死神 2
「ま、待って下さい!私、行きます!」
私は、長い足でスタスタと先を行く死神さんの後を追いかけた。
走ってくる私に気が付いて、彼は立ち止まって振り返る。
ハアハア息を切らしている私を、彼は紅茶色の右目で見下ろした。
「・・・無理しなくてもいいですよ。途中で帰るって言われても困りますから」
「言いません!私、考えたら帰る所もないんだから。連れてって下さい」
そう訴えながら、私の脳裏には実家に押しかけてきた弟夫婦と子供達が浮かんだ。
失業保険を受給している弟、専業主婦という名の下に働く気が全くない弟の嫁と、年金生活の両親。
弟夫婦は子供がいるので、実家に戻る理由は一応正当化されている。
だけど、私はただのいき遅れのパラサイトだ。
あの家にこれ以上、無職の人間はいらない。
死神さんは首を傾げて私を見た。
目が中央に来るように無意識にやってるクセみたいだ。
「途中下車は認めませんよ。本気なら止めません」
彼の言葉に私は覚悟を決めて頷いた。
実際のところ、この時ほど死ぬ事を考えてなかった時はないだろうと、私は思う。
私はただ、置いていかれたくなかった。
死神さんに付いていけば、行き先は永遠の楽園だ。
それがどういう意味かを考えることなく、私はただ、彼に付いて行きたかった。
ここではないどこかに行ければ、それで良かったのだ。
私の歩幅に合わせて、死神さんは歩くペースを落とした。
こちらを見ることなく、真っ直ぐ前を向いて彼は終始無言で歩き続ける。
彼は主催者だと言った。
だとしたら、彼は一緒に逝くつもりなのか、単に人を集めただけなのか、私には判断しかねた。
最初に待ち合わせていた市バスの停留所に戻ると、そこには黒いワンボックスが止まっていた。
そうは言っても高級車だ。
彼はそこでくるりと振り返って私を見た。
「今から、この車で出発する。あんたは同行者と一緒に後部座席に乗って。行き先は太平洋側とだけ言っておくよ」
そう言いながら死神さんが車のキーをポケットから出したので、私はギョっとした。
まさか、彼が運転するんだろうか?
その目で?
「あ、あの、あなたが運転して大丈夫?」
「何で?」
私の問いに彼は首を傾げる。
「だって、その目じゃ危ないでしょ?」
やっと意味が分かったみたいに、彼はああ、と言って髪をかきあげた。
真っ白い眼帯が左目を覆っている。
「朝、起きたら結膜炎になっててね。でも、あんた変った人だな。どうせ死ぬのに事故ること心配してんの?」
意地悪そうな顔をして、彼は開いてる方の目を細める。
バカにされてるみたいで不愉快だったが、言われてみれば確かにそうだ。
私は、死ぬ前に不慮の事故で死ぬのは嫌だった。
どっちにしても同じ結果になる筈なのに。
「心配しただけよ。運転が疲れるかと思って。大丈夫ならいいです」
私は負け惜しみみたいに言い捨てて、後部のドアを開けた。
薄暗い車の中には3人の乗客がいた。
一番奥に座っていた一人は60歳くらいの恰幅のいい男性。
いかつい顔に四角いメガネをして、スーツ着用だ。
何となくお金持ちのイメージだ。
同じ席で反対側の窓にピッタリくっついて座っている40歳くらいの女性。
私より、少し上に見えた。
細くて、色の白いきれいな人だ。
肩までのサラサラの髪をセンターで分けている。
黒っぽいレトロなワンピースが良く似合っていた。
真ん中の席に座っていたのは、40代位の男性。
こちらも色白で細身だ。
白いポロシャツに綿のスラックス、そしてメガネ。
インテリな感じだった。
私が車のドアを開けた途端、彼らは一斉に私を見た。
私は、突然3人の視線の的になって、思わず目を逸らす。
真ん中のインテリが笑みを見せて、自分の横の座席をポンポン叩いた。
ここに座れということらしい。
私はぺこっとお辞儀して、なるべく彼の反対側の窓の近くに体を寄せてチョコンと座った。
私が座るや否や、ドアは自動で閉まり、運転席に死神さんんが乗り込んだ。
運転席から首だけ動かして、後部席の私達を振り返る。
「では、人数も揃いましたので出発します。到着予定地はエデン。ですが、まず東名高速乗ります。最初の休憩は上郷サービスエリア。よろしくお願いします」
どこまでも堅苦しい感じで、死神さんは私達に向って言った。