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ノゾキと共同管理


 何が起こっても、朝は平等にやってくる。


 周囲の警戒を行いつつ焚き火を継ぎ足し、暖を取り夜を過ごし、朝がやってきた。


 薄暗い森の中に差し込むその陽射を薄目で見つめていると、傍らの毛布がゴソゴソと動く。


 やがて毛布に包まった美希が眠そうに目を擦りながら健一へと視線を向けた。


「あ……おはよう、ございます」


「おはよう」


 昨夜は余程疲れたのだろう、挨拶を交わしてもうつらうつらとしており動きが緩慢だ。


 何とか起き上がろうとしているようだが、のろのろと身体を起こしてはまた倒すの繰り返しをしている。


 やがてパタリと倒れたかと思うと周囲に手を伸ばし、眼鏡を探し始めた。


 その手が眼鏡を確認すると、彼女は眼鏡を掛けてから身を起こす。


「おっ、おはようございます! すみません、熟睡してしまって!」


 どうやらうまく頭が回り始めたらしい。現状を思い出して彼女は慌てて起き上がると申し訳無さそうに頭をペコペコ下げ始めた。


「いや、大丈夫だから。俺もちょくちょく寝ていたし」


「それでも、見張りをして貰って……」


「いいからいいから」


 昨夜と似たようなやり取りを行った後、健一はこれからの事について話をする事にした。


「ここから少し行った所に沢がある。そこで水浴びでもしようかと思うんだが」


「水浴び、ですか。そうですね、シャワーとかないですも――」


 健一の言葉に笑顔で頷こうとした美希だが、気付いたように目を見開き、次いで自分の衣服や髪の毛の匂いを慌てて嗅ぎ出す。


「……もしかして、匂いますか?」


「あー、いや。他意は無い。そういう事じゃなく、俺も水浴びしたいし、な」


「そ、そうですか。それなら良かったです」


 健一の言葉にホッと胸を撫で下ろした美希が、毛布から出て鞄に仕舞うのを見届けてから、健一も槍を持ち立ち上がった。


 やはり座りながら寝ていた事もあり少し腰が固まっているような感じがして、大きく伸びをしてから腰を回す。


「よし、じゃあ行くか。その鞄から石鹸とか出ればいいんだがな」


「多分出ますよ、ほら」


 健一の言葉に応えるように、美希が鞄から新品の石鹸を取り出して、にっこりと笑った。



----



 水浴びは順番で、という当たり前の事を決めて健一から水浴びを済ます。


 朝の水は比較的ひんやりしている気がするが、何もしないよりもマシなので石鹸を泡立ててジャブジャブと身体を洗う。


 一緒に頭も洗って沢の水で流しておしまいだ。男の行水なんてこんなもんだよな、と思いつつ身体をタオルで拭いて着替えてから少し離れた草陰に戻る。


 そこには健一の持っていた槍を胸に抱えて周囲を警戒している美希が居た。


「おつかれさん、終わったよ」


「あ、はい。早いですね」


「男だしな、こんなもんだろ。石鹸のお陰でちゃんと洗えたから少し長かったぐらいだと思う」


 健一の言葉に「そっかそっか」なんて言いながら、美希が健一へ槍を渡す。


「じゃあ、私も行ってきます。何かあったら声をかけても、いいですか?」


「そうしてくれないと困るからな、こっちでも何かあったら声かけるから」


 健一の場合、その能力故に何かありそうな場合事前に察知可能であるし、美希から声が上がるより先に健一から声をかけるのが先だと見越している。


 それよりも「覗いちゃダメですよ」的なやり取りが無かったのは、ここが絶望の島である事を両者とも忘れていない故である。


 こんないつ危険が襲ってくるか分からない場所でそんなやり取りが出来る程、二人に余裕は無い。


 美希が草陰へと行くと健一は改めて周囲を警戒する。


 とは言え自身が水浴びしていた時もそうだが、この周囲にはとりあえず危険だと思われる生物の気配が無いので安心していられる。


 手に持つ槍をくるくると回していると、背後の方から鼻歌が聞こえてくる。


 やはり女の子だからか、身体を洗う行為などが好きなのだろうなと思っていると、唐突に鼻歌が止まった。


 そろそろ終わりか、と思っていると、絹を裂くような悲鳴が聞こえてきた。


「きゃぁあああっ!」


「ど、どうしたっ!?」


 草むらの裏から声をかけつつ周囲の気配を確認してみるが、先ほどまでと同様危険な気配は感じ取れない。


 だが現実に悲鳴が聞こえてきたのはどういう事だろう。


 戸惑いつつ沢の方へ踏み込むべきか否かを考えていると、草陰からバスタオルを身体に巻いた美希が裸足のまま飛び出してきた。


 胸の辺りに体当りするように飛び込んできた美希の身体を健一が受け止める。


「どうした、何があった?」


「の、ノゾキですっ!? 誰かが沢の向こう側から覗いてて!!」


「は? 覗き?」


「そうなんです! 来てください!!」


 余りにも場違いな発言に健一の理解が追いつかないのだが、健一の思考を他所に美希がグイグイと健一を沢まで引っ張っていく。


 沢に連れて来られた健一はそのまま、美希が指差す方向へと視線を向ける事になった。


「あそこです! あの草むらの隙間からこっちを見てる目があって!」


「あそこか。じゃあちょっと見てくるよ」


「お、お願いします!」


 美希の指差す草むらへと健一がひょいっと移動する。オオカミを既に数体倒している健一の身体能力は、昨日までとは違い大きく向上しており、沢の向こうの草むらまで僅か一度の跳躍で到達する事が出来た。


 その覗きの居たという草むらを確認し、槍でガサガサと探ってみるが、そこには何も居ない。


 美希の見間違いか何かかな、と思いつつ、健一は沢の向こう岸、美希の待つ場所へと跳躍して舞い戻った。


「んー、何も居なかったが」


「で、でも! さっきは確かに居たんです!!」


「そうか……とりあえず、着替えた方が良いんじゃないか?」


 覗きの事に必死になっていた美希だが、健一の言葉に自分の状態を思い出し、顔を真っ赤にして蹲るのだった。



----



 美希が着替えてから暫くは口を聞いてくれなかったが、そんな気まずい時間もすぐ終わる。


 沢から離れて少しすると、健一の察知能力に気配が三つ、引っかかった。


「この先に、何かが三体居る。忍び足で付いてきてくれ」


「……わ、わかりました」


 小声でやり取りを行い静かに移動する。そっと草陰から前方を確認すると、昨日と同じオオカミが三体、周囲を確認するように行動していた。


 丁度腹も空いてきた所だと思った健一は、美希に手でここに居るように指示すると、一気にオオカミへと飛び込んだ。


 ガサッと音が鳴った瞬間オオカミ達は振り返るが、その時には既に健一が目の前に居る。


「オラッ!」


 槍を一閃。たったそれだけで、オオカミ三体が一瞬にして両断された。


 相変わらずの槍の鋭い切れ味に頼もしいやら恐ろしいやらと思いつつ、健一は背後へと振り返った。


 背後の草むらから静かに美希が出てきて驚きを含んだ声で健一へと声をかける。


「昨日も思いましたが、すごいですね……。あんな怖い、大きなオオカミ達が一瞬で」


「どうやらレベルの恩恵らしい。それに槍も強力だからな」


「そうなんですか……」


 健一の言葉に納得したらしい美希がふと、背後へと振り返る。


 そこには隠れていた草むらがあるだけで、何の姿も見えない。


 だが今一瞬、確かに美希は背後からの視線を感じたのだった。


「とりあえずこいつをバラしてまたステーキにでもしてくれると有難いんだが」


「あっ……そうですね。そろそろお腹も空いてきましたし、そうしましょう」


「ん、どうかしたか?」


「いえっ、なんでも……」


 健一の言葉に何でもないと返すと、すぐに美希はオオカミを鞄から取り出した包丁で捌き始める。


 両断されたオオカミの皮を剥ぎ、内臓を肉から切り離して肉を分断していく。


 その流れるような手つきに健一は見惚れつつ問いかけた。


「凄く綺麗な手さばきなんだが、元の世界でオオカミを捌いた事なんて無いよな」


「そういう能力みたいです。食材を見ると、どういう風に捌くと美味しいとか、綺麗に捌けるとかが分かるみたいで。何となくなんですけど」


「なんていうか、ほんとに便利だな、その能力といい、道具といい」


「でも私には、中本さんのように戦う道具とかありませんから」


 そんな会話を交わしつつ、肉を捌いている途中の美希が鞄から炭と七輪、着火剤にマッチを取り出す。


「これで火をつけていて貰えますか?」


「了解」


 料理ではほぼ出番の無い健一なので、美希の言葉に従い七輪に炭を放り込み火をつける。


 後は美希の腕にかかって、オオカミ肉がおいしいステーキになるのを待つだけであった。



----



 その日はそのままその場所をキャンプ地として、夜を過ごす事になった。


 特に理由も無く場所的にも広くなく狭くもない空間であり、特に何かしら動く用事もある訳では無い。


 今日はあの兎の男も現れなかったので、どちらかと言えば穏当な一日であったと思う。


 昨日と同じように美希を寝かせてその傍らで健一が槍を抱き抱えるように座り火の番をしている。


 炭火の暖かさと周囲の警戒すべき気配の無さから、健一はほんの少し気を抜いてこくり、と意識を飛ばした。


 次に意識を取り戻した時には、バタバタと何かが立てている音に気付いた時だった。


 その音の方向を見ると、毛布に包まった美希の上に覆いかぶさるようにして、自分達と同じ学校の制服を着た男が美希の口を手で塞ぎ押さえつけている所だった。


 炭火の仄かな灯りで照らされるその姿は酷く非現実的に見えて、健一は「なんだ、よくわからんがいいか」ともう一度寝そうになった所を慌てて起き上がった。


 改めてその姿を見ると見たことの無い顔であり、自分達と同じくこの島へ飛ばされた犠牲者であると思われる。


 だが何故そいつが美希に覆い被さって口を塞いでいるのだろうか。


 とりあえず健一は立ち上がると、未だ必死に美希を押さえつけようと頑張っている男へと近づいた。


「――ッ! ――――ッ!!」


「ぐっ……うるせぇ、いい加減大人しくしろ!」


 何事かを叫ぼうと必死に暴れる美希と、それを小声で叱りつけ抑えこもうとする男の姿に、まるで強姦現場に居合わせたみたいだな、と思いつつ。


 事実目の前で起こりそうな事が強姦そのものだと思い至った瞬間、健一は酷く冷静に判断する事が出来た。


「おい」


「へっ? ……あ、あ」


 男が健一に気付いたと同時に、槍の柄で脇腹をぶっ叩く。


 ほんの軽く小突いた程度に力を入れたつもりだが、男は横へ勢い良く転がった。


 上から男が居なくなった事で口や身体が自由になった美希が慌てて毛布から這い出て健一の背後へと隠れる。


 背中に手を置く美希の身体が小刻みに震えているのは、自分がされそうになった事への恐怖だろうと思う。


 その姿を背中越しに確認してから、健一は未だ脇腹を押さえ蹲っている男へと視線を向けた。


「げほっ、ごほっ。いってぇ……くっそ、いってぇ……」


「自業自得だ馬鹿野郎。お前なにやってんだ、どこから出てきた」


「こ、この人……今朝の水浴びの時からずっと付いてきてたって、言ってました」


 震えながら告げる美希の言葉に唖然とする。そんな前から付いてきていたとは夢にも思わなかった。


 というか、健一は全く何の気配も感じていなかった。


 本当にこいつはずっと付いてきていたのか、そう疑っていると健一の目の前で男の呼吸が整ったと思った瞬間、その姿が一瞬にして掻き消えた。


「はっ?」


 余りにも自然に消えた為に思わず目の見張った健一だが、危機察知能力に自身への攻撃への軌跡が感知された。


 掻き消えたと思った男が突然目の前に現れて顔面へとストレートを放ってくる。


 それを予測していた健一はその拳を掌で受け止めると逆に顔面へと一発お見舞いする。


 鼻を押さえて再び蹲った男の横っ腹に今度は蹴りを入れて吹き飛ばす。


「ゲホッ! くっそ、バケモンがぁ!!」


「何でいきなり敵対的なのか分からんが、そっちがその気ならこっちだって考えがあるぞ」


 鼻血を出しながら叫ぶ男に努めて冷静に健一が槍を向けて言うと、男は今度は顔を青くして言い出した。


「そ、その。あ、あんたとは敵対するつもりは無いんだ! ただ、いつ死ぬかわかんねぇから、女を」


「……さいってー」


 いきなりの放言に背後の美希が極めて低い声で呟く。


 健一としても流石に最低だと思うし、この状況で良くそういった思考に行き着けるなと若干感心しそうになった。


 そして目の前の男は聞いてもいないのに次々と放言を繰り返す。


「そうだ! その女、料理も出来るんだし、あんたとシェアっていうのはどうだ? なぁ、頼むよ」


「シェアって、どういう事だ」


「共同管理っていうか、共有っていうか、ほら分かるだろ?」


「わかんねーよ馬鹿野郎が」


 もう駄目だ、こいつとは理解し合えないと健一は思うと、槍を振るった。


 何も触れず空気を切り裂く槍の音に男が「ヒィッ!」と小さな悲鳴をあげる。


「今から10数える内に俺達の側から消えろ。今後も見つける事があったら、その時は覚悟しろよ」


「な、なぁ。そんな事言わずによぉ」


「10……9……8……」


 黙ってカウントを始めた健一の姿に本気の色を見た男が、青い顔をしたまま姿を消す。


 そのまま健一はカウントを進め、0を告げると思い切り前方へと槍を振るった。


「ヒッ、ヒィイイッ!!」


 やはり姿を消しただけでその場に居た男が炙りだされ、健一の槍を既の所で回避して二人へ背を向けて慌てて森の中へと駆け出していく。


 その後姿を見送ってから、健一は深い深い、ため息をついた。


「姿を消すとか、そういう能力を貰ったんだろうな。もっと真っ当に使えばいいものを……」


「はぁ……もう、疲れちゃいました」


 頭を掻き毟りながら言う健一の言葉に感心したのか納得したのか、美希が呟くと放り出していた毛布を取り上げて健一へと近寄る。


 健一が七輪の火が消えていない事を確認しつつ、生えている木を背もたれにして座り込むと、美希がその隣に毛布を纏い、寄り添うように座ってきた。


「おい……」


「中本さんと離れると、危ないみたいなので。今日だけで、いいですから」


 そう言うと、有無を言わさず健一の肩を枕にして、美希が寝始める。


 まぁあんな事があった後だし、役得だと思えばいいかと健一は考えると、先ほどの男の事を思い返して苦い顔をした。


「出会い方がもうちょっと違えば、仲間になれたのかな」


「きっと無理ですよ。中本さんとは全然、人として違いすぎますから」


「そういうもんかねぇ」


 折角出会えた仲間なのに、追い払うような事になってしまった事を少しだけ残念に思う健一に、美希が言う。


 この世界に来てから三日、儘ならない事ばかりだなぁ、と健一は思い返すのだった。


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