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豚と狂気


 洞窟の入り口に差し掛かった時、その入口周辺から臭いがするのを全員が感じていた。


「……これ、どこかで嗅いだ事あるような」


「牧場とか、そういった施設の臭いじゃないですか」


「あぁ、確かに」


 言われてみてなるほどと思い当たる。確かに牧場見学などで行った先で嗅いだ事のある臭いだった。


 そんな臭いの立ち込める入り口から一歩健一が歩みを進めると、女性陣も後へ続く。


 洞窟内部の通路は程々の広さ、人が二人横並びで歩ける程度の幅があった為、基本二列で進む事にした。


 先頭を歩く健一の隣に美希が並び、前方を警戒しつつゆっくりと歩く。


 洞窟に入ってから一本道を突き当たってすぐに、横穴が空いているのを確認した。


 横穴の先には複数の気配があり、それが健一にとっての脅威では無い事を確認し、健一は横穴を指さして女性陣へと促す。


「この先に恐らく囚われた女子達がいると思う。俺はここで見張っているから、七瀬達で入って助けだしてやってくれ」


「分かりました、なるべく早く出てきますね」


 健一の言葉に頷いた美希の言葉に、凜音が挙手して発言する。


「では私も、ここで先輩と一緒に警戒しています。……その、余りそういった部分を見たくないので」


「……岡田は俺とここで警戒、後の女子で洞窟の外まで脱出でいいな」


「じゃあそれで、行きましょうみんな」


 尻込みしたと思われる凜音以外で、女性陣は横穴へと突入していく。


 暫く横穴から聞こえてくる足音や音声に気を向けていたが、無事に戦闘無しに囚われていた女子達を確保できたと思われる対応が始まったのを確認して、健一は周囲への警戒に戻った。


 感覚的には洞窟本道の奥に、複数の気配が存在している。


 恐らくこいつらがこの洞窟の主である事を理解しつつ、奴らが気付かない内に女子達全員で脱出できたら良いなと健一は考えていた。


 だがそこで、自分達が入ってきた洞窟の入口側から洞窟に留まっている気配と似たものが近づいてきている事を察知した。


 チッと小さく舌打ちして健一は槍を構え入口側を警戒する。


「岡田、入り口から多分敵が入ってきた。見えたら迎撃するぞ」


「はい。分かりました」


 健一の言葉に至極冷静に頷き小銃を構えた凜音を確認すると、視線を前へと向ける。


 暫くすると、ノスッ、ノスッと音を立てながら歩いてくる二体の巨体が正面から現れた。


 その顔は紛う事無く豚の顔であり、身体は脂肪を貯めこんで大きくでっぷりとした体型をしている。


 人型の豚の化け物と呼ぶに相応しい醜悪な体躯が二体、そこには並んでいた。


「ブビィィイ!」


 健一達に気付いた二体は豚の鳴き声そのものを鳴らして手に持つ棍棒を振り上げる。


 そこへ、冷徹な視線を向けたまま凜音が銃撃するが、胴体を狙った銃弾は僅かに身体を傷つけたのみとなり、致命傷には至っていない。


「……奴ら、脂肪が多すぎて銃が効かないみたいです」


「全く、面倒な相手だな!」


 凜音の言葉に健一が嫌そうに同意すると一息で豚の懐へと入り、槍で下から上へと斬り上げる。


 槍の一撃はあっさりと豚の脂肪を貫き肉体を真っ二つにし、豚の一体は左右へと身体を分かたれて地面へと沈んだ。


 その勢いのまま一回転し、ジャンプと共にもう一体の豚の頭蓋へと槍を刺し貫き、豚の処理を終える。


 後ろから大きく倒れた豚の化け物は土埃を巻き上げて地面へと横になった。


「……邪魔だな、これ」


「ですね。横へ避けておきましょう」


 二体の巨体が通路に横になっている様は流石に邪魔であり、内臓等が出ている事もあり余り景観に良くない。


 健一と凜音は二人で豚の死体を通路の端へと寄せて、一息ついた。


 それにしても、と健一は思う。


「岡田は、意外と冷静だな。こういう光景は余り見たくないものじゃないのか」


「そうですか、そうですね。でも、申し訳ないのですが、私はこういった光景よりも陵辱された女性達を見る方が抵抗あります……」


「まぁ、そっちも余り見たい光景じゃあないけどな」


 どちらがよりマシか、という観点で凜音はこういう殺伐とした光景を選んだという考え方も出来る。


 それにしても、些か冷静に過ぎるのではないか、と健一は考えないでもないが。


 等と考えていると、健一の気配に捕捉していた洞窟内部に残存していた気配達に動きがあるのを確認した。


 奥から入り口側へと複数の気配が移動してきているのである。


 それと同時に、横穴から美希達が顔を出し、傍らに疲労困憊の女性達を抱えて出てきた。


「先輩、これから森の木陰に移動します」


「あぁ、俺は全員脱出するまで警戒してる。こちらに向かってきている気配もあるからな」


 健一の言葉に美希が頷くと、静かに、だが素早く抱えた女性に無理の無い範囲で移動し、出口へと向かう。


 美希へと続いて他の女子達も出てきて出口へと向かったのを確認してから、健一は正面から来るであろう気配へと意識を向けていた。


 そんな健一に、横から声がかかる。


「先輩、いっそ来るのが分かっているのであれば、こちらから向かってしまってはどうです?」


 至極冷静に、健一そういう凜音の言葉に、一瞬迷ってから健一は頷いた。


「そうだな。距離感も分かってるし、ここで処理してしまえばいいか」


「えぇ、それでは参りましょう」


 同意した健一の言葉に嬉しそうに頷いてから、凜音が突然駆けるように洞窟の奥へと向かっていった。


「お、おい! 何考えてるんだ!?」


 急に飛び出した凜音を追い、健一も洞窟の奥へと向かう。


 健一が捉えていた気配が通路で一つ消え、続いてもう一つ消えたのを確認し、その気配の消えた地点へと到達した。


 そこには小銃を下げて返り血を浴びた服装ながら、無表情を浮かべる凜音の姿があった。


 傍らに捨て置かれている豚の死体は全て頭から銃撃を浴びたものと思われる様相を呈していた。


「先輩、私、レベルアップしたようです」


「そ、そうか。だがお前な、一人で飛び出すんじゃねぇよ」


「大丈夫ですよ、先輩。この豚達では私達を殺せません」


 冷静に見えるその表情で言う凜音は、足音を鳴らしながら洞窟の奥へと向かう。


 文句を言った健一だが、彼女が何を考えているのか理解できず、頭をガシガシと搔きながら彼女の後に続いた。


「お前な、集団行動してんだよ今。勝手に飛び出すなって言ってるんだ」


「それは分かっていますが、ここの豚達を処分するのも立派な役割ではありませんか?」


「そりゃそうだがな。今は女性陣の確保が優先だろ」


「彼女達は既に脱出しました。後はもう豚達を処分するだけで終わりですよ」


「あぁ、もう。そうじゃなくてだな……」


 何と説明していいか分からない健一が頭をガシガシ掻いていると、凜音が足をピタリと止めた。


「先輩、奥に到達したみたいです」


 その言葉と共に、嬉しそうに振り返る凜音から一瞬発せられた気配にゾクリと背筋を震わせる。


 そんな気配も洞窟の奥に座り込み餌を食べていた豚達が立ち上がった事でかき消されてしまった。


「ブビィイ!」


 鼻を鳴らしてこちらを威嚇する豚達に、これが養豚場の飼育員の気持ちかと思いつつ健一は目の前の豚達を処理しようと構える。


「……もう、ここまで来たらしょうがねぇ。さっさと片付けるぞ」


「えぇ、そうですね。それでは――」


 健一の言葉に、凜音が続けて言い放つ。


「――さようなら、先輩」


 高い発砲音と共に小銃を構え、斉射してきた凜音を飛び越え、豚の只中へと着地した健一が凜音を睨む。


「……どういうつもりだ、岡田」


「どう、とは? 見ての通りの事ですが」


 健一の睨みに涼しい顔で応える凜音は、カラカラと鈴の鳴るような笑い声をあげて健一を見据えた。


「それにしても銃器を避けますか、普通。まぁ既に先輩が普通じゃない事など分かりきっていますし、私達ももう既に普通ではないと思いますが」


「何で攻撃してきた」


「何でと言われても。邪魔でしたので。先輩が居ると、邪魔なんですよ」


 そう言うと、凜音は肩から下げていた小銃を放り、投げ捨てる。


「だから消えて下さい、死んでください、先輩」


 すらりと伸びた細い腕先に、一つ、炎が灯ると共に、健一の危機察知能力が全開で警告を鳴らす。


 察知できた攻撃は全面を覆う炎の渦!


「ヘルファイア!!」


 凜音の声と共に、巨大な炎の渦が凜音の腕から吹き出し、周辺を紅蓮の炎へ包み込む。


 暫く炎の渦が踊った後には、焼け焦げて倒れ伏した複数の豚の死体と、無傷の健一の姿があった。


「……魔法、か。お前の能力は、魔法を使える事か」


「ご明察です。銃器も使い手の力に依らず均一の威力を発揮するから良いのですが、やはりこの魂に刻まれたと言っていい能力の方が、使い勝手は良いですね」


 カラカラと笑う凜音の表情には、健一から見て明らかな凶相があり、健一の危機察知能力が小さくないエクスクラメーションを表示させる。


 健一からすれば半分以下のレベルである凜音に、これほどのエクスクラメーションが灯るとは思っていなかった健一は、その想定の脅威度を上げて槍を構える。


「何でこんな事する! 何が邪魔なんだ!?」


「何で! 何でですって!?」


 それまでの嘲笑混じりの笑顔から心底憎たらしいものを見据えるような表情を浮かべた凜音が、健一へと憎しみをぶつける。


「どうして私の目を覚まさせたんですか! 私はあのまま夢の中で、死んでしまっても良かったのに!!」


「それは……ッ! 助けたいと思ったから」


「助ける!? いつ私が助けて欲しいなどと言いましたか!? 私はあの夢の中で生き、そのまま死んでしまっても良かったのに!! どうして目を覚まさせるんですか……」


 怒りと共に放たれた言葉は容易に健一の心を抉る。


 凜音はそのまま、怒りと悲しみの綯い交ぜになった表情で言葉を紡ぐ。


「目を覚まさなければ、現実に絶望する事も無かった。あんな悲劇的で、屈辱的な事は全て夢に溶けてしまっていたのに。あんな目に遭って、早々立ち直れる訳がないでしょお!!」


 凜音の言葉と共に炎が立ち上り、洞窟内を縦横無尽に飛び回る。


 健一はそれを察知能力で回避し、時には豚を壁にして立ち回り逃げまわる。


「目覚めてしまっては自殺する勇気なんてものもない。だったらどうすればいいのか、考えたんです。世界を壊してしまおうと。私の目を覚まさせた七瀬先輩や渡辺先輩を殺して、この力で世界を全部めちゃくちゃにしようと思ったんです」


「そんな事して、何になるんだ!」


「何も? 何もなりませんよ。でもそれでいいんです。だって私は何も求めてませんから。ただただ、全てを滅茶苦茶にしたいだけですから」


「それで、俺が邪魔なのか?」


「邪魔じゃないですか。私のこの力でも今でも死なない先輩が、邪魔じゃ無くて何になるんですか」


 凜音が左腕を払い氷の槍を放射状に射出する。


 迫る氷を槍で斬り、払い、次いで飛び回る炎を斬り捨て、健一は凜音へと近づく。


「だからいい加減、死んで下さい。死んで! 早く死んで!!」


 不可視の刃が健一を襲い、その刃を金の槍で断ち切る。


 土の槍が地面から生えようと、健一は察知して飛び上がり、槍を回避した。


「なんで死なないのよ! 死んでよぉ!!」


 洞窟内で小規模な竜巻が発生し、豚の死体を飲み込み大きくうねり、暴れまわる。


 健一はその竜巻を槍をもってして斬り捨てて、とうとう凜音の前へと辿り着いた。


「それで、俺が何だって?」


「……死んでください」


 パンッ、と頬に掌をぶつける。


 健一が平手を放ち、凜音は頬を押さえて健一を睨みつけた。


 それに構わず健一は凜音の胸ぐらを掴み、歯をむき出しにして吠える。


「世界を無茶苦茶、大いに結構。だがな、俺達に八つ当たりするのは筋違いだろうがよ!」


「な、なにが筋違いなんですか! 夢から目覚めなければ」


「そこだよ。元はと言えばお前が昏眠するような原因を作った奴が一番悪い、諸悪の根源だろうが。なんでそいつに憎しみを向けない」


「……どういう、事ですか」


「あの兎のクソ野郎が現れなければ、俺も、お前も、今でも学校で平穏な日々を送れていたはずだろうが!?」


 健一の言葉に分かっていた答えを見つけたような、醒めた表情を浮かべて凜音が言う。


「本気で言っているんですか。あんな不確かな、何者かも分からない人を憎めと」


「あぁそうだ。あいつが悪い、あいつが諸悪の根源だ」


「……短絡的ですね、羨ましいです」


「短絡的で何が悪い。俺は一日足りともあの兎野郎への憎しみを忘れた事なんざねぇ」


「……本当に、羨ましい」


 軽い羨望を浮かべた凜音の言葉に、健一が言う。


「俺はこの島を出て、あの兎野郎をぶっ殺す。完膚なきまでに打ち負かして、敗北の味を噛み締めさせてからじっくり苦痛を味あわせて殺してやる」


「本気、なんですね……」


「当たり前だ。だから、お前も来い」


 その言葉に、凜音が目を見開く。


「私も、ですか……?」


「あぁ、憎いんだろ。辛いんだろ。世界を滅茶苦茶にしてやろうと思ってるんだろ。俺も同じだ。だから、一緒に来い。俺達は、協力し合える」


「……そう、ですね。そうかもしれません。協力する事は、できるかもしれません」


「あぁ、そうだ。だから……お前の力を、俺に貸せ!」


 健一はその言葉と共に右手を差し出す。


 凜音は暫く巡回した後、視線を外しながらゆっくりとその手に自身の右手を重ねた。


「……よろしくお願いします、先輩」


「おう、よろしくな、岡田!」


「……凜でいいです。親しい人はそう呼びます」


「じゃあ、よろしくな! 凛!」


 にっこり笑う健一に、釣られて笑みを浮かべる凜音。


 二人の周囲には、焼け焦げ、氷付き、ひき肉と化した豚達の死骸が散乱していた。

ここまでお読み頂いてありがとうございます。

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