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EDEN  作者: 南 晶
交差点
49/58

決着 1

 運転席に再び戻った俺は、助手席でまっすぐ前を見て座っているしずかちゃんの横顔を見た。

 どこから見てもやっぱり綺麗だ。

 横顔が綺麗な人は本物の美人だって、誰かが言ってたのを思い出す。

 すっと通った鼻筋に形のいい唇が連なり、シャープな顎のラインに続く細い首。

 唇を噛んだまま決意を固めたその顔は、テコでも動かないと言わんばかりだ。

 俺は降参するしかなかった。


「しずかちゃん、降りないなら一緒に連れてくよ。早くここから離れないと、根尾さんがウサギさんを取り返しに来るかもしれないからね」

「そうして下さい」

「俺、一応、死ぬ予定なんだけど」

「構いません。一緒に行きます」

「じゃ、俺が死に切れなかったら、介錯してくれる?」

「お断りします!」


 キっと切れ長の目を吊り上げて、彼女は俺を睨んだ。

 こんなに激しく感情を見せてくれるしずかちゃんは初めてだった。

 そして、彼女をこんなに愛しく感じたのも。

 激しい口調でしずかちゃんは続けた。


「約束して下さい! 死ぬなんて言わないで。あなただけに罪を被らせる訳にはいきません。あなたが死ぬ気なら、私達も同罪です」

「でも、誰かが被らないと、それこそ一蓮托生、全員逮捕されるかもしれないよ」

「それでもいいの! 約束して! 私を置いていかないで!」


 涙を溜めて懇願するしずかちゃんを見て、不覚にも目頭が熱くなってくる。

 俺は観念して、笑みを見せて言った。


「・・・分かった。死なないよ。しずかちゃんを置いていけないしね」


 便宜上、口から出た俺の言葉に、しずかちゃんはやっと落ち着いて、柔らかい表情で笑った。


 ああ、死にたくないな・・・。

 この人と離れたくない。


 あってはならない思いが頭をよぎる。

  せっかく固まっていた決心がブレ始めて、俺は思いを振り切るように前方を向いてエンジンをかけた。

 見えないのが左目で良かった。

 助手席にいる彼女の泣き顔が、俺の視界に入らないことがありがたかった。



◇◇◇◇



 ナビの液晶のデジタル時計は、深夜3時になっていた。

 俺は今来た道をひたすら戻って海を目指していた。

 さすがに片目での夜道の運転はこたえる。

 そうでなくても、前日の5時に出発して名古屋まで往復していた。

 俺にいたっては、ウサギに海に突き飛ばされ、根尾に半殺しにされた後、麻酔をかけられ体もガタガタだ。

 疲れてない筈がない。

 しずかちゃんも半分目を閉じて、窓に頭をもたれて必死で睡魔と闘っている。


 俺が突然バックレなかったら、今頃どうなってただろう。

 もしかして、詩織ちゃんと瑞穂ちゃん両方にウサギの臓器が適合して、いきなり計画は終了、ハッピーエンドになってたかもしれない。

 俺はやっぱり悪い事したんだろうか?

 派出所のソファでスヤスヤ眠っていたウサギの顔が頭をよぎった。


 少なくとも、俺は彼女を助けた。

 自分が呼び出して、ここまで連れてきたっていうのに、俺はウサギを死なせないで済んだことには満足していた。

 ただ、この落とし前は自分でつけなければ。

 根尾としずかちゃんに迷惑が掛かる前に。


 やがて、車は『海浜公園』と書かれた大きな看板がある駐車場に到着した。

 ナビで確認すると、その駐車場の向こうは海岸になっている。

 俺達が滞在していたホテルの前の海岸と繋がっている筈だ。

 ただ、あの海岸からは、電車の一駅分くらいの距離はありそうだった。


 松の木の並んだガードレール沿いの駐車場に車を停車させ、エンジンを切ると、突然、静寂が戻ってきた。

 夏とは言え、明け方の海岸は寒いくらいで、エアコンがなくても車内は快適だった。


 緊張の糸が切れたしずかちゃんは、完全に眠りに入っていた。

 俺が死なないって言ったのが、彼女を安堵させたんだろう。

 彫刻のような白い顔は、しっかり目を閉じて死んだようにピクリとも動かない。

 俺は、その白い頬に触ろうと手を伸ばして、そこで諦めて再び引っ込めた。


「さよなら、しずかちゃん」


 彼女を起こさないように、俺は聞こえないくらい小さな声でお別れを言った。

 そして、音を立てないようにそっとドアを開けて、俺はキーを挿したまま車を離れた。


 外に出ると、涼しい潮風が顔を撫でていった。

 空は少し明るくなてきたものの、まだ一面、星が瞬いている。

 波の音を頼りに俺は浜に向って、伸びをしながらゆっくり歩いていった。


 まだ光を放っている月に明かりに照らされた海は、幻想的だった。

 砂利の混ざった砂浜を踏みしめて、波打ち際まで歩いていく。

 あまり海に近いと、根尾に発見される前に流されてしまう危険がある。

 早過ぎて死後硬直が始まってから発見されても意味がないし、遅すぎると、起きてきたしずかちゃんに止められるかもしれない。

 俺はあれこれシミュレーションしながら、文字通り死に場所を求めて海岸をウロウロ歩き回った。


 その時。

 背中の肩甲骨の間の皮膚が、僅かに振動したのを感じた。

 本当にマイクロチップが埋め込まれているなら、何かに反応したのかもしれない。

 俺は、さっき車を止めた駐車場の方を見た。

 微かだが、車がこちらに近づいてくるエンジン音が聞こえる。


 間違いない。

 根尾がここに向って来てる。


 完全に野生のカンだったが、その時は神がかり的に確信を持ってヤツを感じた。


 ジャストタイミングだ。

 今やれば、ヤツがここに来た時には俺は半死半生、三途の川を渡る寸前くらいだろう。


 俺は砂浜に空を仰いで大の字になって、寝転がった。

 波の音を聞きながら、振ってくるような星空の下で俺は逝く。

 なかなかできない贅沢だ。


 ポケットに突っ込んでおいた木製の果物ナイフの鞘を外して、俺はまだ痺れの残る右手の手首に刃を押し当てた。

 意外に切れ味のいい果物ナイフは、スパっと手首の皮を切り裂いた。

 勢いよく血が流れてきたのを確認して、俺は手を下ろして砂浜に大の字になったまま目を閉じた。

 脱臼したお陰でまだ痺れている右手は痛みは感じなかったけど、生暖かい血が腕を伝ってダラダラ流れていくのは分かって、血に弱い俺はそれを直視することができなかった。


 目を閉じて潮騒の音に耳を傾けていると、急激に睡魔が襲ってきた。

 同時にだんだん頭がクラクラしてくる。


 そろそろお迎えが来るのかな・・・?


 そんなことを考え始めた頃。

 俺の見えない筈の左目に、こっちに向って歩いてくる根尾の姿が鮮明に映った。





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