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兎の男と危機回避

 自身は直感に優れている方だと彼、中本健一は自負している。


 地図の無い迷路で迷った事が無い、何となく危険を察知できる、得意なゲームジャンルは謎解き系アクションだ。


 この程度の事で直感に優れると言うには説得力が無いが、彼が自覚している「なんとなく」だけで危険を回避した経験が、この短い18年という人生の中で実に6回に渡り発生している。


 その全てが回避していなければ間違いなく死を迎えていた類だ。


 嫌な予感がして一本見逃したバスが事故を起こし大爆発、右側を歩いていて何となく左に寄ったら右側に鉄骨が降ってきた、食用と見分けのつかない毒キノコを何となくで回避した、などなど。


 これだけ挙げると彼が不幸体質のようにしか思えないが、それを全て既の所で回避しているのは、その自身の持つ直感によるものだと健一は思い込んでいる。


 そしてその直感だけは自分を裏切ることは無いのだと、自身で自覚していた。


 そんな彼は学校のクラス内では浮いた存在となっている。


 中肉中背、平々凡々、背丈も平均値ならば顔立ちも中の中、テストの答案もほぼ平均値という優れた直感以外は特に秀でた部分の無い彼だが、人付き合いは苦手で少し無愛想、会話が長続きしない。


 たったそれだけの事で、クラスメイトからは敬遠されていた。


 特に目立った嫌がらせなどがある訳でもないが、特に親交を深めようと思っているクラスメイトも居なかったのが、彼の唯一にして最低の回避できなかった不幸であろう。


 クラスメイトを彼が選ぶことは出来なかったのだから。


 この日も健一は特に誰と会話をする訳でも無く一人クラスの座席を温めて勉強に精を出している。


 そんな時ふと、彼の視界が一瞬陰った。


 外からの日差しが烏か何かで遮られただけなのだが、その陰りに気付いた瞬間、健一の全身に鳥肌が立つ。


 そして後からやってくるゾワリと底冷えする、腹の奥底から粟立つ嫌な感覚に、健一は身動ぎをしようとして、出来なかった。


 教科書に添えている左手も、ペンを持つ右手も、正面を向いているその顔すら、健一は動かすことが出来なかったのだ。


 この異常事態に何事だと視線を周囲に走らせると周囲も同じ状況のようで、まるで静止画のようにクラスに居る全員が微動だにしていない。


 先程まで教科書の内容を読経していた教師すら、冷や汗を流しながら身動ぎ一つ出来ずに居る。


 そんな時、教室のスピーカーから盛大なモスキート音が流れる。


 嫌な感覚がどんどんと積み重なっていくその現状に、健一の心が悲鳴を上げた。


「やめろっ!!」


 そう叫んだと錯覚した瞬間、健一の視界はブツンと電源をOFFにしたのだった。


 次に気付いた時には真っ暗な空間、ポツリと小さな灯火を中心に置かれた空間に、健一は居た。


 その灯火の前には、顔に兎のお面を付けた一人の男。


「やあやあ皆様、ようこそいらっしゃいました『こちらの世界』へ」


 そう言って深々とお辞儀する兎の男は、一人言葉を続けた。


「さて、早速ではございますが皆様には選んで頂きます。クラスの中から代表を誰か一人ないし二人。あぁ教師の方は自らの同僚を二人、選んで下さい」


 両手を広げ、何が可笑しいのか盛大に笑みを含めた声色で、男は続けた。


「選ぶ基準は何でもいい。例えばこの人が相応しい、仲が良いからこの人、もしくは――要らないからこの人、など」


 その言葉にゾクリと背中が粟立つ。言い方としては一番最後の嫌われ者を選別するのが目的に聞こえたのだ。


 必要とされていない人間の選別する。その事に一体何の意味があるのか分からないが、健一には嫌な予感しかしなかった。


 自分も頭の中で誰かを思い浮かべようとしたのだが、思いつくのはクラスの委員長二人。


 代表と言うのだから彼等で良いだろうと、健一は思った。


 数分後、兎の男は満足したようにコクコクと頷くと、両手を広げた。


「はい、了解しました。それでは選ばれなかった皆様は、世界へお送りしましょう。尤も『こちらの世界』の国々になりますが。何心配はいりません、国々では皆さんをお出迎えする準備が整っているはずですから。それではどうぞ、良い旅を」


 そう言って腕を振るう兎の男。


 だが健一は相変わらず、その暗い空間に置かれたままだった。


 そんな健一に向かい、兎の男が話しかける。


「さて、それでは選ばれた代表の方々。まずはおめでとう、と言っておきましょう。あなた方は皆から選ばれたのです。代表に相応しい人物として。仲良しが多い人物として。そして、嫌い、要らない人物として」


 あぁやっぱり。健一はそう思う事しか出来なかった。


 代表に相応しいという事はあり得ない、仲良しが多いという事も無い。だとすれば―――要らない人員として、選ばれたのだ。


 クラスの中で一番浮いていた自分が、そういう枠で選ばれるのは致し方無い。


 だが兎の男はそんな自分に、まるで親切を装って話しかけている。


「それでは早速あなた達には一つ、力を与えましょう。何でも良いです、どんな力でも、道具でも叶えましょう。『こちらの世界』で私が出来ない事など、早々無いですから。さぁ、頭に思い描いて下さい。あなた達の欲する、その力を」


 兎の男からの言葉に健一が真っ先に思い描いたのは、自身の直感の延長線上、より具体的なものとして具現化させる力だった。


 何となく危険が分かる、その力をより昇華させる力、類稀なる危機回避能力を。


 自身の信用の置ける直感を更に鋭敏にさせ、危険を事前察知し回避可能な力を、健一は強く求めた。


「はい、いいでしょう。それではあなた達には一つ、その思い描いた力を与えましょう。そしてやはり旅立っていただきます、『こちらの世界』へ。それではどうぞ、良い旅を」


 そう言ってまたもや腕を振り上げる兎の男。


 だがやはり、健一はその暗い部屋から全く動くことは無かった。


 一体これはどういう事か、動かない身体の変わりに眼をキョロキョロと動かして周囲を見ても、部屋は暗くて何も見えない。


 近くに気配を感じて正面を見ると、手を伸ばせば届きそうな距離に兎の男が立っていた。


「さて、君。んー、中本健一君ね。残念ながら、君の願った力は私でも叶えられなかったよ」


 兎はそう言うと、可笑しそうな声色で言葉を続けた。


「だって君がこれから行く所は、危険しか無い場所なんだよ! そこへ行く事自体が危険なのに、それを回避する力なんて叶えられる訳がないじゃないかぁ!!」


 兎の男の言葉に唖然とする。


 自分はそんな、危険だらけの場所へ放り込まれるのか。


 そんな所へ人を放り込んで、コイツは一体何がしたいんだ、と。


「だから君には代案の力を与えよう。危険が察知できる力だ。ただ分かるだけの力。その危険に立ち向かうのか、逃げるのか。それは君自身が決められる力だ。どうだい、最高だろう?」


 一方的に話をする兎の男に苛立ちを覚えながらも、健一の口は動かない。


 その様子に兎の男は満足したかのように頷いて、手を振り上げた。


「さて、それでは中本健一君。その危機察知能力と共に、良い旅をしてくれたまえ。絶望が事前に分かってしまう、素敵な旅を」


 そして手が振り下ろされたと同時に、健一の意識はやはりどこかへと飛ばされた。  



-----



 ふと気付くと、健一は森の中に立っていた。


 どことも知れぬその森は、木々が鬱蒼と生い茂るまさしく樹海と呼ぶに相応しい場所だ。


 周囲は太い幹の木々に囲われ、足元には多数の葉っぱが敷き詰められている。


『さて、世界の皆さんこんにちは』


 そんな声が頭上から聞こえてきたので頭上を見ると、木々の隙間から空に浮かぶような形で、先程の兎の男が立っていた。


 いや、その姿はどこか朧げで、まるでプロジェクターから出力されているかのように濃淡の薄い色をしている。


『世界には多くの人々が降り立ちました。国々は手厚く保護しているかと思いますが、世界には彼等から逸れた者も若干名居ます。彼等がどこへ居るかと言うと―――』


 その瞬間、健一の背中がゾクリと粟立つ。本能に従い思い切り前へとジャンプした。


 すると、健一の居た場所に地面から無数の鋭い槍が飛び出してくる。


 突然地面から生えてきた槍に唖然とし、思わずその場へと座り込む。


 もしあのままあの場所へ立っていたら、間違い無く自分は死んでいた。


 襲ってきた現実に、これが危険な場所という意味かと兎の男の言葉を反芻すると、目の前の幹がガサガサと揺れ動く。


 そして、正面に立っていた木の幹がメキメキと裂け始めて、まるで目と口を象るように裂けた。


 これは、ただの木では無い。


『―――そう、君達の言う、地獄に一番近い島、です』


 正面の木は大きな口を開き、健一を威嚇するようにその枝をザワザワと振る。


 そしてその木の顔に当たる部分には、黄色いエクスクラメーションマークが煌々と輝いていた。


 視覚的にも、感覚的にもこれは分かる。


 明らかに健一にとって、危険なものだ。


『さて、地獄に一番近い島では、既に第一の犠牲者が出てしまったようだ。世界最高の武器を得たはずの彼なのに、イービルトレントの不意打ちに成すすべなくお陀仏、という訳だ』


 なるほど、こいつはイービルトレントと言う訳か、と健一はどこか冷えた頭で考える。


 木の姿をしているコイツがよくあるファンタジーものの設定ならば、その動きは素早くは無いはず。


「う、おおおっ!!」


 健一は決めると、すぐさま背後に向かって駈け出した。


『さぁ、地獄に一番近い島の諸君、精々私を楽しませて、生き残ってくれたまえ』


 イービルトレントのような生き物が存在するような絶望の世界、それでも健一は、その絶望に抗う事を決めた。


 そうして駈け出したは良いが、行く所行く所、危険な気配が絶えない。


 一先ず安全な場所を探す健一だが、危険を避けて歩いている所為か、この樹海の魔力か、方向感覚が全く掴めていなかった。


 ひたすらに危険な気配を避けて歩いていると、すぐに日は沈み樹海は真っ暗な闇を映し出す。


 健一はポケットからスマートフォンを取り出し、ホッとした。


 どうやら電池は然程使われていないようだ。


 スマートフォンのライト機能を利用して道無き道をひたすら歩き、周囲の木よりも少し小高い場所に生えた一本の木へと辿り着く。


 ここまで歩いた健一の喉はカラカラで、身体全体が空腹を訴えている。


 今日はとりあえずこの木で休ませて貰おうと徐ろに木へと腕をかけ、枝を掴んで登り始める。


 昔は木登りはよくやった遊びの一つだったな、と過去を振り返りつつ木の枝で一番丈夫そうな枝に到達すると、枝に跨るように座り、幹に背を預けた。


 来て早々遭遇したイービルトレントしかり、他の化け物しかり、こうして木の上に隠れていれば大丈夫だろうという判断だ。


 そうして一先ず休める所を確保した健一は今日を振り返る。


 突然この世界へ送り込まれ、危機察知能力などというものを付け加えられ。


 一体何が起こっているのか未だ完全には理解できちゃいないが、この地獄のような島で生き長らえなければいけないというのは紛れもない現実のようだ。


 何とかして、この島で生きていく術を得なければいけない。


 ただの人間の俺に一体どうすればあんな化け物と対峙する事ができるんだ。


 とにかく今は身体を休める事を優先しよう。


 そう思うと一気に身体中の疲れが噴き出してきたようで、健一は真っ暗闇の中、静かに眠りへと落ちていった。


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