてましたから」
「そんなもんか」
兎も角レベルアップの恩恵が身体能力の向上という事には間違いないのだろうと二人は実感しながら森の探索を進めていく。
沢近辺で探索をしていた二人だが、美希のレベルアップが一定の効果が出ている事を確認すると、次第に森の深い部分へと足を進めていた。
行く先に凡そ大型犬程度の大きな気配を確認し、健一を先頭にそちらの方へ向かうと。
健一の行く手に、白い紐が木の間に架かるようにして垂れ下がっている地域へと足を踏み入れた。
「……紐、じゃないよな」
「多分、ですけど。違うと思います」
まるで門のように構える二つの木々の間に垂れ下がったその白い紐を確認しつつ、健一が探索の感覚を伸ばす。
先ほどまで感覚として捉えていた大型犬のような、それでいて危険な気配は、遠く離れてはいるが木の上に登っているかのように動いていた。
「結構離れているが、木登りしてるみたいだ」
「木登り……もしかしてこの紐、蜘蛛の糸じゃないですかね」
「蜘蛛、か。そうだとしたらマズいな、頭上から攻撃とかされたら捉えきれない」
蜘蛛。それを聞いて先日人間を絡めとり貪り食っていた巨大な蜘蛛を思い出し苦い顔をする。
あんなものが頭上から降りてきたりしたらとてもじゃないが冷静ではいられないと思うし、そうなれば美希も守りきれず危険に晒してしまう。
美希も自身がオオカミに囲まれた日に見せられた映像を思い出したのだろう、青い顔をしながら健一を見上げていた。
「……この先は多分やばい。迂回しよう」
「そうしましょう、そうしましょう」
健一の言葉にブンブン大きく頷いた美希と二人、白い糸の垂れ下がった木々から大きく迂回するように移動する。
既にキャッチしてある、恐らく蜘蛛のものと思われる気配を確認しながらそこから離れるように動く事で彼等のテリトリー内へと入らないよう気をつける。
そうして迂回した先には、少し開けた場所に出た。
木々の合間に広がるほんの少しの空間に何となく腰を下ろし、落ち着くことにする。
「少し、ここで休憩するか」
「そうですね、ずっと移動してましたし」
美希が背負った鞄からペットボトルの水を取り出すと健一に手渡し、自身も鞄からもう一本水を取り出す。
頂いた水をありがたく受け取った健一はキャップを開けて水で喉を潤した。
「それにしても、この森はどこまで続いてるんだろうな」
「そうですね。ちょっと地図アプリで見てみましょうか」
美希の提案に従い地図アプリを立ち上げて現在地を確認する。
健一達の地点はほぼ森林の真ん中、少し右より辺りだった。地図アプリの視点を動かすとアプリの正面、真っ直ぐ行った所に恐らくは山と思われる岩場が多数点在しており、右手方向へ行くと少し大きな湖があるようだ。
後方には森がひたすらに広がり、左手方向へ行くと、突然茶色い大地に出る。
「この左側は何だろう、荒野か?」
「そうじゃないですかね。森も途切れていますし」
「んー、進行方向としてはどっちに行くか」
二人で地図アプリを睨みつつここから先の進行の検討をしていると、頭上から声が聞こえてきた。
『やあやあ「地獄に一番近い島」の皆さん、こんにちは。ここ最近少し忙しかったもので、顔を出せず申し訳ない』
そんな、場違いにふざけた物言いをしてくる声の主に反応し頭上を見ると、やはり兎の男が朧げな姿で上空へと表示されていた。
「あの野郎、ふざけやがって……」
あいつが出てきたのは美希を助ける時、三人の犠牲者を楽しそうに眺めていた時だった。
またそんな、犠牲者が出るような状況が起こっているのだろうかと不安半分、怒り半分で兎の男を睨みつけると、兎の男はやはり楽しそうに宣う。
『あらあら、ここ数日で随分減っておりますね。ふむふむ、それじゃあ皆さんの為に、この島で今一番勢いのあるチームを表示しましょう』
そう言うと兎の男は掻き消え、次いで映像が表示される。
そこには、光を放つ剣を両手で持った大男と、その背後で美希と同じような鞄を背負いなんと小銃と思われるものを抱えている眼鏡をかけた男の姿があった。
眼鏡のほうに見覚えは無かったが、剣を持つ大男の顔は健一も美希も見覚えがある。
「あいつ、体育の熊野かっ!」
「熊野先生っ!」
一緒に飛ばされてきたであろう体育教師の姿にどこか安堵した二人だが、映像を見るにつれてその表情が少しずつ強張っていく。
熊野ともう一人が対峙しているのは、身の丈以上、2階建てアパートぐらいの高さのある巨大な、ファンタジーゲームによく出てくるゴーレムと呼ばれる魔物だった。
そのゴーレムの全身はキラキラと黄金色に輝き、通常の土では無い鉱物で出来たものだと分かる。
胴体が大きく、足は胴に比べ短いが、それでも人の身の丈程度はある。そしてその両腕は長く太く、ゴツゴツと頑強に見える。
そんな巨大なゴーレムを相手に熊野が剣で斬りつけ、背後から男が小銃で援護射撃をする。
だが熊野の斬撃はゴーレムのボディに傷ひとつ与える事無く、小銃すらも弾かれてしまう。
そしてゴーレムが腕を振るうと、動きの鈍そうに見えるその見た目からは意外なほど速いスピードで振りぬかれ、熊野は既のところでその腕を回避した。
「何だアレ……どう考えても無理だろ……」
「熊野先生……」
傷ひとつ与えられない相手に熊野達はジリジリと後方に下がりつつ、それでも応戦していた。
後ろの男が熊野に声をかけると熊野は背後へ飛び退き、男がゴーレムへ何かを投げつける。
するとゴーレムの目の前で爆発が発生した。
だがそれに怯んだ様子も無く、ゴーレムは悠々と二人へと歩いて迫り、彼等へと追いつく。
「歩幅が違うから、引いてもすぐ追いつかれちまう」
「そんな……っ!」
それでも二人はゴーレムから何とか逃げようとしているらしく、岩場の道をジリジリ後退しながら剣で斬りつけ、銃を撃つ。
効果な無いと分かっていても、背中を向けて逃げる事が出来ないのだから仕方が無い。
そうして彼等が後退しながらも応戦していると、ついにその時がやって来てしまった。
足元の岩に足を取られた熊野が大きく体勢を崩し片膝をつく。そこへゴーレムが、上から大きく下へ拳を振り下ろした。
その拳を何とか防ごうと熊野が剣を横にして構えるのを見て思わず健一が叫ぶ。
「ダメだっ! 避けないと重さで潰れちまう!!」
剣で拳を受け止めたのはほんの一瞬だけ。
その後は健一の予想通り、熊野の腕がひしゃげて折れて、脳天から身体を潰されてしまった。
陥没した頭蓋と共に全身から血液が吹き出す熊野の姿に思わず美希が両手で目を塞ぎ、健一が苦々しく舌打ちをする。
その熊野の惨状を見たもう一人の男も、震えながらも後退しつつ銃で牽制するが、その牽制は全く役に立つ事は無く、振り抜かれたゴーレムの腕に身体ごと吹き飛ばされ、全身の骨をあり得ないほどに砕かれて絶命した。
二人を血達磨へと変えた黄金色のゴーレムは、周辺を一瞬確認した後に、岩場の道を逆に登って行き、その姿を消した。
映像越しに見せつけられた二人の死に健一は拳を握り固めて怒りで震え、美希が健一に縋りつくようにする。
そんな二人などお構いなしに、兎の男が再び上空へと現れやはり嬉しそうな声を出した。
『あらら、今の所一番レベルも高く優秀な武装をしていた二人だったのですが、無理でしたねぇケヒヒヒッ。彼等が居た地点を、皆さんの地図アプリへと転送してあげましょう。あの装備を放置するのは勿体無いのでね』
兎の男の声と共に健一達の眺めていた地図アプリケーションが立ち上がり、ピンが立つ。
そこは健一達の居る地点より北の、岩場と思われる場所の一区画であった。
『それでは皆さん、楽しい島ライフを引き続き満喫してください』
それだけ言うと、兎の男は上空から消える。
憎々しく見上げていた健一達は、兎の男が消えると共に、手元に表示されている地図アプリを確認した。
そこは確かに健一達の居る地点より少し先、森林を抜けるのに二時間程度と思われる場所にピンが立っている。
ギリギリとデバイスを締め付けながら、健一はその情報を見て美希へと告げた。
「行こう」
「行くって……ここへですか?」
「そうだ、あの武器を手に入れる。今この島で一番必要なのは、武器だ」
健一のその言葉に、一瞬考えた美希だが、やがて一つ頷き決意を固めるのだった。