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EDEN  作者: 南 晶
終点
52/58

夢 1

 夢を見ていた。


 名古屋の実家に私はいた。

 仕事が無くなってから、夜中、お菓子を食べながらネットを見て、朝方ベッドに入り、昼前にノロノロ起きて台所に出てくる。

 私の為に用意された朝食は既に片付けられている。

 

 あ、そうか。

 最初から、用意してないんだ・・・。


 そこでは母親と、失業した弟が連れてきた若い嫁が楽しそうに話をしながら、仲良く昼食の支度をしている。

 まだ幼稚園の子供が嫁の周りをウロウロ歩き回って、邪魔な事この上ない。

 いや、彼女達にとって本当に邪魔なのは、この年になって嫁にも行けず、ダラダラ毎日を寝て過ごしている私だろう。

 仲睦まじい二人の間に割って入ってまで、話しかける雰囲気じゃなくて、私は玄関から外に出た。

 家の前には一本道があって、私は当てもなくノロノロ背中を丸めて歩き出す。


 もう、死んじゃおっかなあ。


 俯きながら考えていた時、私の腕をギュっと掴んだ大きな手があった。

 振り返ると、見覚えのある斬新な髪型の男性が、首を傾げてニッコリ笑っている。

 紅茶色の目に、白い顔。

 前髪に隠れている白い眼帯。

 半袖シャツからチラリと見える刺青。


 ああ、この人知ってる・・・。

 誰だっけ?


 そう思った途端に、彼は私を引っ張って歩き出した。

 戸惑って立ち竦む私を見て、彼は片目を細めて笑いかける。


「まだ早い。もう少し頑張れ!」


 私の手を引っ張っりながら前を歩く大きな背中を、私は必死で追いかけていく・・・。

 夢はそこで終わった。



◇◇◇◇




「君、ちょっと、君! 起きなさい! ここで何やってんだ?」


 ユサユサと肩を揺さぶられて、私はボンヤリと目を覚ました。

 窓から差し込む強烈な夏の朝日が、私の顔を直撃している。

 眩しさの余り、私は再び目を閉じようとした。


「こら! いつまで寝てる気だ? いいかげん起きなさい!」


 さっきの低い声がまた響いて、私は露骨に嫌な顔をした。

 薄目を開けると、日焼けした角ばった顔の男性のアップが目の前にあった。

 驚いた私は思わず、ヒイイっと変な声を出して後ずさる。


 どこかで見た青い制服にお揃いの四角い帽子。

 コスプレでない限り、この男が警官だということは間違いない。

 

 と、いうことは・・・?

 

 私はぐるりと自分の周りを首を一回転させて見回した。

 コンクリート張りの床に会議用の長い机が狭い部屋の中央にポツンと置かれてる。

 奥の半開きのドアの向こうには、使われている様子が全くない流し台が見えた。

 たった一つある入り口は安っぽいガラス戸で、到底、民家とは思えない。

 田舎の駐在所みたいだった。

 いや、警官がいるということは、本当に駐在所なんだろう。

 その一角に置かれた小さなソファで、私は眠っていたらしい。


 私は頭を抱えて、必死で記憶を手繰り寄せた。

 どうして、私はここで寝てたのか?

 昨日は確か最期の晩餐で、ネオさんたちとホテルで・・・。


「あ、そうだ。私、昨日の飲み会でお酒飲んで・・・」

「そんなことは見れば分かる。君、酒臭いよ。どっから来たの? 名前は?」


 いつものことだと言わんばかりに、四角い顔の警官はウンザリした顔で、腕を組んで溜息を付いた。

 見かけほど年は取ってなさそうな、張りのある声だ。


「あ、私、宇佐美響子です。名古屋から来たんですけど。昨日の朝、ここまで皆と来た筈なんですが・・・」

「名古屋から、わざわざここまで合コンに来たのか? まさか一人じゃないだろう? 友達は?」

「あ、一人で参加したんです。他のメンバーは知らない人ばっかりで・・・」

「なるほど、お見合いコンパってヤツだな。時々あるんだ。なんか取られたか?」


 意地悪そうな警官の言葉に、私はカチンときながらも、自分がレストランまで持っていたバッグを持っていないことに気が付いた。

 衣服は昨日と変わりなかったものの、サンダルも履いていなくて、素足でどうやってここまで来たのか全く分からない。


「あ、あれ?本当だ。私、全部置いてきちゃった・・・」

「その手のコンパはね、参加者を酔わせて暴行したり窃盗したりするのが目的なんだよ。主催者とか、団体名とか覚えてる?」

「・・・主催者?」


 それは、あの死神さんになるんだろうか?

 でも、彼は私を殺そうとしてたんだろうか?

 ネオさん達とレストランで飲んでた時は、彼はいなかった。

 でも、最後に私の視界に彼は現われたのだ。


「分かりません。覚えてなくて・・・」


 説明できなくて、というより、彼を犯罪者みたいに話したくなくて、私は言葉を濁した。

 警官は訝しげに私を見下ろしてから、ヤレヤレといった顔で溜息をつく。


「ま、無事で良かったんじゃない? 一応、被害届け出しとく? 失くしたものが返って来たら連絡するけど。まあ、届出した所で、殆んど見つからないけどね」


 じゃあ、届けを出す必要なんかないじゃないの?

 いちいちカチンと来るこの警官の口調はどこか死神さんに似ていた。

 私もムっとして、あからさまに不機嫌な顔で言い返す。


「いいです。私、別に騙されて来たわけじゃないですから。これから名古屋に帰ります・・・っていうか、どーしてあなたは私がお見合いコンパに来たって思うんですか?」

「どーしてって・・・違うの? そう見えたんだけど」

「な、何ですって!?」


 失礼極まりない。

 婚活に勤しむ35才のいき遅れに見えると言われたようなものだ。

 完全にキレた私は裸足のまま立ち上がった。


「あなたにそんなこと言われる筋合いはないです! 今から駅までパトカーで送って下さい。あ、名古屋までの電車賃2000円くらい貸して下さい。あと、靴も。トイレの下駄でも構わないから」

「ずうずうしいな。でも、それはできないよ。警察の金を貸すのは、俺の一存では・・・じゃ、待ってて。本部に許可取るから」


 御託を並べながら、立ち上がって受話器を手にした警官に私は更に激昂する。

 何て小さい男だ。


「まどろっこしいのよ! 男でしょ?2000円くらいポケットマネーで個人的に貸しなさいよ! トイレの下駄くらい後から弁償するわよ! 2000円くらいでケチなこと言ってんじゃないわよ! そんなはした金、後から利子つけて返してやるわ!」


 私に怒鳴られた警官は、しばし呆気に取られていたが、やがて、プっと吹き出してから大笑いした。


「了解。じゃ、公務を離れて個人的に貸すよ。その代わり、あんたも個人的に返しに来いよ」


 いたずらっぽく笑った警官の顔は、子供の頃、クラスに必ずいたガキ大将がそのまま大人になったような明るい雰囲気だ。

 少し鼓動が速くなった胸に私は気付かないフリをして、彼を睨む。


「それ・・・どういう意味ですか?」

「個人的にまた会いたいって意味だよ。俺もお見合いコンパの常連なんだ。財布取られた事もあるんだぜ。」


 照れ臭そうに彼は笑いながら言った。






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