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EDEN  作者: 南 晶
交差点
43/58

反逆 2

 意を決して放った俺の言葉に、根尾は驚きもせず薄笑いを浮かべた。

 まるで俺がそう言い出すのを知っていたかのように。

 その落ち着いた表情が逆に俺には恐ろしかった。


「そう言い出すと思ってたよ。計画の途中で怖気づくのはよくある話だ。特に君みたいな優しい男はね。でも、一言訂正させてもらうと、君が殺すんじゃない。彼女が勝手に死ぬんだ。僕らは手を下さないからな。そこは勘違いしないでくれ」


 根尾は子供に言い聞かせるような抑揚をつけた話し振りで言うと、俺を見据えてニヤリと笑う。

 もう既に狂ってるんじゃないかっていう根尾の落ち着きぶりに、俺は完全にビビりながらも必死で言い返そうと試みる。


「彼女・・・ウサギさんは本当は死にたくないんだ。今、話してみて分かった。ちょっとヤケになって興味半分で応募してしまっただけなんだ。あの子が死んだら、俺は後悔する・・・」

「落ち着けよ、岸上君」


 少しボリュームを上げた根尾の声に遮られて、俺は黙って唇を噛んだ。

 あーあ、と溜息を付きながら根尾はウンザリした表情で宙を仰ぐ。

 こんな時までカッコつけるのを忘れないのが、コイツらしいところだ。


「そんな事は見れば分かるさ。あれは死ぬようなタイプじゃない。さっきも話してたけど、今までの人生で経験しなかった挫折に遭遇して自暴自棄になってるだけだ。だけど、それが何だ?僕らが集まったのは自殺志願者の人生相談じゃない。立ち直らせたいならNPO団体を立ち上げた方がマシだ。僕らが欲しいのは生きてる彼女じゃなく、死体なんだよ」


 言い返す術もない。

 根尾の言う事は正論だ。

 この期に及んで、覚悟のない俺が甘ちゃんなんだ。


「・・・分かってる。でも、まだ次回もあるだろ?あの子じゃなくてもいいじゃないか。次に本物の志願者が来たら俺はもう何も言わない。適合するかどうかも検査してみないと分からないだろ?今回は見逃してくれないか・・・」

「断わる!」


 俺の懇願を根尾は一刀両断に拒否した。

 その表情はもう笑ってはいない。

 彼はゆっくりと俺の方に向って歩いてくると、完全に俺の間合いに入った位置でピタリと止まる。

 ビリっとしたその緊張感に、俺も思わず身構えた。


「君の言う通り、あの子である必要はないし今回はまだ初回だ。でも、だからこそ、僕は今回だけは決行する。これからもこの計画は続いていくんだ。初回で君の決意を見せて貰わないと、今後、信頼関係を持つことが困難になるからな」

「・・・あの子を踏み絵にしろっていうことか? 俺はキリシタンかよ?」

「そう思って貰ってもいいさ。決意表明の儀式だ」

「もし、死んだ後、適合しなかったらどうする?」

「構わないよ。遺体は太平洋で水葬だと言っただろう?」

「・・・ざけんな。こんな計画、すぐに足がつくぞ。刑事事件になったら芋蔓式に逮捕だ」

「そんな事は最初から計画済みだ。岸上君、君は本当に分かってないな・・・」


 根尾は更に近づくと、俺の浴衣の襟をグっと握って自分の顔の前に引き寄せた。

 綺麗な顔立ちのヤツが本気で狂気に駆られると、どれだけ凄みを持つものなのか思い知らされる。

 白い顔が紅潮して、緑がかった黒い瞳が怒りで潤んでキラキラしている。

 身の危険も忘れて、俺は一瞬、その美しさに見とれてしまった。


「言った事があっただろう?僕は自分が生きる事には執着していないんだ。ぼくが死んで、彼女に心臓を提供できれば、とっくにそうしている。だが、残念ながら僕では駄目なんだよ。彼女が生きる為に人が死んでも僕は気にしないし、その為に自分がどうなろうが、僕は構わないんだ」

「じゃ、言わせて貰うけど、彼女の気持ちはどうなんだよ。自分の旦那と父親が殺した女の心臓を移植されたら彼女は嬉しいか?あんたは移植する側だからそう思うんだ。俺みたいにされる側になって考えてみろよ」

「する側の気持ちが分かったように言って貰いたくないね!」


 その瞬間、ものすごいパンチが俺の左頬を直撃した。

 襟を掴まれて身動きのできなかった俺は、不意打ちの一発をモロに喰らい、一瞬、意識が飛んだ。

 思わず、その場にへたり込んだ俺を、根尾はまだ放そうとしない。

 再び、ヤツに引き摺られるように立たされた時、やっと殴られたと気が付いた。


「君には分からないよ。自分を提供してまで生きて欲しい人間に会ったことがないだろう?君が甘えてるのは、自分の事だからだよ。人を守りたいなんて思った事がない君には、僕らの気持ちなんて分からないんだ!」


 激しい口調で、根尾は俺を引き摺り上げながら吐き出す。

 こんなに感情的な根尾は初めて見た。

 でも、いつもは事なかれ主義の俺も、この時ばかりは今だかつてないほど熱くなっていた。


 彼女を助けたかった?

 いや、それ以上に俺は根尾を止めたかったのだ。


「そんなのは、あんたの自己満足だ。そんな身勝手な犠牲精神で彼女が喜ぶと思ってんのか? 分かってないのはあんただよ!」


 根尾の綺麗な顔に、俺は反撃の一撃を食らわせた。





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