再会 2
私は、目の前のしずかさんの整った顔を唖然として見つめていた。
どういうこと?
しずかさんは最初から参加者じゃなかったってこと?
回転の鈍い頭を私は必死で働かせた。
でも、半年前の記憶は既におぼろげで、あの時の状況は上手く思い出せなかった。
しずかさんは穏やかな表情のまま、でも、腹を括った潔い口調で話しを続ける。
「私と死神さん、いえ、後の二人も全員、最初からあなたを殺害つもりで集まったんです。娘に移植するための臓器提供者が必要だったの。『自殺ツアーエデン』っていうのはドナーを集める為のカモフラージュでした」
「・・・じゃ、お酒を飲ませた後は・・・?」
背筋が冷たくなってくるのを感じながら、私は恐る恐る聞いてみる。
「彼が・・・死神さんが命がけであなたを助けなければ、私達はあなたを殺してしまったと思います。あの時の私はもう狂っていました。娘の命を救う為なら何でもするつもりだったから。でも、彼は自分を犠牲にしてまで、あなたを助けました。私もそれでやっと目が覚めたんです」
死神さんが命がけで私を助けた・・・。
最後にホテルの部屋で話をした時の彼の顔が思い出される。
少し怒ったような、寂しいような、何か言いたいような、複雑な表情。
あの時、彼は既に私を助けようかと迷っていたんだろうか・・・?
思い返せば、出会ったときから彼の態度は曖昧で捉えどころがなかった。
葛藤を抱えて、ずっと迷っていたんだとしたら、あの意味深な言動にも説明がついた。
彼女はゆっくりと話しを続ける。
「彼のお陰で私達は最悪の事態を起こさずに済みました。でも、あなたを拉致監禁して昏睡状態にして、あの派出所に放置したのは事実です。あなたはこの事実を知る権利があって、私は罰せられる義務があります。今まで黙っていたのは逃げていた訳ではありません。娘の手術が成功して、安定するまでは動けなかったんです。
でも、もう心残りはありません。あなたが警察に届けるなら、私はそれを受け入れます」
「・・・届けて、あなたが逮捕でもされたら、娘さんはどうなるんですか? 明日、退院するんでしょ?一人になっちゃうじゃない」
思わず声を荒げた私に、彼女は幸せそうな、そして誇らしそうな顔で笑った。
「もし逮捕されることになったら、私が刑期を終えるまで、死神さんがあの子と一緒にいてくれます。私達、結婚したんです。娘に肺の一部を提供してくれたのも彼でした」
「け、結婚!?」
聞き捨てならないその言葉に私は思わず、テーブルを叩いて立ち上がった。
なんてことだ・・・!
あの男にまで先を越されるなんて・・・・!
悔しさなのか、嫉妬なのかよく分からないドス黒い感情が私を包んだ。
その時、さっきのヒゲのマスターがモーニングセットのトレイを両手に乗せて現われた。
立ち上がったまま息を切らせている私を面白そうに見てから、上品に座っているしずかさんに笑みを見せて、トレイをテーブルに置く。
私は毒気を抜かれて、ヘナヘナと椅子に座り込んだ。
「だから、娘のことは心配いりません。私は告発されれば罪を償う用意はできてます。後は、あなたの判断にお任せします・・・・あの、もしかしてショックでした?」
しずかさんはコーヒーに口を付けながら、悪戯っぽく笑った。
その余裕の表情に私は意味もなくムカついて、思わず好戦的な態度に出る。
「全然、ショックじゃありません! 私だってもうすぐ結婚するんです! ついでに言うと、あのツアーの事は私の人生の汚点なんだから、もうどうでもいいです! 蒸し返したくないんです! 大体、今更、警察に言ったってしょうがないでしょう。彼氏が警官なのに・・・」
「まあ、彼氏が警官? その方と結婚されるのね?」
それを聞いた彼女の顔がパっと明るくなった。
他人事だろうに、心から嬉しそうに笑うと私の両手を握ってブンブン振った。
「嬉しいわ。じゃあ、あなたも今、幸せなのね? もうエデンに逝く必要はなくなったんですね?」
「お陰様で。だから、あのツアーのことは忘れます。あなたももう忘れてください。結局、それがきっかけで私も幸せになれたので・・・」
そうだ。
あのツアーに参加していなければ、田島クンと出会う事もなかった。
そういう意味では、私の自殺行為は確かに実を結んだことになるだろう。
きっかけはどこに転がっているのか分からない。
人生、何でもやってみるものだ。
「・・・ありがとう。ウサギさん。あなたならきっとそう言ってくれるだろうって、死神さんも言ってました。でも、一度はあなたに許しを請わなければ、私の気が済まなかったんです。本当にごめんなさい」
「謝らないで下さい。お互いエデンに逝かずに済んだんだから。これからも頑張りましょう」
私の言葉に目を潤ませたしずかさんは、慌ててハンカチで目元を押さえた。
泣き顔まで綺麗って反則だ・・・。
あの死神さんも、これでやられたに違いない。
女に甘そうな、弱気な死神さんの顔が頭に浮かんだ。
冷め始めたモーニングセットに手をつけながら、私達は初めて心を許して語り合った。
真冬の寒空から白い雪がチラチラと落ちてきたの窓越しに眺めながら、しばし穏やかな時間を共有したのだった。
彼女には友達というより、かつての戦友、みたいな妙な親近感を感じた。
生きてきた方向の全く違う私達が、ひょんなことで接点を持って、お互い別々の終点に辿り着いた。
人生の面白さってこんなことなんだろう。
「・・やっぱり、生きてて良かったですね」
そう言った私に、しずかさんも肩を竦めて少女のように微笑んだ。
「最後まで何があるか分からないものね。私も生きてて良かったわ」