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EDEN  作者: 南 晶
始点 -うさぎ-
9/58

到着 2

 アジアンテイストなホテルの中は、客らしい客もいなかった。


 ロビーの中に川が流れていたり、藁で編んだランタンのような電灯がぶら下っていたり、リゾート感は必要以上に出ている。

 こんなリッチな所で、エステを楽しみながらテニスしたりする人種が、今だにいるのだろうか。

 バブルも弾けて久しいのに。

 少なくとも、今までの自分の人生とは無関係な施設に違いなかった。


 籐細工の涼しげなソファに、先に着いたおじ様と奥様は向かい合って座っている。

 何かをボソボソ語り合っていた二人だったが、私とネオさんが連れ立って入ってくると、俯いて口を閉じた。

 身の上話でもしていたのだろうか。


 空いているソファを私に勧めると、ネオさんもその横に腰掛けた。


「せっかくだし、自己紹介でもしませんか?ここで会ったのもなにかの縁ですから」


 ニコニコとメガネの奥の目を細めてネオさんは笑った。

 白い顔に細いフレームのメガネは良く似合っていた。

 デキる営業マンといった雰囲気だ。


 その言葉に、おじ様が煩そうにジロリと睨んだ。


「これから死ぬのに、仲良くなる必要もないと思うがね。そんなにしたかったら、自分から始めたまえ」


 ドスの効いたいい声だ。

 腹の底から響くその声は、百戦錬磨の会社経営者を思わせる。

 ネオさんは、まいったな~、と頭を掻いてヘラヘラ笑った。

 こちらも、接待で鍛えたベテラン営業マンの貫禄だ。


「じゃ、僕から始めますよ。僕は名古屋出身39歳、身長は178cm、学生時代はテニスしてました。趣味は映画鑑賞に読書、志望動機は死んだ妻に早く会いたいから。これでいいですか?」


 私はギョっとして彼の顔を見た。

 最後になんか笑えない事言わなかった?

 ネオさんは、営業スマイルのまま、どうぞ、と言っておじ様に手を差し出す。


 彼の言葉には反応せず、話を振られたおじ様が重い口を開いた。


「私は生まれは長野だ。名前は名乗る必要ないだろう。どうせ、みんな匿名だ。趣味なんてないが、ゴルフは人並みにはできるがね。将棋はそこそこの腕前だ。志望動機は借金だよ。経営破綻。私が死んだら助かる家族がいるもんでね」


 そういい終わると、ドンははああ・・・と深い溜息をついた。

 その姿から、何となく想像していた動機に、私も重い気分になる。

 次、と言わんばかりにドンは奥様を横目で見て顎をしゃくった。


 突然、話を振られた奥様は、少し視線を泳がせて考えてから、小さな声で話し出した。


「わ、私は『しずかちゃん』の名前で登録しました。愛知県出身です。結婚してから、趣味らしい趣味もありませんけど、洋裁は得意です。動機は、色々あるんですが、ちょっと育児に疲れて・・・ウチの子、障害があって、もう治らないんです・・・」


 最後の重い一言で、空気は更に重くなった。

 場の雰囲気を盛り下げたしずかちゃんは落ち着きなく視線を泳がせると、私の方に手を差し出して、どうぞ、と言った。

 さっさと面倒くさいバトンを渡してしまいたいみたいだ。


 皆の話を一通り聞いてしまった私は、自分だけ黙ってる訳にはいかなくなって、仕方なく口を開く。


「私は『うさぎ』で登録しました。名古屋出身です。趣味なんて特にありません。動機は、失業と失恋・・かな。軽くてすみません」


 重苦しい他のメンバーの紹介に比べて、なんて薄っぺらい私の動機だろう。

 言ってて恥ずかしくなってきたが、それについてコメントするものは誰もいなかった。


 再び、皆が沈黙した時、レセプションでチェックインを終えた死神さんが、4人分の個室の鍵を持って近づいてきた。

 これ以上、話をする必要がなくなって、私はホっとした。


「これから夕食まで自由時間です。夕食は地下の宴会会場で、7時集合。時間厳守でお願いします。

部屋も自由に使っていいですから、くつろいでいても構いません。温泉は一階にありますので、ご自由に」


 鍵を渡されて、私はふと時計を見た。

 名古屋で待ち合わせしたのが朝の6時。

 現在の時刻は、まだ11時になるところだ。

 ホテルってこんなに早くチェックインできたっけ?


 私が考え込んでいる間に、鍵を手にしたメンバーは次々と席を立って、エレベーターに向って歩いて行った。

 こんなに早く到着してしまっても、死ぬ以外にやることがあるんだろうか。

 今更、温泉に入るのもなんだか・・・。

 いや、寧ろ今だからこそ、最期に身を清めるべきか・・・。


 ぼんやりしている私の前に死神さんが座った。

 面白そうに私の顔を覗き込んでニヤニヤしている。

 完全にバカにしたその顔に私は腹が立ってきた。


「何か、用ですか?」

「別に。これから何するの? お風呂?」

「あんたに関係ないでしょ? 入りたかったら、入ればいいじゃないですか」

「俺は公共のお風呂は入れないんだ」


 死神さんはTシャツの袖をグイっと撒くってみせた。

 真っ白なのに意外に逞しい、その二の腕には黒い墨で描かれた暴れる竜のような、燃え上がる炎のようなデザインのタトゥーが彫られている。

 トライバルっていうデザインだろうか。

 肩から広がっているその紋様は、腕が網に絡まれているみたいだった。

 広範囲に広がるその模様に、私は思わず息を呑む。


「刺青してる人は入浴禁止って書いてあるだろ? 隠すにしてもデカ過ぎるからな。やめとくよ」


 捲くった袖を伸ばしながら、死神さんは言った。


「あの・・・暴力系の業界の人ですか?」


 私は恐る恐る聞いてみる。

 ファッションに疎い私には、刺青と言えば、そういう業界しか浮かんで来ない。


「まさか。単なる若気の至りだよ。こうすれば風呂に入らない言い訳になると思ってね」


・・・入りたくないのか。

 話すほどに、この人の思考回路がよく分からなくなる。


「まあ、俺のことはいいからさ。暇なら付き合ってよ」


 立ち上がって、死神さんは私に手を伸ばした。








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