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EDEN  作者: 南 晶
終点
57/58

旅立ち 2

 今まで考えた事もなかった事態に、俺は訳もなく焦燥感を覚えた。

 黙り込んだ俺にしずかちゃんはぴったり寄り添い、頭を俺の肩にくっ付ける。


「・・・先生、今、引越しの準備の最中でした。行き先は教えないって・・・あなたと幸せになるように言われました」

「・・・そう」

「先生ね、瑞希さんが亡くなられてから、落ち込んでたみたいです。計画がこんな形で終わって、あなたがバイトしていた名古屋の病院に戻ってたのですが、やっぱり居辛かったんでしょう。奥様のこと、思い出しますからね」

「・・・そう」

「私、あの人が心配です。どこに行くつもりなのか・・・お金には困らないでしょうけど、行く当てもなさそうで・・・」


・・・楽園エデン


 俺の頭に浮かんだのは、その言葉だった。

 

「生きることに執着がない」


 いつか、あいつが言ってた言葉を思い出す。

 そんなヤツが今までハングリーに生きてた理由は、一重にあの少女の為じゃなかったのか?

 その少女が亡き今、根尾は何を頼りに生きていくつもりなんだろう。


「・・・根尾先生のところに行きたい?」


 俺の気持ちを見透かしたかのように、しずかちゃんは優しく笑った。

 俺はベッドに座ったまま彼女と向き合って、思いきり抱き締めた。


「ごめん、しずかちゃん。俺・・・」

「いいのよ。分かってます。私は大丈夫だから、先生のところに行ってあげて。早くしないと、本当に連絡も取れなくなります」


 俺はすぐに立ち上がって、俺の全財産とも言うべき、いつものスポーツバッグを引っ張り出した。

 前回は夏だったのでバッグは一つで済んだけど、今回は冬服がかさばったため、バッグは二つになった。


 移植手術後、退院してここで暮らしたのは結局3ヶ月ほどだったけど、しずかちゃんと二人きりの生活は結構、新婚気分を満喫できた。

 詩織ちゃんも元気になって、明日ここに帰ってくる。

 あの時助けたウサギも、自力で幸せを掴んだ。

 俺も自分の人生にはもう悔いはない。

 あるとしたら、自称キアヌ・リーブス激似のあの外人顔が見れなくなる事だけだ。


 しずかちゃんは穏やかな顔で、荷物をまとめる俺を見つめていた。

 そうだ、行く前に彼女に伝えておかなければ。

 唐突に思いついた俺は、さっき彼女が持ってきたノートパソコンに電源を入れて立ち上げた。

 デスクトップに名前のないファイルがあって、それをクリックすると画面いっぱいに日本地図が広がった。

 少しづつ拡大していくと、愛知県の太平洋に面した位置に点滅する赤い点が現われた。


「何ですか、これ?」


 パソコンに向かって地図を見ている俺の肩越しに、彼女が背伸びをして覗き込む。

 しずかちゃんは、根尾が所有していたマイクロチップの事とか、攻撃仕様の改造スタンガンの事なんかは知らないんだろう。

 言ったところで、驚きはしないだろうけど。

 俺より根尾と付き合いの長い彼女だから、少なくともアイツが良いヤツでないことは知っている筈だ。


「根尾さんにね、猫が迷子になっても発見できるような、人間用のマイクロチップを入れられたんだ。ぶん殴られて腕折られてから、スタンガンで感電させられて無理矢理、ね」

「えええっ!?」


 衝撃の事実にしずかちゃんは驚いて裏返った叫び声を上げる。

 さすがのしずかちゃんもビックリだったか。

 俺は苦笑しながら、パソコンを彼女に見せた。


「ほら、この点滅してるのが俺。日本中どこでもにいても、このパソコンで俺の居場所は分かるから。これはここに置いていくよ。あと、右腕に刺青のあるバラバラ死体が見つかったら、それは俺だからね」


「もう!変な事言わないで下さい」


 真っ赤になってポカポカ殴りかかって来る彼女の細い腕を、俺は笑いながら掴んで、引き寄せた。

 半年前より伸びたサラサラの黒髪をすくって口付ける。

 この人に会えて良かった。

 ひとときでも彼女の夫となって甘い時間を過ごすことができた俺は幸せ者だ。


「・・・せっかくしずかちゃんの旦那になれたのに残念だけど・・・ごめんね」

「大丈夫ですよ。私達は運命共同体なんだから。どこにいても一緒です。根尾先生のこと宜しくお願いします」


 力強く言い切った彼女が俺は愛しくて、その唇に何度もキスをした。


 そうだ、俺達は切れる事はない。

 あの夏の日の記憶を共有する俺達は、これからも運命共同体だ。

 不思議なほど穏やかな気持ちで、俺達は別れを惜しんだ。



◇◇◇◇



 両手にパンパンに膨らんだスポーツバッグを提げて、俺は懐かしの名古屋駅に到着した。

 さっきチラホラ振り出した粉雪は、今年初めての大雪に変わっていた。

 ダイヤの乱れに翻弄された人達で名古屋駅はごった返していた。


 人波に逆らいながら、俺はなんとか駅から出ることに成功した。

 並んでいたタクシーに乗り込み、しずかちゃんに教えてもらった根尾の住所をポケットから引っ張り出す。

 紙切れを見たメタボ体型のベテラン運転手は黙って頷くと、速やかに車を走らせた。

 駅前は電車に乗れずにタクシーを拾う人で、列ができ始めている。

 もう少し名古屋につくのが遅かったら、駅前で立ち往生していたかもしれない。

 運はまだ俺の元にある。

 雪がひどくなってきた名古屋の街並みを、俺はガラス越しに見つめていた。


 30分ほど走っただろうか。

 タクシーは郊外の住宅地の一角にある二階建ての小さな白いマンションの前で止まった。

 どこかで見たような造りだと思ったら、俺の住んでたマンスリーマンションと同じ不動産会社の物件じゃないか。

 金持ちのクセして、何でこんな学生みたいなとこ住んでんだ?

 住所をもう一度運転手に見せて確認させるも、ここで間違いないとのことだったので、俺は金を払ってタクシーを降りた。

 雪で白くなってきたエントランスに入ると目の前に階段があった。

 エントランスに並んで設置された郵便受けの201号に『根尾正和』の名前が張ってあるのを確認して、俺は二階に上がっていった。

 どう見てもマンスリーマンションだったけど、金にも物にも食べ物にも執着のない根尾らしい棲家と言えないこともない。

 

 201号は一番奥の角部屋だった。

 両手に提げたスポーツバッグを廊下に下ろして、俺は部屋の前に立って表札を確認する。

 ヤツの名前がそこにあるのを確認してから、俺はブザーを押した。

 昔ながらのピンポーンという音が部屋の中から聞こえてくる。

 安っぽいドアの向こうの物音は丸聞こえで、中からドタバタこっちに向ってくる足音が聞こえた。

 期待感で、俺の鼓動が速くなる。


「はい、どちらさま・・・?」」


 突然、内側から開いたドアから半身を出した根尾が現われ、言いかけたまま硬直した。


 少し痩せた白い顔にいつもの緑がかった目が、俺を見た驚愕で見開かれている。

 栗色の髪は伸びてボサボサになっているが、それがヨーロッパの俳優みたいな色気を出していて、以前よりカッコよくなったみたいだ。

 ジーンズ、ハイネックの白いセーターの上にジャケットを羽織って、もういつでも出掛けられそうないでたちだった。


 ドアを閉められる前に、俺は根尾の体をグイグイと中に押し返しながら、マンションの中まで強引に侵入した。

 狭い玄関で向かい合ったまま、俺達はしばらくお互いの顔を見つめ合った。


「・・・早まるなよ、根尾さん。三人とも夢を叶えるまで計画は終わらないんだろ? 俺はまだ目を手に入れてないんだけど」


 俺の言葉に、根尾はフっと固かった表情を緩めて笑った。







ここまで読んでいただきましてありがとうございます。

次回、最終回です。

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