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二日目と金の槍


 途中、身体の痛みと、頭の中に鳴り響いた警鐘に何度か目を覚ましながらも健一はある程度の睡眠を取れた。


 深い森の中、慣れない環境ながら昨日の疲れがある程度解消出来た事に健一は感謝し枝の上から周囲を確認する。


 周囲には危険そうな気配は何も感じられず、周囲一体にとりあえず危険は無さそうだとホッとする。


 登った時と同様にスルスルと枝を伝い降りて、地面へ立ち身体を伸ばす。


 ゴキゴキと身体中の関節が鳴る音を聞きながら、結構無理な体勢で寝ていたからな、と思い返す。


 一先ず身体を解すしてから健一は手元のスマートフォンを確認すると、時計の時間は朝の8時半だった。


『やあやあ世界の皆さん、おはようございます』


 また上空から聞こえてくる声に頭を上げると、そこには昨日と同じ薄色の兎の男が空中に立っていた。


 どこから見ても正面を向いているように見えるこの兎の男に、一体どんな技術でアレは映しだされているんだと思いつつ、健一は情報を聞き逃さないよう耳をそばだてた。


『一夜明けまして、意外や意外、夜間に犠牲になった者は僅か1名、現在の被害者は2名となります。そしてそして、昨日の内にこの島から脱出に成功した人間が5名も居ます。これは幸運と言うべきものでしょう、いや、私の与えた能力故ですが』


 既に脱出者が居る。その事に驚愕を覚える。


 どんな能力なのかは分からないが、正攻法で島を抜けだしたという訳では無さそうだと健一は思う。


 そして自分も、そんな能力を与えられていれば良かったと思っていた。


『さて今回、何もそれだけを言いに現れたのではありません。世界中へ転移してきた異世界の皆さんへ情報を一つ開示しましょう』


 そう言うと、兎の男は手元に一つのガジェットを取り出した。


『これ、皆さんお持ちですよね。皆さんの世界で市販されているのと同系統のものですが、モバイル通信用端末。こちらの方にいくつかの機能を追加させていただきました。「ステータス」というアプリケーションと、「地図」アプリケーションをこの世界へと対応させました』


 男からの情報に健一はポケットから自身の持つ端末を取り出す。


 そこには確かに見覚えのない「ステータス」というアプリケーションが入っていた。


 恐る恐るそのアプリケーションを起動させると、簡素なテキストで自身の名前と年齢、そして「レベル」という項目のみが表示される。


『さて、ここに登場する「レベル」という概念。この世界では当たり前のように存在する概念ですが、異世界の方々には馴染みが薄いと思います。この「レベル」とは、言い換えればその生物の「格」のようなものです。上昇すれば上昇するほど、存在としての「格」が高尚なものへなっていくとお考え下さい』


 男の言葉は丁寧なものがだ、そこには若干の嘲りが含まれているのを健一は確信していた。


 完全に弄ばれている。


 そもそも「レベル」など、ゲームじゃねぇんだぞ。と心のなかで兎の男へ吠え立てた。


『さて、これで島に残っている人数は残り23人。今日をどのようにして生き残れるか、楽しみです』


 それだけ言うと、兎の男は上空から消えた。


 この一連の話の中で健一が最も確信した部分は、兎の男が自分達を見て楽しんでいるという事だ。


 自分達がどのようにして無駄に足掻き、苦しみ、そして死んでいくのかを兎の男は超然と見守り楽しんでいる。


 全く、胸糞悪いクソッタレ野郎が、と胸中で唾棄しつつ、健一は行動を開始した。


 取り急ぎ、水分と空腹を満たせるようなものを得なければいけない。


 水が無ければ人間生き残るのは難しいとは、どこかで読んだ本に書いてあったはずだ。


 人間水分が無くなってくると血液がドロドロになり血管に詰まり色々な病を起こし始めるらしい。


 そんな形で死ぬのは御免だなと思いながら、健一は樹海の中へと入るのだった。


 そうして樹海を探索し始めて数十分、相変わらず方向感覚を見失いながらも、危険な気配を避けながら健一は一本の木へと辿り着いた。


 他の木々と変わらぬ見た目だが、その木には実が生っており、何だか分からないがこれが果実である事を証明している。


 健一はその木へと登り、果実を一つもぎ取る。


 見た目には何の変哲も無い緑色した果実であるが、果たして食べて大丈夫なものか。


 一瞬考えたが、ここで食わなかったらもう脱水症状などで死んでしまうと思い、ゆっくりとその果実に齧り付いた。


 歯を立てた瞬間口内に飛び散る果汁に久々の水分を味わうが、その味は渋い。


 ほんのりとした甘みもあるにはあるが、その渋味が全面に押し出された果実の味は、とてもじゃないが美味いとは言えなかった。


 だが久しぶりの水分と食物である。健一は渋い顔をしながらも、その果実を一つ食べきった。


 その木は他にも実をつけており、一つ一つを観察してもぎ取っていく。


 果実の中にはうっすらと昨日の木の化け物、イービルトレントに見えた黄色のエクスクラメーションが見え、その果実はもぎ取らないでおいた。


 この黄色いエクスクラメーション、恐らくこれが自分の危機察知能力の一端である事に健一は気付く。


 危険な気配と共に自分に害のありそうなものに、こうした一目で警告と分かるようなマークが見えるのは便利だと感じた。


 この能力があれば危険な食べ物かどうかも分かるし、危険な気配を回避すれば早々自分が化け物に襲われて死ぬような事は無いだろう。


 そのだけは胸中で兎の男に感謝しながら、健一は今の乏しい水分の供給源となる果実をもぎ取っていった。


 ズボンのポケットに詰めるだけ詰め込んだ果実をズボン越しに感じながら、健一は樹海の中の探索に再び戻った。


 そうして数十分と歩いていると、先程から健一の危機察知能力にチリチリと感じる感覚がついて回る。


 健一が樹海の探索に戻ってすぐ、進行方向に危険な気配を感じたので進路を変更したのだが、その危険な気配が先程から付いて離れないのだ。


 もしかしてまたイービルトレントのような化け物に見つかったか、と感じはしたがこちらからは気配は判れど正確な数や正体は判別できない。


 もどかしい気持ちを抱えつつ、何とか危険な気配から離れようと健一は足を速めるが、その速度にも危険な気配はついてきた。


 いよいよこれは身が危ないのではないかと背後の気配を気にしながら樹海を探索していると、気配に気を取られすぎていたのか、何かに足を取られて派手に前のめりに転んだ。


「つっ、てて……なんだ一体」


 幸い顔を地面に打ち付けるような事も無く、身体に傷を負うような事も無かった健一は足元を確認する。


 そこには、カラカラに干からびたまるでミイラのような死体が、健一と同じくYシャツと高校指定スラックスを履いて倒れていた。


「うっ、ぐ……!!」


 思わず叫びそうになったが、何とか我慢し両手で自身の口を塞ぐ。


 ここで叫ぶのは化け物に襲ってくれと言うようなものだ、と自身を諌めながら健一は周囲を警戒した。


 すると、先程から健一について離れなかった気配が健一へと近づいてきているのを強く感じる。


 それも、相当な速度で、だ。


「ヤバイ……絶対になにか襲ってくる」


 それもイービルトレントのような逃げられそうな速度のものではなく、間違いなく健一より素早い化け物だ。


 何とか、何とかしないと死んでしまう。


 心中で焦りながら周囲を見渡すと、死体の側にそれは倒れていた。


 土を被り少々汚れているが、薄っすらと黄金色の光を放つそれは、まるで両刃の剣に槍の柄をあつらえたような形状をしていた。


 黄金色に薄っすら光るその刃は中心が分厚く、だが刃部分は鋭い輝きを持っている。


 柄部分に関しても刃に負けぬ黄金の輝きを湛え、しっかりした造りである事が伺える。


 健一はとりあえずその槍を手に取り土を払うと、陽の光を浴びた槍はより黄金色の輝きを増して健一の前に姿を表した。


 それと同時に、危険な気配がガサッと音を立てて健一の前へと姿を現す。


「……お、オオカミ」


 それは、元の世界であればハイイロオオカミと呼ばれる狼の姿をしていた。だが大きさが違う。人の身の丈はありそうな高さのソレは、とてもでは無いが元の世界の狼とは比較にならない程の獰猛さを兼ね備えていた。


 オオカミは一様に「グルルルッ」と低い唸り声をあげつつ、健一をキツく睨む。


 その内の一匹が、すぐさま健一へと躍りかかった。


「ガウッ!」


「うわぁああっ!」


 来る方向は事前に分かっていたので、健一はその突進を避ける事に成功した。


 どうやら危険の先読みも若干なら出来るようだと、自身の能力を冷静に分析しながらも、背中には冷や汗が止まらない。


 何せそのオオカミ三匹には煌々と黄色いエクスクラメーションが輝いており、健一に対する脅威である事を明らかに教えていたのだから。


 しかもオオカミでは足も早いので逃げ切れる自信など無い。


 自分に何ができるか、と思いつつ震える腕で掴んでいる黄金色の槍を見て、両腕でそいつを構えた。


「くそったれ……くそったれだ!!」


 逃げられなければ戦うしか無い。


 健一は否応なく応対するしかない現実を突きつけられ覚悟を決めるしか無かった。


 それと同時に、オオカミが再び飛び掛かる。


「うおおおっ!」


 来る方向は危機察知能力で分かる、ならばそこへ槍を突きつければ良い。


 至極単純な理屈で健一は両腕の槍を突き出し、見事その読みは当たった。


 オオカミの正面に突出された槍の刃はズルリと鼻先からオオカミを切り裂き、見事にオオカミを真っ二つにした。


「はっ、ははっ。いけるじゃねぇか!」


 余りにも呆気無い脅威の消失に、健一が薄ら笑いを浮かべる。


 そして残った二匹が仲間の死に怒りを感じたのか、激しい速度で健一へと跳びかかった。


「おらぁああっ!!」


 それを、槍を横薙ぎに振るう事で一閃、オオカミ達は真っ二つにされて地面へと降り立つのだった。


 その様を半ば呆然と見ていた健一だが、その表情はやはり薄ら笑いだ。


「この槍、すげぇ……。これがあれば俺も―――」


 生き残れる、と発声しようとした所でドクリ、と心臓が跳ねる。


 次の瞬間、刺し貫くような強烈な痛みが全身へと走った。


「がっ……あ、あぁああっ!!」


 痛みに握っていた槍を手放し、両腕で自身の身体を抱きかかえる。


 だが痛みはより酷くなっていき、そして同時に、酷い飢餓感が健一を襲った。


 考えるより先にズボンのポケットから果実を出し、味など関係なくむしゃぶりつく。


 一つで駄目なら、二つ、それでも駄目なら三つ。


 手持ちの果実を全て喰らい尽くした健一だが、それでも飢餓感は収まらない。


「何か、なにかないのかっ!」


 そうして周囲を見渡すと、そこに転がっているのは三匹のオオカミの死体。


 半分に分断されたその身からは、赤い血と脂と身を携えた肉が見える。


 それを確認すると、考えるより先に健一はその身へと跳びかかりガブリ、と歯を立てた。


 平静な人間であればオオカミなどという獣の、しかも生肉に食らいつくなど自殺行為であると理解できる。


 だが現在の健一は酷い飢餓感を満たす為に何かを喰らう事しか頭に無い。


 健一は口元をオオカミの血の赤で染めながら、死体の生肉をゾブリ、ゾブリと喰らっていった。

ここまでお読み頂いてありがとうございます。

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