出発 1
車の中は効きすぎるクーラーのせいで肌寒いくらいだった。
運転席にはゲゲゲの眼帯男、2列目には私とインテリ眼鏡、3列目には綺麗な奥さん風女性と、ミナミのドンみたいな妙に威厳のあるおじ様。
得体の知れないこのメンバーと、私は楽園に逝くのだろうか。
車内で話をする人は誰もなかった。
これから一緒に人生に一度の大イベントをするのだから自己紹介くらいしてもいいものだろうに。
そう思ったけど、何となく軽いノリが憚られる雰囲気だったので、私も黙っていた。
沈黙に耐えかねたのか、運転席の死神さんがラジオをつけた。
FMの人気DJが洋楽をBGMに早口で喋っている。
誰もラジオを聴いていなかったけど、音声が流れるだけで車内に張り詰めた緊張感が少し和らいだ。
「どちらからですか?」
突然、反対側の窓際に座っていたインテリ眼鏡が私に話しかけた。
細面で白い顔に眼鏡はよく似合っている。
「あ、名古屋です。あなたは?」
「僕も名古屋です。ハンドルネームはネオ。あ、マトリックス見ました?」
キアヌ・リーブスの顔が脳裏に浮かんで、私は思わず苦笑した。
白くて面長な顔立ちは、言われて見れば少し似ている。
私も少し気が楽になって口を開いた。
「初めまして。私はウサギです。あの、こんなとこ来たの私初めてで、ちょっと緊張してます・・・」
私の言葉にネオさんは、プっと吹き出した。
「自殺ツアーのリピーターは有り得ないでしょ。もちろん僕も初体験です。あなたはどうしてこんなツアーに参加したんですか?」
優しい、穏やかな声でネオさんは問いかけた。
私は言おうか言うまいか、少し悩んで沈黙した。
職を失ってから、実家にも居辛くなって、失業保険も終了するし、婚活で出会ったダサ男に二股かけられてフラれたから、というのは自殺の正当な動機として認められるのだろうか。
私が黙っているので、ネオさんが先に口を開いた。
「言いたくないならいいですよ。これから死ぬメンバーに何も話す必要はないですから。悩みなんて人には理解されないものです」
眼鏡の奥の二重の瞳が優しく微笑んだ。
それを見て、私は少し気が楽になった。
ふと前を見ると、バックミラーに運転中の死神さんの顔が映っている。
こっちを見ていた中学生みたいに、ミラー越しに私と目が合うと、慌てて視線を泳がせて前を見た。
私を見てた・・?
私は、再び前を向いてしまった彼の後頭部をじっと見つめた。