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EDEN  作者: 南 晶
交差点
36/58

ウサギ 2

「・・・無理しなくてもいいですよ。途中で帰るって言われても困りますから」

「言いません!私、考えたら帰る所もないんだから。連れてって下さい」


 帰るところがない、だ?

 俺は、いつものクセで首を傾げて女の顔を見た。

 必死な表情だ。

 冷たく突き放そうとする俺に、この女は寧ろ縋り付いてくる。

 仮にも、死のうと思ってここまで来たヤツだ。

 それなりの事情はあるんだろう。


「途中下車は認めませんよ。本気なら止めません」


 俺は投げやりに言って、車に向って再び歩き出した。

 彼女は置いていかれないように、早足で必死に付いて来る。

 アヒルの子供みたいに付いて来るこの女は、文字通りのカモだ。

 俺は自分の背が高いことに感謝した。

 同じ目線だったら、コイツに今の俺の苦虫を潰したような顔が見えてしまっただろう。


 車が見えるところまで来た時、俺はやっと振り向いて彼女に最終宣告した。

 できるなら、ここで帰ってくれと願いながら。


「今からこの車で出発する。あんたは同行者と一緒に後部座席に乗って。行き先は太平洋側とだけ言っておくよ」


 そう言って車のキーを出すと、女はビックリした顔で俺を見上げた。


「あ、あの、あなたが運転して大丈夫?」

「何で?」

「だって、その目じゃ危ないでしょ?」


 ああ、と言って、俺は髪を掻きあげた。

 やっぱり、これが一般の人間の感覚だろうな。

 目が悪い運転手の車には乗りたくないらしい。

 これから死にたい人間でも思うんだから、会社の人事の人間が俺を気に入る筈がない。


 これは子供の頃からだから慣れてんだって、よっぽど言ってやろうかと思ったけど、ここは意地悪く切り返すことにした。


「朝、起きたら結膜炎になってた。でも、あんた変った人だな。どうせ死ぬのに事故ること心配してんの?」


 これは功を奏した。

 女は顔を赤らめて、か弱い反撃をする。


「心配しただけよ。運転が疲れるかと思って。大丈夫ならいいよ」


・・・俺の心配してくれたのか。

 帰らせたいとは言え、女の子を苛めてるみたいで、俺は軽く自己嫌悪になった。

 自分の生温い性格が、恨めしい。


 女を二列目シートに乗せてから、俺は自分の定位置の運転席に座った。

 バックミラーで後ろを観察してみると、外面のいい根尾が彼女に笑いかけてるのが見えた。

 後部席のしずかちゃんと院長は、完全に緊張して固まっている。

 被害者が乗り込んできたんだから、それは自然な反応だろう。


「では、人数も揃いましたので出発します。到着予定地はエデン。ですが、まず東名高速乗ります。最初の休憩は上郷サービスエリア。よろしくお願いします」


 茶番とは分かっていたけど、一応ツアーらしくアナウンスしてみる。

 もちろん、誰も返事もしない。

 遠足じゃないんだから盛り上がれとは言わないけど、このメンバーでの長旅は運転する俺の方が気が滅入る。

 溜息を付いて、俺はエンジンをかけた。



◇◇◇◇



 名古屋の街を抜け、高速のインターにさしかかった。

 その間、誰も話もしない。

 密室の中の、緊張感に俺は耐えられなくなり、ラジオをつけた。

 くだらないFMの早口DJの声が、これほどありがたかったことはない。

 しばらくすると、根尾が彼女に話しかけてるのが聞こえた。

 聞きたくもなかったけど、俺の真後ろに座っているヤツの声は丸聞こえだった。


「どちらからですか?」

「あ、名古屋です。あなたは?」

「僕も名古屋です。ハンドルネームはネオ。マトリックス見ました?」


 思わず吹き出しそうになって、俺は慌てて口を押さえる。

 自称キアヌ・リーブス激似の根尾が、ネオとは言いえて妙だ。

 きっと、何日も前から用意していたんだろう。

 ヤツは一発ギャグを真剣にネタ帳に書くタイプだ。


「初めまして。私はウサギです。あの、こんなとこ来たの私初めてで、ちょっと緊張してます・・・」

「自殺ツアーのリピーターは有り得ないでしょ。もちろん僕も初体験です。あなたはどうしてこんなツアーに参加したんですか?」


 そこは俺も聞きたい。

 思わず耳を欹てたが、彼女の返事はなかった。


「言いたくないならいいですよ。これから死ぬメンバーに何も話す必要はないですから。悩みなんて人には理解されないものです」


 黙りこくった彼女に、根尾が優しく言ったのが聞こえて、俺は再度、吹き出しそうになる。

 よく言うよ、根尾のヤツ。

 善人ヅラしやがって。


 バックミラーで観察しながら、俺は二人の掛け合いを見て苦笑いした。


 その時、彼女がバックミラーの俺の顔を見た。

 ミラー越しに視線が合って、俺は慌てて目を反らす。


・・・やべえ。

 俺達がグルなのは絶対に知られちゃいけないのに。


 まだミラーを覗いている彼女の視線を、俺は気付かないフリしてハンドルを握り締めた。




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