獲物 2
「名古屋在住、ハンドルネームうさぎだって。早速、会員登録してきた。興味あるから連絡くれってさ」
「うさぎか・・・さしずめ、本名は宇佐美さんだろうな」
俺と根尾はパソコンの前に張り付いて、初メールを見つめた。
まさか、本当に来るとは。
何てバカなヤツだ。
殺されるとも知らずに・・・。
でも、死にたいんだから、殺されるとしてもそれが本望なんだろうか?
俺は嬉しいような悲しいような複雑な気持ちで唇を噛んだ。
これは俺達が望んでいた第一ステップになる筈なのに。
つくづく俺は覚悟ができない。
生温い自分の性格を恨んだ。
「岸上君、スケジュール表添付ファイルで返信して。絶対、逃がさないように」
対照的に、さっきまで弱気になってた根尾は、いつもの残酷スイッチが入ったみたいだ。
ギラギラと肉食獣みたいに目を光らせ、俺に指示する。
情けないけど、俺はテンパって慣れないメールを打つのにオタオタしていた。
「根尾さん・・・」
「何だ?」
「俺、敬語で書くの苦手なんだけど。冒頭に前略とか、拝啓とか書いた方がいいのか?」
「バカ、要る訳ないだろ。業務的に必要事項さえ書けばいいんだ」
「ダメだよ、俺、事務職やったことないもん。あんた書いてよ。医者だろ? 報告書くらい書くだろ」
「そういうのは医療事務っていう仕事をする人が別にいるんだ。大体、敬語が書けないって、君は大学くらい行ってないのか?」
「行ったけど、俺、経済学部だもん。あんたは?」
「僕は医学部に決まってるだろう! もういい、どきなさい!」
根尾は俺を突き飛ばし、パソコンの前に陣取ると、ものすごい速さでキーボードに指を走らせ、さっさと返信してしまった。
「なんだ、打つの早いじゃん」
感心して口笛を吹いた俺を根尾はキレた視線で睨み付けた。
いつもの飄々とした根尾にしては珍しい狂気を孕んだ表情に、俺は少し怖気づく。
「岸上君、これはチャンスだ。この人は絶対に自殺してもらう。もし適合すれば、明日にでも心臓移植をする。瑞希にはもう時間がない。最期のチャンスになるかもしれないんだ」
「・・・落ち着けよ、根尾さん。スケジュール通りにするなら、名古屋に迎えに行くのは来週になるよ。しかもまだ一人しかいないじゃん?」
「構わん。初回だからリハーサル代わりに今回は一人だけの参加でいい。せめて事前に、血液型が分かれば・・・」
俺は大事な事に気が付いて、ハタと顔を上げた。
「瑞希ちゃんは何型なの?」
「彼女はB、しずかの娘もB、ちなみに僕もしずかもA。だから、今メールくれたうさぎさんはB型であることが望ましい」
「もし、違ったら?」
「遺体は病院から直接、クルーザーで沖まで持って行って水葬とさせて頂く」
それを聞きながら、少し考えた。
俺の目はどうなってんだ?
「俺はB型なんだけど?」
根尾は思い出したような顔で俺を見返した。
「じゃ、B型の場合は、君にも角膜が移植されることになる。ま、血液型だけじゃないんだけど。適合したらの話さ」
俺の事はすっかり忘れてた根尾のすました顔を見て、俺は苦笑いする。
この左目が大好きな根尾には、治らない方がいいくらいなのかもしれない。
運行スケジュールを送った後、再びウサギなる希望者からの返信が来た。
名古屋駅のバスターミナルで朝6時に迎えに行く旨を、根尾は素早く書いて返信した。
これで、後は実行するだけだ。
だけど、どうやって?
具体的な殺害方法なんかはまだ考えた事もなかった俺は、今更ながら根尾に聞いてみる。
「なあ、自殺ツアーに一人しかいなかったら変に思わないか?」
「サクラ部隊として、我々全員、参加者として同行する。君は主催者を名乗って運転してくれればいい。全員で同行すれば逃亡も防げる」
「運転はいいけど、誰の車だよ?あんたのプリウスじゃ定員オーバーだろ?」
「自分の車を使うわけないだろ。病院名義の接待用アルファードを拝借する。もちろん、院長の承認済みだ」
「名古屋からここまで連れてくるのか?」
「そうだ。まず、院長の力で、このホテルを一日貸切にする。死んでもらうのはこのホテルになる。文字通り、楽園に来て頂くんだ。できれば仮死状態の内に病院に搬送して、そのまま移植手術をしたい。血液型等、適合しなかったらそのまま水葬だ。」
理路整然と話す根尾を俺は感心して見つめた。
きっと何度もシュミレーションして考えたんだろう。
だけど、一つ聞いてないことがある。
「死因は何にするの?」
根尾はニヤリと笑った。
その冷酷残忍な表情に、俺は寒気がした。
多分、これがこの男の本性だ。
「岸上君、勘違いしないでくれ。僕らは殺さない。うさぎさんが、自殺するんだ。自殺を図った女性の健康保険証にドナー希望が書いてあったので、搬送先の病院で移植手術が行われた、というのが今回のシナリオだ。彼女は死ぬ為にやってきて、自らの意思でドナー登録していた。だから、医療機関としては当然、摘出したという訳だ」
俺は黙って、根尾の強引な理論武装を聞いていた。
根尾は手を下さないんだ。
何故なら、仮死状態にして生きたまま臓器を摘出するのが、この男の目的なんだから。
俺は、既に狂気を孕んだ根尾の端正な顔を見つめていた。
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ここで第2章終了、次なる展開にご期待下さいませ。