躊躇 1
口に咥えたタバコが灰になるまで、車にもたれたまま俺はボンヤリしていた。
体が動かないのは、先に進みたくないからだって分かっている。
・・・何で、あんなバカ女が来ちまったんだろう。
俺は舌打ちして、タバコをアスファルトに投げ捨てた。
でも、本当のバカは俺だ。
今更、何を躊躇ってる?
あの女はまだ志願者第一号で、仮にアイツが逃げたとしても俺達の計画はまだまだ続く。
最初のステップでこんなにブレてたら、俺はこの先どうするんだ・・・。
俺の目はともかく、後のメンバーには臓器が必要だ。
何に変えても。
あいつらには愛する人間がいて、死なせる訳にはいかないんだから。
でも、俺は?
俺は、自分が殺した女の目を移植されたらどうする?
さっきの女の黒目がちな瞳が俺の左目に入った絵を想像して、俺は軽い吐き気を覚えて頭をブルンと振った。
考えるな・・・。
今は計画通りに動くしかない。
ふらつく体に鞭打ちように、俺は両手で顔をパン!と叩いてからホテルに向って歩き出した。
◇◇◇◇
ホテルのロビーに入ると、すでにソファに腰掛けてくつろいでいるヤツラの姿が見えた。
何を話してるのか聞こえないが、何やら神妙な面持ちで話し合ってる。
大方、自己紹介でもしてんだろ。
調子のいい根尾が、ヤブヘビになることを言わないか心配だったけど、取り合えず俺は計画通りフロントの女性のところに行って部屋の鍵を受け取った。
このフロントの女性とは既に顔馴染みだったけど、彼女は意味深な笑みを見せただけで、何も言わずに鍵を渡してくれた。
スイートルームに長期滞在してる医者の所に居候してる俺のことを、主人とヒモな関係だと思っているに違いない。
否定はしないけど。
「これから夕食まで自由時間です。夕食は地下の宴会会場で、7時集合。時間厳守でお願いします。
部屋も自由に使っていいですから、くつろいでいても構いません。温泉は一階にありますので、ご自由に」
話も煮詰まってきた頃、俺は皆が神妙な顔を突き合わせてるソファに乱入して、マニュアル通りの説明をすると、鍵を手渡した。
最初に院長が渋い顔をして鍵を掴み取る。
俺の顔を睨むように見たけど、何も言わずにエレベーターの方に向っていった。
この院長は俺はどうも苦手だった。
イカれた俺達に比べて、社会人としての常識を持っている唯一の人間に思えた。
院長の後に続いてしずかちゃんが、俺の手から鍵を受け取る。
心細そうな白い顔はもう泣きそうだった。
すがる様に俺を見上げて、何か言いたそうに口を開いたが、すぐに唇を噛み締め、俺の横を通り過ぎて行った。
次に根尾が俺にウィンクして鍵を受け取った。
嬉々としているその顔は、生涯に一片の悔いもなさそうだ。
こいつだけはブレない。
自分が求めるモノを得る為に手段は選ばず、後悔もしないだろう。
人に嫌われるとか、どう思われるとか、こいつには関係ない。
臨機応変に流されてきた俺とは対照的に、根尾は自分が欲しい物の為に逆らっていくことができる男だ。
俺はそんな根尾が好きだった。
三人がエレベーターに乗ったのを見送ってから、俺は改めてウサギが座っているソファに腰掛けた。
お約束どおり、イヤな顔をしてウサギは俺を睨む。
俺は面白くなってこいつの顔をニヤニヤして見てやった。
「何か用ですか?」
攻撃的な口調でウサギは言った。
本当に単純な女だ。
期待を裏切らない。
「別に。これから何するの? お風呂?」
「あんたに関係ないでしょ? 入りたかったら、入ればいいじゃないですか」
「俺は公共のお風呂は入れないんだ」
ちょっとからかってやろうと思った俺は、Tシャツの袖を捲くって自慢の腕を見せてやった。
正直言えば、この刺青は試供品の失敗作なんだけど、世間知らずな女の子をビビらせるには充分だろう。
「刺青してる人は入浴禁止って書いてあるだろ? 隠すにしても、デカ過ぎるからな」
「あの・・・暴力系の業界の人ですか?」
期待通り青くなったウサギは、突然、態度を改めて低姿勢でオズオズと聞いてくる。
・・・いい感じだ。
このまま逃げてくれりゃいいのに。
でも、ウサギは硬直したまま俺を凝視している。
怖がらせ過ぎたかな?
「まさか。単なる若気の至りだよ。こうすれば風呂に入らない言い訳になると思ってね」
適当な言い訳をしたけど、これは嘘じゃない。
少なからず自分の外観にコンプレックスを持っていた俺は、学校行事なんかで皆で風呂に入らされるのが死ぬほど嫌いだった。
俺の話が理解できない様子で、ウサギはヘンな顔をして俺をバカみたいに見つめている。
・・・くだらないこと言ったな。
被害者に対してプライベートな事は話さない方がいいのに、何だか今日の俺は口が軽い。
浮き足立ってるんだろうか。
「まあ、俺のことはいいからさ。暇なら付き合ってよ」
俺はウサギに手を差し出した。