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救ったものと救えなかったもの


「はぁっ、はぁっ、だ、誰か! なんで私が、こんな目にっ!」


 武骨なリュックサックを背負った少女、七瀬美希が走りながら叫ぶ。


 背後からは無数のオオカミの群れが、唸り声を挙げながら徐々に美希を追い詰めていた。


 美希がこの地に降り立った時、幸いだったのは側に小さな洞穴があった事だ。


 上空に浮かぶヴィジョンで最初の一人が死んだ姿を見せつけられ、美希は早々にその洞穴へと潜り込み、声を潜めて一人泣きながら震えて一夜を過ごした。


 何故こんな事に、何故こんな目に。


 そればかりを考えて過ごし、一夜明けて空腹に気付き、傍らに置いてあるリュックサックから水を取り出しそれで飢えを凌ごうとした。


 彼女の持つリュックサックは彼女の願いをある程度叶える魔法のリュックサック。


 彼女の好きな料理に関する道具や調味料、水や生活一般の道具が中から取り出せる不思議なリュックサックだった。

 このリュックのお陰で彼女は水分の確保は出来ていたが、空腹までは紛らわせる事は出来なかった。


 衝撃の一日からある程度立ち直った美希が、この島で生き残る為に周囲を散策に出たのが誤りだった。


 たちまちオオカミに見つかり、現在までずっと逃走を続けているのだった。


 美希の身体は既に疲労困憊であり、足の震えも疲れからなのか恐怖からなのか分からない程に震えていた。


 そしてとうとう、その時がやってきた。


「あうっ!」


 力の入らぬ足を縺れさせ、美希がその場で転倒する。


 背後から追ってきていたオオカミはそれを気にジワリ、ジワリと美希との距離を詰めて来た。


「ひっ……、い、いやぁっ!!」


 立たぬ足と、力の入らぬ身体で這いずりながら美希は逃げようとするが、動けるのはほんの少しの距離。


 オオカミの爛々と輝く野生の瞳に見つめられながら、美希はその顔を恐怖で引き攣らせた。


「グルルゥアアアッ!!」


 オオカミは唸り声と共に、美希に一斉に飛びかかる。


「いやぁあああっ!!」


 自分の未来を想像し、過去を振り返り、恐怖でただ叫ぶ事しか出来ない美希に、だがしかし、救いの手が差し伸べられた。


「おぉおおおおおっ!!」


 上空から吠える声と共に金色の輝きが地面へと突き刺さった。それと同時に、健一が降りてきて、金色の輝きを周囲へと一閃させた。途端、血飛沫が周囲に飛び散る。生々しい音と共に、オオカミが三匹、両断されていた。


 突然現れた健一に美希も、オオカミも唖然として状況を見る。だがその健一は、そんな状況把握を待っている程悠長では無かった。


 金色の輝きと共にオオカミの群れへと突撃し、一匹、また一匹と簡単に命を屠っていく。そこには慈悲も無く、後悔も無い。


 ただただ殲滅すべき敵への対応として、オオカミを着実に屠っているだけだった。


 気づけば群れだったオオカミは既に半分の数へと減らされている。そこに気付いたこの群れを率いていたリーダーは、悔しそうに唸り声を一つ挙げると、身体を反転し森の奥深くへと逃げていく。それと同時に、生き残った他のオオカミも唸り声をあげながら、それでもその肢体を踊らせて森の奥へと逃げ帰っていった。


 後に残されたのは切り捨てられたオオカミの死体と、金色の輝きを持つ健一、そして、美希。


「……大丈夫か?」


 健一が背後に居る美希へと声をかけると、美希は無言でコクコクと頷くのだった。


 その美希の姿にホッとした健一だが、彼の心情に割って入る無粋な声が周囲へと響いた。


『おやおやおや、素早い解決。見事救出してしまったようですねぇ』


 上空を見ると先ほど美希の危機を知らせたのと同じように兎の男が朧げな姿を現し、健一達を眺めている。


 その不快な視線に舌打ちをしながら健一は兎の男を睨みつける。


 そんな健一を知ってか知らずか、兎の男はさも面白そうに続けて口を開いた。


『ですが残念ですねぇ、彼と同じように彼女を助けようと動いた彼等は、徒労だったようです』


 そうして映しだされるのは、3つの映像。


『ぐぁああああっ!!』


 どこだろうか背後に泉の見える場所で、全身をゼリーのような物体に覆い尽くされ見る見るうちに腕や足が溶けていく男の悲鳴。


『ひっ、や、やめ、ぐぺぁ!』


 豚のような顔をした大男に、棍棒で殴られ頭を陥没させた男。


『く、くるな、くるなぁあああっ!!』

 

 蜘蛛の巣に身体を絡めとられ、生きたまま巨大な蜘蛛に内臓を喰らわれる男の絶叫。


 それぞれが無残な死を迎えていた。


『彼女を助けようと動いた三人の少年ですが、残念ながら彼女まで辿り着けませんでした。本当に残念ですねぇ、ケヒヒヒッ』


「うっ……っ!」


 兎の男の写す映像と、自分を助ける為に逆に犠牲になってしまったというその事実に、美希は思わずその場で蹲り吐き気を堪える。


 その姿を視界に収めつつ、健一は上空の兎の男へと憎悪の視線を向けた。


「……糞野郎が」


 一人が助かっても、三人が纏めて死ぬ。何という理不尽。なんて惨い島なんだここは。健一の胸中はその場に身をおくことになった自身への後悔と、この場へと自分達を送り込んだ兎の男へ対する憎悪で一杯だった。


『中々面白いショーが見れて、私はこれで満足です。それでは島の皆さん、明日もまた頑張ってくださいね』


 事実満足したのだろう、喜色満面の声色で兎の男はそう言うと、上空から掻き消えた。


 兎の男が消えたのを見送ってから美希を確認すると、いつしか美希の吐き気は嗚咽へと変わっていた。


「うえぇ……こ、こんなのひどいよぉ。家に帰りたいよぉ」


 泣き出した美希の姿に戸惑いつつ、健一は彼女が泣き止むのを待って周囲を警戒する事にした。


 暫くして美希は泣き止むと、周囲を警戒したまま見ていた健一へと向き直り、頭を下げる。


「あの……た、助けてくれてありがとうございました。私、七瀬美希です」


「中本健一、三年生だ」


「あ、私は二年です」


 とりあえずの自己紹介を済ませた所で、健一の腹が盛大に鳴る。


 そう言えばさっきオオカミを相当数倒したのだから、レベルアップしているのだろうかと検討をつけた健一は、その盛大な腹の虫の声を聞いて目が点になっている美希へと向けて、苦笑いを浮かべた。


「とりあえず七瀬。オオカミだが肉は食えるか?」


 取り急ぎ、この腹の虫をどうにかしようと、健一はオオカミの死体へと近づくのだった。



----



 健一は美希との出会いに感謝した。


 美希の持つリュックサックと、彼女の願いにより与えられた料理人スキルにより、オオカミのような粗雑な肉であってもジューシーなステーキへと早変わりしていたのだ。


「このリュックは、私がこの島に降り立った時に、傍らにあったものなんです。調味料とか生活雑貨とか、一通り出るみたいで」


「そんな便利なもんが貰えたのか。俺なんかはそういうものじゃねぇからな」


 ステーキパンで焼かれたジューシーな肉を頬張りながらも美希へと言葉を続ける。


 既に健一はオオカミ三頭分は肉を平らげているが、まだまだ満ち足りるまでには足り無さそうだ。


「でも中本さんは、その槍、ですか? それがあるじゃないですか」


「これはその、拾い物だ。同郷の人間の死体の横に捨てられてたのを俺が拾った」


「あっ、そう、なんですね……」


 健一の言葉に思わず肉を頬張る手を止めて、美希が俯く。美希のリュックサックから取り出した木炭と周辺の木で作った焚き火がパチパチと音を立て、二人の周囲を明るくしている。


 だが二人の心情はどこまでも暗いものだ。簡単に人が死ぬこんな島に放り込まれた自分達の境遇に、悲観しない訳がない。


「……七瀬はなんで、『選ばれ』ちまったんだ?」


「私、クラス委員だったんです。だから多分それで」


「あぁ、なるほど……」


 思えば自分も思い浮かべたのはクラス委員だった。確かにそういう事ならば、美希のような女子がこの島に放り込まれてしまったのも納得が行く。


 美希の見た目は楚々とした大和撫子だ。長い黒髪に小さめの背丈、かけているメガネが少々野暮ったく見えるが、小顔の彼女にただの美少女では無く真面目そうな印象を与えている。


「中本さんは、なんで……?」


「さぁ。多分、いらなかったんだろうな、俺。クラスで浮いてたし」


 その言葉に、美希が何とも言えない表情を浮かべる。何と言えば良いかわからないという表情だ。


「気にするな、この島に来た時点でそんな事は分かってるからさ」


「いえ、その……ごめんなさい」


 軽く笑みを浮かべながら言った健一だが、美希が更に申し訳なさそうな表情を浮かべて謝罪する。


 気不味い空気が若干流れ始めるが、健一はその空気を無理やり変えるように言葉を発した。


「ほら、食い終わったら寝た方がいいぞ。疲れてるだろ、火は絶やさないようにしておくから寝ろ」


「え、でも……」


「ずっと走ってたんだろ、疲れてるだろうが。俺は見張りをしておくから、ゆっくり寝ろ」


「そんな、助けていただいたのに見張りまでなんて、申し訳ないです」


「いいから。俺の貰った能力はそういうモンだから、見張りに向いてるんだよ」


 健一はそう言うと美希の持っていたリュックサックの中に手を突っ込み、中から毛布を取り出す。


「うお、すげぇ。本当に思ったものが出てきた。ほれ、これ被って寝とけ」


「あっ。その……ありがとうございます」


「いいからいいから」


 美希は申し訳無さそうに木に寄りかかり毛布で身を包む。ほんの少しの時間で寝息が聞こえてきた事で、健一はやはり彼女が相当疲れていたのだろうと感じた。


 パチパチと燃える炭を眺めながら今日一日を振り返ると、碌でもない事だらけだった。生肉を食したり、沢で洗濯をしたり。結局周囲の気配に怯えながら過ごしていた一日ではあったが、その終わりにこんなイベントが待っているとは思わなかった。


 美希を助けた事で、三人が死んだ。いや、自分が何もしなくてもあの三人は美希を助けようと動き、そして死んでいたのだろう。自分が動いた事で美希は助かったが、助けていなかったら勿論美希は既にこの世に居ない。


 美希だけでも助けられて良かった、そう思わないとやっていられない。


 こんなクソッタレな島に居ても、人を助ける事が出来る。その事に今はただ満足しよう。健一は焚き火の暖かさに表情を解しながら、実感していた。


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