少女と不思議なガジェット
それは、真夜中の出来事だった。
パチパチと燃える焚き火の傍らで槍を抱えて座り込む健一の目は、うつらうつらとしていた。
感覚的にも周囲に脅威となりそうな反応は無い上、周囲の人間は既に眠っている。
健一の位置から焚き火を挟んだ反対側に美希達は肩を寄せ合い眠っていた。
人数分の毛布が無い訳では無く、そうして人と接するように眠る事で安心感を得たい心理が彼女達には働いていた。
そんな中一人だけ、毛布を掛けられ眠っていた影がある。
寝たきりの少女だ。
「……ぅ、うぅん」
その少女から今までで初めて声が漏れたのを聞き、健一の意識が船を漕ぐのを止め急激に覚醒する。
暫く毛布の中でもぞもぞとしていた少女は、健一の見ている前でゆっくりと身体を起こした。
「……夢、じゃなかった、か」
鈴が鳴るような声で一人、寂しそうに呟いた少女の言葉を健一ははっきりと聞いていたが、彼女に何か声をかける事は憚られた。
少女は寂しそうに呟いた後、毛布から一人抜けだすと焚き火へと近づく。
と、そこで初めて少女は健一の視線へと気付いた。
「……ずっと、起きていたんですか?」
「あ……あぁ、まぁ。警戒する必要はあるからな。夜だからって化け物達が襲ってこない保証はない」
「そう、そうですね。化け物達が……」
健一の言葉に何か考えこむようにした少女の表情が、一瞬苦痛を彩った。
「お、おい。大丈夫か……?」
「……えぇ、すみません。まだ意識がグラグラしていて。それに、嫌な事も思い出してしまって」
「まだ横になっていた方がいいぞ。今は夜中だから、活動するにはまだ早い」
「はい、そうですね……。すみません、横になってます」
健一の言葉に静かに頷いた少女は再び毛布に包まると、地面へと横になる。
暫くして、彼女から静かな寝息が聞こえてきた事で、健一は何となくほっとした。
「……兎も角、意識が戻って良かったな」
そう彼女の身を案じる程度には、健一は彼女に感情移入をしているのだった。
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明けて翌朝。
自然と目を覚ました女性陣の中に一人、戸惑いの色濃いながらも笑みを浮かべている彼女が居た。
「岡田凜音、一年生です。皆さんにはご迷惑をおかけしました」
そう簡単に自己紹介をする彼女に美希と香澄は心底安心した表情を浮かべて彼女の意識が戻った事を祝福した。
「良かった、意識が戻って本当に良かったよ」
「安心したわ。これで一緒に行けるわね」
「――――――――。」
凜音の口から言葉にならない声が出たが、美希と香澄には聞き取れなかった。
「えっ、どうしたの?」
「いえ、皆さんにご迷惑おかけして申し訳ないな、と」
「そんな事。私達も中本君や七瀬さんに助けだされたからこうして生きていられるんだもの。これから皆で助け合えばいいわ」
「そう、ですね。兎も角この森から脱出しないと、ですね」
香澄の言葉に笑みを浮かべて応える凜音に、健一が横から口を挟む。
「森を抜ける前にもう一組、囚われてる女子達を助けないといけないんだがな」
「そう、そうですか。そうですね、もう一組囚われているのであれば助けなければ」
「その為にも、岡田を含め全員にレベルアップして貰う。化け物集団に立ち向かうにはこちらも集団である必要があるからな」
「はい、分かりました」
健一は女性陣に告げるとリュックサックの中から美希が使っているものと同型のHK417自動小銃を女性全員に手渡して告げる。
「ここから目的地までは結構距離があるし、道中化け物達が出てくると思う。なのでみんなで、頑張って退治しつつ先へ進んでほしい」
「はい」
その言葉を合図に、全員揃ってキャンプ地から出発した。
ルート的には森の中を北東へ向かって真っ直ぐ突き進んでいく事になる。
藪と鬱蒼と生い茂る木々の中を突き進む工程は生半可なものではない。
だが道中で女性陣をレベルアップさせる事で、身体能力の強化などを行い突き進もうと考えていた。
健一を先頭に気配を察知しながらマップを見て先を進み、最後尾に女性陣で一番レベルの高い美希をつけて後方にも注意を向ける。
そうして突き進んで数分で、すぐに健一が化け物の気配を察知した。
言葉に出さず身振りで敵がいる事を伝えた健一の側に、後ろに続く女性陣が頷く。
黙って静かに目標へと近づくと、その先には緑色の肌をした大鬼と子鬼が一体ずつ存在していた。
女性陣が藪の中放射状に鬼達を囲むと、健一が声で合図をする。
「撃て」
途端銃声が轟き、鬼達は蜂の巣にされる。
残った死体を健一が確認し、確実に死んでいるのを見た後は、女性陣の中でレベルの低かった典子、未央、凜音のレベルアップタイムだった。
「イタッ、いったい!!」
「お腹が……何か、食べ物を!」
「これは、本当に結構キますね……!」
痛みと空腹を訴える彼女達へと固形ブロックを食べさせ、満足したらまた先へと進み化け物達を狩り、レベルアップの為彼女達の空腹を満たす。
その繰り返しを何度かした頃には、ガジェットの時計で昼間を迎えていた。
その頃にはもう一組の囚われた女子達へと続く道程はほぼ消化しており、もうすぐ森と山崖の切れ目を迎えようとしている所だった。
「それじゃあ、少し休憩しよう」
健一のそんな言葉に女性陣は弛緩した雰囲気を醸し出しながら地べたへと座り込む。
女性陣達も全員迷彩服へと着替えているので、服の汚れなどはお構いなしに、好き勝手座り込んでいた。
そんな女性陣に笑顔でペットボトルの水を配り歩く美希が、最後に健一へと水を差し出す。
「はい、中本さん」
「サンキュ。しかしこれで、洞窟へ突入しても大丈夫になったかな」
差し出されたペットボトルの水を飲みながら女性陣を見て呟く健一の言葉に美希が笑顔で頷く。
「みんなで一緒に突入すれば、大丈夫だと思います。お互いフォローしあって行けば、きっと助けられますよ」
「だな。それで七瀬はレベルいくつになったんだ?」
「私は267、少し上がっただけって感じですね」
「私は236です」
美希の隣、凜音が健一の問いかけに応えるように言うと、懐からガジェットを取り出して見せてくる。
「へぇ、もう236に……ッ!?」
凜音の言葉に笑顔を浮かべていた健一だが、何かに気付いたようにすぐさま表情を変えて凜音の持つガジェットへ掴みかかった。
腕ごと握られた凜音が「きゃっ!」と短い叫びをあげるが健一は頓着せずに、凜音の持つガジェットを掴んだまま離さない。
「ちょ、ちょっと中本さん! 凜音ちゃん困ってますよ!?」
美希に肩をパンパンと叩かれた健一がやっと我に返り両手をガジェットから離して凜音から距離を取る。
「す、済まん。大丈夫か?」
「え、えぇ。驚きましたが……。でも一体、どうしたんですか?」
凜音からの質問に健一が言葉を選びながら、自分の頭の中でも考えながら口に出す。
「その、ガジェットなんだが。……岡田のそれは、いつから持ってたものなんだ?」
「いつから、ですか。確か去年ぐらいに機種変更したやつで」
「そういう事じゃないんだ、いつ、持っていたものなんだ?」
「……済みません、おっしゃってる意味が」
健一の質問に応えられない凜音が困った顔で美希を見つめると、美希が合点がいったように目を見開く。
「あぁっ! 凜音ちゃん、なんでそれ、持ってるの!?」
「七瀬先輩まで、どうしたんですか?」
「だって、私が凜音ちゃんを助けた時! 私は凜音ちゃんを抱き抱えて運んだけど、ガジェットなんて一緒に運んできてないもの!!」
美希のその言葉に凜音が唖然とした表情を浮かべた後、考えるようにして答えを出す。
「これは……今朝起きたら傍らにあって、間違いなく私のガジェットですから、あぁ私のだな、とポケットに……」
「……つまり、起きたら傍らにあったんだな」
「はい。ですがこれが、何か重要ですか?」
「重要っていう訳じゃ無いんだが。こう、喉に小骨が引っかかったような気持ち悪さがあるんだよな。もしかしたらこのガジェットは、遠くに置いたとしてもいつの間にか傍らに現れるんじゃないか、てな」
健一の言いたいことを理解した二人が無言でその不気味さを感じていたが、やがて美希が明るく口を開いた。
「ま、まぁ落としたりして無くす心配が無いと思えば、便利と言えば便利じゃないかな」
「確かにそりゃそうなんだがな。ん、まぁいいか、ごめん変な事言って」
「いえ、確かに私も違和感無く自分のものだと認識していた所がありますから。ステータスも私の名前が表示されていますし。確かにおかしいと言えばおかしいですから」
「まぁこれが悪い事に繋がらなければ構わないか」
健一はそうお喋りを締めると他の女性陣達に向けて声を上げた。
「そろそろ行こうか! 洞窟はもうすぐだから!」
「はーいっ!」
健一のその号令に、女性陣達は重い腰をあげて、小銃を片手に立ち上がった。
目的地はすぐ近く、そこには醜悪な豚のような顔をした人型の化け物が蠢く洞窟がある。
その化け物達の魔の手から囚われた女性達を救う為、健一は改めて気合を入れるのだった。