逃走 2
しずかちゃんは俺の首に両腕を巻き付け、しがみ付くように体を預けてくる。
彼女の舌はすぐに俺の唇を割って、それこそ息もできないくらいに深く侵入してきた。
彼女自身が体中に入ってきそうなすごいキスに、俺は戸惑いながらも必死で応えた。
二人の妨げとなっているサイドブレーキの上から彼女の体を引っ張り上げ、向き合う姿勢で膝の上に抱き上げる。
狭い運転席で俺達は抱き締め合い、何度も唇を重ねた。
箍が外れて制御が効かなくなった俺は、左手で彼女の細い首を支えながら、右手ではもうその体を薄いワンピースの上から愛撫し始めていた。
俺を跨いでいる白い太腿をなぞってスカートの中に侵入した俺の右手は、既に熱を持ち始めた彼女の敏感な部分に到達した。
キスを続ける彼女の呼吸が艶っぽく乱れてきて、その甘い吐息に俺は身震いする。
ワンピースの上から僅かに隆起している胸を咬んでやると、女神のような顔が快楽で泣いてる様に歪んだ。
「もっと見せて・・・今日で最後だから・・・俺、あなたの事、好きでした」
湿り気を帯びたその部分を弄りながら、俺は乱れて涙を浮かべている彼女の顔を見つめて、もう一度告白した。
かぶりを振りながら、しずかちゃんは泣き声で言い返す。
「だめ! 私達は最後まで一緒だって言ったでしょう? 一人で全部被って、一人で死ぬなんて許さない!」
「でも、拉致監禁まではやっちゃったんだよ。このウサギさんが警察にチクったら、根尾さんもあなたも、いや、病院ごと潰れることになる。主催者は俺だ。それを後悔した俺は浜辺で自殺する。それを発見した後、移植すれば誰も悪くならないだろ? 適合しなかったら、太平洋に水葬で構わないから・・・」
「イヤ! そんなのダメ!」
ダダっ子のように泣きながら俺にしがみ付いてくるしずかちゃんが愛しかった。
泣き顔にキスしながら、右手は休むことなく彼女の熱く濡れてきた部分に刺激を与え続ける。
「あ・・・」
突然、彼女の細い体が弓のように仰け反り、嬌声がその唇から洩れた。
無意識にしなる彼女の体を抱き締め、キスで口を塞ぐ。
ギュっと瞑った彼女の目から享楽の涙がポロポロこぼれ落ちた。
すがるように俺の首に巻き付いてきた両手に力が入り、背中に彼女の爪が食い込んでくるのを感じる。
その痛みさえも嬉しくて、俺は絶頂に達した彼女を思い切り抱き締めた。
「俺ね、あなた達に愛してもらえて嬉しかった。二人の事守りたいんだよ。だから、俺の気の済むようにさせて?」
耳元で囁きながら、俺はぐったり体をもたれさせてくる彼女の頬にもう一度小さなキスをした。
返事はなかった。
その代わりに、俺の首に巻き付けた彼女の腕に力が篭ったのを感じた。
◇◇◇◇
理解は得られても、どうしても納得はして貰えそうもなかった。
だから、今言うべきかどうか迷ってたのに。
黙りこくって、ただポロポロ涙をこぼす彼女を見ていると、やはり言うべきじゃなかったようだ。
しずかちゃんを助手席に座らせたまま、俺は車を再び走らせた。
感情に流されてしまったけど、悠長な事をしている時間はない。
根尾は俺の体内のマイクロチップを目印に追いかけてくる筈だ。
早いとこ、このウサギを俺から離さないと。
走り出したら、案外、すぐに住宅街に出た。
この街に馴染みのなかった俺は、交番を探そうとしても時間がかかりそうだったが、ナビで検索しながら車を走らせて、ようやく近くに派出所があるのを発見した。
ウロウロと細い道路を走り回って行く内に、街路樹で囲まれた小さな公園が現われた。
その公園をグルリと一周すると、道路を挟んだ反対側に小さな赤いランプがついた派出所が見えた。
そこに車を寄せて、透明のガラス戸越しに中を覗き込む。
あいにく警官は常駐していないらしく、机の上にポツンと置かれた電話機があるのみだった。
少なくとも、ここにいれば田舎のヤンキーに暴行される心配はないだろう。
いずれ警官も帰ってくるに違いない。
俺はしずかちゃんの方を振り向いて言った。
「ウサギさんと一緒にここで降りて。警官が戻ってきたら、さっき俺が言った通りに説明して欲しい。いいね?」
「・・・お断りします。私はあなたと行きます」
しずかちゃんは俺の顔を見ようともせず、助手席に座って身じろぎもしない。
淡々と拒否された俺は頭を掻いた。
時間を無駄にする訳にはいかないので、俺は諦めて一人で運転席から降りた。
車の反対側の後部席のドアを開くと、ゴロンと寝かされたウサギの二本の足が出てくる。
足首を掴んで引っ張り出すと、赤い顔で気持ち良さそうに寝息を立てているウサギの顔が見えた。
生きてるのは確かだ。
しかし、クスリの威力は恐ろしい。
こんな状況で、しかも人がカーセックスやってる後ろで、よくこれだけ眠れるもんだ。
俺は苦笑しながら、ウサギを横抱きにして車から降ろした。
派出所のドアを開けて、壁にくっついて置かれている破れたソファの上にウサギを寝かせた。
ソファは小さくてウサギの膝から下ははみ出してたけど、起きる気配は全くなかった。
スヤスヤ寝息を立てているウサギは、こうして見るとなかなかかわいい。
あんまりツいてなかった人生だったみたいだけど、コイツはきっと大丈夫だ。
俺を海に突き飛ばしたあのパワーを思い出して、俺は可笑しくなった。
バイバイ。
あんたと話して、結構楽しかったよ。
柄にもなく、俺は心の中で別れを告げてから、そっと派出所のドアを閉めた。