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鬼と金の槍


 洞窟から出て森の中を進み、周囲に鬱蒼と生い茂る木々の間に、美希達は座り込んでいた。


 鬼達の慰み者となっていた女性達はやっと歩ける程度の体力しか残されておらず、洞窟から抜け森の中へ入ってすぐの所まで歩くのがやっとの事だった。


 彼女達を全員背負う事も出来ない美希はそこを休憩場所として鞄の中から肉や軍用飯を取り出し、水の入ったペットボトルを一本ずつ彼女達に分け与えて食事をしていた。


「まだご飯は一杯ありますから、焦らないで食べてくださいね」


 彼女達の体調を確認しながら言う美希の腕の中には、一人の女子が居た。


 洞窟で声をかけたが反応が無く、自分で立ち上がる事さえ出来ない彼女を美希が一人だけ担いで運んできたのだ。


 美希と同年代、学校の生徒だと思われる彼女は今も美希の言葉を聞いていながら、心を何処かへ飛ばしているように虚空を見つめ続けている。


 食事を口元へ運んでも何の反応も起こさない彼女の状態に美希は涙ぐみながら、仕方なく水だけを口へ落とす。


 口の中に落ちた水は飲んでいるようでほっとしたが、食事が摂れない彼女をどうするかが、今後の悩みであった。


「……彼女は、二日前に連れて来られて、そのままなのよ」


 美希と腕の中の女子を見て食事を摂っていた女性が口に出す。


 彼女だけ女性と呼べる年齢、恐らくは教師の中の誰かだと思っていたが、教師全員の名前を覚えていない美希としては、何と呼べば良いか図りかねていた。


「ごめんなさい、食事ありがとう。私は香澄、渡辺香澄よ。あなた達の学校の、養護教諭だったわ。何日か前までは」


「すいません、先生。私は七瀬美希、二年です」


 香澄と名乗った教師に自分も名を名乗り頭を下げる。その間も腕の中の女子に水だけはあげ続けていた。


「彼女が運ばれてきた時には、既にそんな、虚ろな状態だったわ。そんな状態なものだから、あの化け物達も好き勝手していたの。でも、変に抵抗して怪我をするよりはずっとマシだったのかもね……」


 そう言うと香澄は苦笑を浮かべて自分の左腕を掲げた。


「私は最初、抵抗したわ。この島で一番最初にあいつらに捕まったのが、多分私。そうしたら腕を折られたわ」


「え……でも、今はなんともないですよね」


「そういう力を貰ったのよ……。可能な限り、人を癒せる力。怪我なんかは一日その力を使えば癒せるの」


「そんな力もあるんですか……」


 感心したように呟く美希の言葉に、香澄は静かに食事を摂っている他の女生徒二人を指した。


「多分、彼女達もそういう力があるし、あなたもそうなんじゃないの、七瀬さん」


「私は、料理が好きで、料理道具や水なんかの料理に必要なものが出てくる鞄を貰っただけです。もう一つの鞄は他の人が元々持っていた鞄ですけど、その人が死んでしまったので……」


「そう……。もう一人の、私達を助けてくれた彼は?」


「中本さんは、危険が分かる能力らしいです。後は拾った槍を使って、化け物達を倒しています」


「そうなの……攻撃的な力じゃないのね。だとすると彼を、助けに行った方がいいかもしれないわ」


 香澄の突然の言葉に美希が首を傾げると、香澄が身体を震わせながら応える。


 その声には多分に、恐怖の色が浮き出ていた。


「あの洞窟の奥には、私達を襲っていたのよりも恐ろしい鬼が居るわ。奴らよりもきっと強くて、恐ろしい鬼が」


 その言葉に美希は膝の上の女子を慌てつつも優しく下ろし、肩から銃を下げて洞窟の入り口の見える茂みまで移動する。


 そこからは中の様子は伺えないし、未だ健一が出てくる気配も無い。


「中本さん……」


 健一の身を案じた美希が、静かに銃を構えながら茂みから洞窟を伺うのだった。



----



 どうにもマズイ。それが健一の今考えている事だった。


 洞窟内の通路の幅は意外と広く、大鬼と子鬼の入り乱れた集団を切り裂きながら奥へ奥へと移動している健一の危機察知能力が、段々と大きな警報を鳴らし始めているのだった。


 大鬼二匹、子鬼はいくらでも。一度に相手取れる健一だが、鬼達は次々に奥から湧き出てくる。


 引き返すタイミングを図っているのだが、いつの間にか子鬼に戻る道を塞がれ、奥へと続く道へと誘導されているのに気付きつつ、それでも引き返せずに鬼を斬り捨てながら奥へ進むしか無かった。


 もう何匹の鬼を槍で突き、斬り倒したか分からないが、子鬼は兎も角として大鬼は背中を見せて良い相手では無かった。


 危機察知能力で攻撃を予測できているからこそ棍棒での攻撃を掻い潜り、防ぎ、受け止める事が出来ているが、それが無かったら既に何発か攻撃を受けていると思われる。


 鬼達は拙いながらも連携をもってして健一を仕留めようと襲い掛かってきていた。


 そんな化け物達を切り裂きながら奥へと進んでいた健一は、遂に到達してしまった。


 洞窟の奥、そこは開けた場所になっており、学校の体育館よりも広い空間となっていた。


 そこでは多くの鬼が円陣を組み火をおこし食事を摂っていた。傍らにはオオカミや鹿のような生き物の頭と思われる死骸と、骨が散らばっている。


 そして奥にはその多くの鬼とは一線を画す、赤黒い肌をした二本角を湛えた、一際巨体の鬼が居た。


 健一の目から見ると、その巨体には大きなエクスクラメーションが灯されており、その鬼の脅威度を嫌でも見せつけてくる。


 この鬼達は火を炊いて飯を作ってるのか、等と何処か現実逃避した感想を頭の中へ浮かべつつ、健一は背後からの棍棒の一撃を避けて広場へと躍り出た。


 その健一の姿を確認した鬼達が座っていた火の側から立ち上がり、傍らに置いていた棍棒を手に立ち上がる。


 そして恐らく群れのボスと思われる赤黒い鬼が、まるで号令をするように座っていた石から立ち上がり、棍棒を振り上げ健一へと棍棒を向けた。


「グゥオォォオオッ!!」


 咆哮。そう表現するしかない声と共に鬼達は一斉に健一へと襲いかかる。


「くっそ、くそったれぇえええっ!!」


 前後左右、一斉に襲いかかってきた鬼達に健一は負けじと槍を突き、払い、斬り捨てて前へと突き進む。


 危機察知能力の全てを使い背後からの攻撃も含めた全ての攻撃を避けて鬼達の間を駆けまわり、攻撃をしゃがんで避け、壁を蹴りつけ機敏に動く事で何とかこの取り囲まれた状況から逃げようとする。


 だがとうとう健一は、その一撃をマトモに受けてしまった。


「ガフッ!!」


 棍棒の腹へと一撃、危機察知能力で来るのが分かってはいたが、他の棍棒を受け止めていた為避ける事の叶わなかった一撃を、健一が受けてしまう。


 腹への一撃を受けたと思えば今度は右から、肩に受ける。


 身体の芯でピキリと嫌な音が立ち、次いで顔面に思い切り棍棒を打ち込まれ、振り切られた時には一瞬健一の意識は遠のいた。


 吹き飛ばされている間に意識を何とか取り戻した健一だが、吹き飛ばされた先にも鬼が待ち構えており、背中から床へ落ちた健一へと、追撃の棍棒を遠慮無く叩きこむのだった。


 そうなると健一に出来ることは槍を使い何とか棍棒を防ぐだけ。


 だがそれも頭への追加の打撃と、腕や足に何度も叩きつけられる棍棒の痛みから、そんな気持ちの余裕はなくなる。


 いつこの痛みが止むのか、何故こんな目に遭っているのか。


 それだけを考えながら、目から涙を流し、鼻や口から血を垂れ流す事しか出来なかった。


「グロロロッ!!」


 意識の外からそんな鳴き声が聞こえたと思ったら棍棒の雨が止み、周囲の鬼が一斉に健一から離れる。


 だが攻撃が止んだとしても健一は周囲に鬼が居る事は理解しているので、力を入れれば痛む両腕で、微かに掴んでいるだけの槍を盾に、身体を折り畳んで震わせる事しか出来なかった。


 鬼達の間を抜けて赤黒い鬼が健一へと近づき、健一の視界へと入る。


 一際巨体の奴が持つのは、他の鬼達の持つ木の棍棒などではなく、石でできた石柱のようなものであった。


 赤黒い鬼がそれを振り上げる姿を見ながら、健一の頭の中で今までの人生が振り返られる。


 それは正しく走馬灯。その一撃を受ければ間違いなく死を免れない事を理解した健一の無意識が流す映像だった。


 走馬灯を眺めていた健一だが、鬼は間違いなく石柱を振り下ろしてくる。それを考えると嫌になる。


 死にたくない、まだやりたい事は沢山ある。何より、こんな訳の分からない場所で、訳の分からない化け物に殺されるなど、悔やんでも悔やみきれない。


 そして何よりも、あの兎の男の目論見通りにこの島で殺されるなど、ピエロのようなものじゃないか。


 考えた瞬間、健一の中でそれは憎悪の感情となって溢れ出た。


 殺す、あの兎の男を殺す。こんな世界へ連れてきた奴を殺す。それを邪魔する奴を殺す。俺を殺そうとする奴を殺す。


 何よりもまずは、目の前で勝ち誇り、気色悪い笑みを浮かべながら見下し、石柱を叩きつけようとしてくるこの鬼を殺す。


 この鬼と、あの兎の男を殺す為なら何だってくれてやる、だから―――。


「―――応えろ、槍」


 瞬間、槍を中心に黄金の輝きが溢れ、洞窟を黄金色に映し出す。


「あぁぁあああああああああっ!!」


 健一の槍を持つ両腕が黄金色に輝き、やがてその腕から肩にかけて衣服が破れ、黄金色に染めていく。


 腕からの痛みが身体中へ走った時に健一はその身を起こし、槍を抱えたまま滅茶苦茶に暴れだす。そうしなければ、身体が内部から爆発してしまいそうな程に痛みを感じていた。


「うわぁああああああっ!!」


 そして最後に、健一の頭の中に様々な情景が流れていく。それはこの槍の使い方であり、振るい方の全てであった。


 脳に焼き付けられたその全てを受け止めて、槍はその輝きを収める。


 そこには、両腕を肩から黄金色に染めた健一が、槍を携えて確りと立っていた。 


「……第二ラウンドだ、クソ野郎」


 槍を構え、健一は周囲の鬼へと突撃する。


 身体の痛みは既に消え、先程までよりも強靭になった身体能力を得て、金色の槍を振るう事に最適化されたその身体で、鬼達を薙ぎ倒す。


 鬼達の棍棒を全て避け、足を薙ぎ、首を飛ばし、腕を切り落とす。


 槍によって、槍を振るう為の兵器へと成り果てた健一の力に、次第に鬼達は数を減らしていく。


 凄まじい速さで鬼を切り倒す健一に、赤黒い鬼は石柱を振るい襲いかかった。


「グオオオオッ!」


 凄まじいスピードで、音を立て薙ぎ払われた石柱はしかし、健一の姿を捉えること無く空振りする。


 高くジャンプした健一は、赤黒い鬼の脳天から一気に、槍を振り下ろした。


「しぃぃぃぃねぇぇええええっ!!」


 咄嗟に構えられた石柱ごと、健一は赤黒い鬼を真っ二つにする。


 斬られた身から血を吹き出し、床を赤黒く染めていく巨体を眺めてから、健一は周囲の鬼を睨みつけた。


 その場に居る鬼達は既に、健一を自分達の命を脅かす得体の知れない化け物として、遠巻きに眺めている。


 そんな鬼達へと向かって、健一は歯をむき出しにして笑いかける。


「てめぇら全員、ぶち殺してやる」


 怒りを湛えた瞳と凶相で、健一は鬼達へと躍りかかった。

ここまでお読みくださってありがとうございます。

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