人類最強と脱出
『いやーまさかあんな力技でイービルトレントの群生地を切り抜けるとは、私も思いませんでしたよ。兎も角、森からの脱出おめでとうございます!』
「……うぜぇ」
やけに友好的な物腰で喋りかけてくる兎の男の言葉に、健一は心の底から湧き出た言葉を言い放つ。
それは他の面々も同様だったようで、喜色を浮かばせていた表情が煩わしいものを見るようなものに変わっていた。
兎の男としてもその反応は予想の内なのか、何ら対応を変えずに言葉を続ける。
『それにしても、森から抜けたのは良いですけど、この先どうするんです?』
そう言うと兎の男の画面は健一達の今居る地点を中心とした俯瞰視点となる。
移される視点では健一達の背後には森が立ちはだかり、左右には何の道も無く崖へと続いている。
その状況を映しながら、楽しそうに兎の男は問う。
『左右どちらへ行っても崖しかありません。崖から飛び降りるのも一興かと思いますが、地獄に一番近い島の海域には巨大魚や海竜が沢山居ます。きっと森が天国に感じるくらい厳しい状況になるでしょう』
「一々人が喜んでるのに水を差しやがって。本当に性悪な奴だな」
『現実を突きつけるのも見守っている者の優しさというものですよ』
そう言う兎の声色には喜色が浮かんでおり、明らかにこの状況を楽しんでいる節が見受けられる。
ただ兎の言うことも一理あり、現実としてこの先の行動をどうするか考えなければいけないという問題はあった。
兎の言う事に納得するのも癪なので、健一は論点をずらして話を進める。
「兎も角、森は抜けたんだ。もう化け物達に怯える事も無いだろう」
「えぇ、そうよね。後は島を抜け出すだけだもの。時間はいくらでもあるんだし、ゆっくり考えましょう」
健一の言葉に香澄が乗っかる形で全員へ語りかけるように言うと、兎の男が再び画面へと現れる。
『まさか、いい脱出案が出るまでそこで立ち往生するつもりじゃないでしょうね。そんな詰まらない話は見応えが無いのですが』
「お前の都合なんか知った事じゃねぇよ。俺達に時間はたっぷりあるんだ、ゆっくり脱出する術を考えるさ」
踏ん切りのついた表情で健一がそう言うと、兎は不貞腐れ、何やら色々と考えだす。
『……かしどうするか。もう直接的な干渉は避けるべきだが、それで果たして……』
「何考えてるのか知らんが、一人で考えるのであればさっさと消えろ。こちとら長丁場で疲れてるんだよ」
事実、健一も含め全員がもうヘトヘトの状態であった。
鬱蒼と生い茂る草木が炎で燃え盛る中を突き進んできたのだ、それで疲れない訳がない。
全員座り込んでいるのは何も脱出できた喜びからだけではなく、疲れているからというのも多分に含まれていた。
そのままブツブツと呟いている兎を無視して、健一は全員へ告げる。
「とりあえず食事にしないか。腹が減って仕方がない」
『っ! そうそう! そういえば中本健一君、君のレベルは今いくつですか?』
「レベルなんぞどうでもいい。腹が減ってるんだ!」
健一はそう言うと背負っていたリュックサックから戦闘食を取り出し、全員へと分配してから自分の分の高カロリー糧食に手をつける。
チョコレートブロックをベースにした糧食は健一の身体の中へと染み渡り、気持ちをほっとさせる。
その間にも、兎の男は聞いてもいない事をベラベラと喋っていた。
『――――という訳でですね。中本健一君は今人類で最もレベルの高い男、言うなれば人類最強という存在なのですよ』
「ほー、人類最強ねー。でもレベルだけだろう」
『理論値、という言葉があります。その理論上では、現在中本健一君が人類最強となりますね。例外があるとすれば特殊能力を持っている生物や竜などの神獣ですね』
「神獣ねー。全然実感沸かないわ。ていうかそういうのも居るのか」
『居ますよ。まだあなたが世界を知らないだけです』
「人をこの島に閉じ込めた元凶が何抜かしてんだコラ。出てこいや今すぐぶっ殺してやる」
健一がそう言って槍で威嚇すると、兎は困ったように両手を振る。
その後、何があったのか急に態度を変えて喜色を浮かべ健一達へと告げた。
『あぁ、どうやら漸く到着のようです。引き伸ばしに付き合っていただきありがとうございます』
「あん? 何言ってんだお前――」
健一が喋っている途中、座り込んだメンバー達の前に突然巨大な魔法陣が浮かび上がり、発光を始める。
何事かと健一は慌てて槍を片手に飛び出し魔法陣の前で待ち構える。
暫く発光を続けた魔法陣は、やがて影を2つ残して消えていった。
残された影の一つは健一達と同じ学校の制服を着た眼鏡をかけた身長の低い男子生徒で、もう一人は紫色の髪色をし、肌の浅黒い女性だった。
スリットの入ったスカートのワンピースの上から闇夜のように仄暗い外套をつけたその女性は、健一達を見ると喜ばしいものを見る目を健一達へ向ける。
「ふむ、どうやら間に合ったようじゃな。誰も崖から飛び降りるような真似をせず良かった良かった」
「……いきなりで悪いんだが、アンタ何だ?」
訝しげに問いかける健一の言葉に、女性は慌てて両手をあげて無抵抗を示す。
「わしはこの島から一番近いサヴァン半島南端に位置するはぐれ村の村長、レイチェル・カルダーニと言う。こやつはお主達の同郷でユウジ・カタヒラじゃ」
「か、片平裕二です。一年生です」
そう挨拶する裕二の様子は、健一達をせわしなく見ており、おどおどと挙動不審であった。
何度も女性陣を見ては目を逸し、健一に視線を合わせては顔色を青くして目を伏せる。
一体何が彼をここまで挙動不審にしているのだろうか、と思っていたら、レイチェルが事情を説明してくれた。
「こやつは、この島より脱出した奴の一人でな。どこへでも転移可能な転移魔法を習得しておる」
「あぁ、初日に脱出した5人の内の一人。そうか、転移魔法なんてものもあるんだな、この世界じゃ」
「うむ。それで、毎日この島の動向があの兎面より流されておったんだが、自分だったらもしかしたら助けられたかもしれない人間が多く居るものだからの……」
「ご、ごめんなさい!! ぼ、僕がこの能力を使って島から脱出させてあげれば皆さん酷い目に合わなかったかもしれないのに!!」
そう言うと、裕二が地面へ土下座して額を擦り付ける。
なるほど、そういう事かと健一達は納得すると、土下座を続ける裕二に向かって問いかけた。
「それで、片平はなんでここに来たんだ? 正直二度と来たく無かったんじゃねぇかと思うんだが」
「そ、それは。今の、森を抜けた皆さんなら今安全な場所にいるから、一緒に転移魔法ではぐれ村まで送れるかと思って……」
裕二のその言葉に心の底からほっとする。
危険ゾーンの海の中を渡る必要がこれで無くなった訳だ。
それを確認すると健一は未だ土下座を続ける裕二を無理やり立たせて埃を払うと、笑顔を浮かべた。
「それじゃ、さっさと転移してくれ。正直もうこんな島に居るのはうんざりなんだ」
「は、はい! あの、それじゃあみなさん集まってください! すぐ転移しますから!」
その言葉に女性陣も一塊で集まり、中心に裕二と女性陣、外側をレイチェルと健一が固めると、裕二の魔法陣が起動する。
何となくこれで、この島とも別れるとなると清々しい気持ちで健一の中は一杯だった。
そんな気分の中、健一は宙空に浮かび様子を伺っていた兎の男へと視線を向けると、中指をおっ立てて誓いを立てる。
「いつかテメェの喉笛を掻っ捌いてやるからな。待ってろよ兎野郎」
『その日が来ることを楽しみにしていますよ、中本健一君』
兎のその言葉が聞こえた直後、健一の視界は真っ白な光に塗りつぶされた。