覚悟 1
一ヶ月が経った。
アクセスは夜にアップするようになってから若干上がったものの、まだ応募者がいない。
このネット作戦はもしかして失敗なんじゃないかと俺は思い始めていた。
集団自殺は確かにある。
だけど、どうしてそれに需要があるのか、俺は理解に苦しんだ。
知らない人間と一緒に死ぬなんて怖いじゃないか、って思うんだけど。
人見知りで、友達少なめの俺は、死ぬ時まで他人に気を遣うのは死んでも嫌だった。
会社の面接だって面倒臭いのに、死の際に立って、初対面の人と自己紹介とかウザ過ぎるだろう。
毎日、パソコンと睨めっこにているのも辛いので、しずかちゃんが便利な機能を作ってくれた。
応募者からメールが来ると、パソコンが携帯みたいな電子音が鳴るのだ。
これで、夜中に付きっ切りでいる必要はなくなる。
パソコンが知らせてくれるんだから、年中気を張ってる必要もなくなって、ゆっくり眠れるようになった。
根尾の妻が、二人の勤務するホテルの隣の病院に転院してきたのは、そんな頃だった。
「岸上君はまだ、僕の妻に会った事はないよね。是非紹介させてくれ。今日、僕は勤務してるから、好きなときに病院に来て、窓口で呼び出してくれていい。彼女の他に会って欲しい人もいるんだ」
「会って欲しい人?」
俺は首を傾げる。
まさか複数プレーのメンバー増やすつもりじゃないだろうな。
俺は無意識に眉間に皺寄せる。
かわいい女の子ならいいけど、男はこれ以上いらない。
まさかとは思うけど、モラルが低い根尾は何を言い出すか分かったもんじゃない。
「会って欲しい人はもう一人の運命共同体員だ。彼の協力なしにはこの計画は成立しなかった。ま、楽しみに来てくれ」
そう言って根尾は颯爽と出て行った。
◇◇◇◇
いつも通り、昼間寝てから、夕方4時ごろ、やっと俺はノコノコ起き出して病院に向った。
ここに初めて来た時はまだ初夏だったけど、今は既に真夏の様相だ。
焼けた駐車場のアスファルトからの熱気がムンムンしている。
視界に入る海にはサーファーの姿が波間を点々と見え隠れしていた。
考えたら、せっかく海に面したリゾートホテルにいるのに、一度も昼間の海に行ったことがなかった。
少し日光浴でもすればもう少し肌が焼けるんだけど、計画が優先なので仕方ない。
先日、海賊のコスプレで不審がられたあの病院の窓口で、俺は根尾を呼ぶように事務の女性に頼んだ。
すると、中から看護婦姿のしずかちゃんがヒョコっと現われて、事務の女性に何か話すとそのまま俺の方にやってきた。
「待ってました。もう伝えてあるので根尾先生のところには私が連れて行きます」
久し振りに見るしずかちゃんの看護婦姿に俺はドキドキして、スタスタ歩き出す彼女の後ろを追っかけた。
エレベーターの中で二人きりになった時、彼女は俺に体を寄せて、小さな声で話し出した。
人に聞かれると、まずいらしい。
エレベーターには他に人がいないのに、俺も一応、周りをキョロキョロ見回し、彼女に合わせて体を屈める。
「今日、根尾先生の奥様が転院されたことは、中でも一部の人しか知りません。もっと言えば、根尾先生がこの計画の為に、わざわざこの病院に転勤してきたことも知られてはいけないのです。だから、今日、奥様に会った事は誰にも言わないで下さい」
「言わないよ。他に知り合いなんていないしね。でもあいつ、計画が決まってからよく簡単に転勤できたね」
根尾から初めて「バイト」の話をされたのは俺がまだ美容サプリのモニタリングで入院していた時だった。
それから僅か、1ヵ月後にヤツはここに転勤、スイートルームはずっと貸切になっている。
考えたら都合の良過ぎる話だ。
しずかちゃんは益々俺にくっつき、更に小さな声で話す。
「それには理由があります。根尾先生の奥様は、実はこの楽園会グループの会長で院長である方の娘さんなんです。だから、今回の計画には楽園会グループの全面バックアップがあります。会長も娘さんに臓器が移植される事を望んでらっしゃるのです」
「・・・てことは、根尾さんはこの病院の会長の義理の息子?」
「そうです。将来はこの病院を継ぐ事になるでしょう。娘さんが生きていればの話ですが」
・・・驚いた。
逆タマじゃないか。
将来の地位目当てに、余命いくばくもないその娘と形だけの結婚をしたのか?
殺人してまで臓器を移植したいのは、娘が死んだら、養子縁組を解かれるから?
そうすれば、楽園会グループの未来の会長の地位は自然となくなるだろう。
だからこの臓器強奪計画を立てたのか?
天才だけど、変態で世情に疎い根尾が、そんなことまで考えるとは思えなかった。
でも、結婚してるくせに他の人間と平気で肉体関係を持てる根尾の神経は、そう考えれば説明がつく。
要するに金目当てか。
俺が黙り込んで考えたので、しずかちゃんは慌てて言った。
「岸上さんが何を考えてるか分かります。でも、根尾先生はそんな人ではありません。奥様のことは本当に愛してらっしゃいます。でも、それは男女の愛ではないんです」
「何、それ?」
「・・・それは奥様に会えば分かります」
俺達は病棟の最上階でエレベーターを降りた。
見晴らしのいいガラス張りのフロアには、他の階のような病室はなくて、大手企業の建物みたいだ。
その一番奥の社長室みたいな部屋から、白衣を着た根尾が出てきた。
「岸上君、よくきたね。さ、入って。もうお待ちになってるよ」
根尾に背中を押されて、社長室のような部屋に一歩入った俺はそこで立ち竦んだ。