ウサギ 3
しばらく、車は高速道路をひた走っていた。
カーラジオのお陰で少しリラックスしてきたのか、ウサギは根尾とコソコソ話を続けている。
その声は殆んど丸聞こえだったけど、俺は無視していた。
くだらんツッコミをして根尾と顔馴染みなのがバレたら、元も子もない。
「おい、死神クン、ツアーの日程表くらいないのか?」
突然、根尾が大声で俺に話しかけた。
俺は、苦い顔をしてバックミラー越しにヤツを見る。
そんなものがないことは知ってるくせに、リップサービスにも程がある。
「そんなに気になるなら、次のパーキングで教えますよ。最終的に行く所はエデンですけどね」
俺はウンザリしながら、ミラーに写る女を片目で睨んでやった。
ムチャクチャ不安そうな顔でこっちを見ている女は、もう根尾だけが頼りと言わんばかりだ。
バーカ。
本当の悪党はそっちだよ・・・。
脳内でこっそり悪態つくものの、ビジュアル的には俺の方が凶悪に見えるだろうから、俺は死神に徹することにした。
人には適材適所があるものだ。
納得したのかどうかは分からないが、ウサギは何とかそこで口を閉じた。
黙っててくれるのは助かる。
何か聞かれたら、思わず言ってはいけないことまで喋ってしまいそうだった。
やがて、最初の東名高速のパーキングエリア「上郷」に到着した。
この緊迫した車内の空気が少しでも緩和されるのを願って、俺は前を向いたままアナウンスする。
「ではここで10分休憩入れます。外に出ても構いません」
その言葉に、後部座席に座っていたしずかちゃんと、院長はガバっと立ち上がった。
既に、車内の重苦しい空気にいたたまれなくなっていたんだろう。
二人が同時に立ち上がったので、ウサギも慌ててドアを開けて、座席を空けた。
後列の二人が出てから、根尾も外に出てウサギに話しかける。
「ウサギさん、ちょっと店の中見てきますよ。死神さんと話でもしたらどうですか?」
「あ、はあ・・・」
そう言った根尾の声が聞こえて、俺はギョっとした。
あの野郎・・・!
ムチャブリすんなってのに・・・。
不安そうに佇むウサギを俺に押し付けて、三人は連れ立って、パーキングエリア内の売店に向って歩いていた。
取り残されたウサギは、不安そうな顔でキョロキョロ見回しながら、まだ車から離れない。
少し可哀相になった俺は、彼女に近づいた。
横に並ぶと、ウサギは案外小柄な女だった。
しずかちゃんほど小さい印象はないものの、中肉中背、顔も人並み、ただ年は俺よりは上な感じがした。
俺が隣に立ってても何の反応もないこの女の扱いに困って、俺はタバコをポケットから取り出す。
美容サプリメントのバイトの為に中断してたタバコだけど、この一週間全く落ち着かなかった俺は、また手を出した。
元から止める気はサラサラなかったけど、これだけ値上がりすると非課税世帯の俺には手が届かない代物になってしまうだろう。
吸うなら今のうちだと思うと、中毒は更に加速していた。
「・・・タバコ、吸ってもいい?」
ダメ、と言われても、吸いたいので聞く意味はないんだけど、一応エチケットとして聞いてみる。
女はイヤな顔をしたけど、何も言わなかった。
期待を裏切らない女の反応が、俺は何となく面白くなって、タバコを一本勧めてみる。
案の定、女は突っ返してきた。
「要りません。私、吸わないから」
「だったら尚更、どう?」
思った通りの反応が返ってきて、俺はニヤニヤしながらからかってやる。
すると、女はタバコを一本掴み取り、口に咥えると挑戦的に俺に顔を突き出してきた。
「火! 火つけてよ」
「はいはい」
ライターで火を当てても、咥えてるだけなので点火しない。
タバコ初体験の中学生みたいだな・・・。
俺は可笑しくなって、アドバイスしてやった。
「吸わないと付かないよ」
俺の言葉に女は思いっきり息を吸い込み、お約束通りゲホゲホとむせ返った。
やっぱり面白い女だ。
「吸った事ないの?」
「な、ないよ。体に悪いじゃない」
「じゃあ、死ぬ前に吸っといて良かったね。好きになるかも知れないよ。結構、クセになるし」
「なりません!てか、クセじゃなくて中毒って言うのよ、それ!」
俺は笑って煙を吐き出した。
この半年くらいの間、俺の周りには運命共同体のあいつらしかいなかったから、普通の感覚の女の子と話をするのは新鮮だった。
学生時代に戻ったみたいだ。
でも、ここで心を許してはいけない。
俺達は被害者と加害者になる関係だ。
俺は自分の気を引き締める為にも、ダイナマイトな一言を言い放った。
「日程、聞きたいんだろ?そんなに長くはないよ。死亡推定時刻は夜10時になってるからな」
お約束通り、可哀相なウサギは一気に蒼白になった。