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EDEN  作者: 南 晶
始点 -死神ー
30/58

楽園 4

 その翌日から、本格的に俺達の計画は稼動した。

 と言っても、当座、動いてるのは俺だけだ。


 根尾にもしずかちゃんにも仕事があるので、俺はその間、このスイートルームに引き篭って時間差で4つ作った自殺サイトを公開したり、引っ込めたりしていた。


 思いの他、反応がない。

 ナンとかチャンネルみたいに、スレッドがダーっと立つかと思いきや、まずアクセスがない。


「それでいいんです。アクセスが集中する自殺サイトなんて危険です」


 しずかちゃんは笑って言ったけど、人が見てなかったら話にならないだろう。


 このサイトを立ち上げたのはしずかちゃんだったが、パーフェクトウーマンだと思ってた彼女にも欠点があったのが露見した。

 センスがないのだ。

 最初に作ったのは、開くと雷が落ちてきて、蝙蝠がバタバタ飛んでいくという悪趣味なもので、吸血鬼の館のような家のドアが開いて、血が滴る文字で「ようこそ」なんて出てきたもんだから俺と根尾は失笑した。

 次に作ったのは、和風ホラーテイストで、ゲゲゲの鬼太郎のオープニングみたいな墓場から火の玉が飛び出してきた。


「皆本さん、もっとシンプルで、普通がいいと思うよ。僕的には好みだけどね」


 悪趣味な根尾にまでそういわれて、彼女は大いに気を悪くした。

 俺たち二人にダメ出しされて、しずかちゃんは渋々、文字のみのシンプルなものを作り直した。


「連絡先のハンドルネームはなんて名前にします?まさか岸上って本名は書けないでしょう?」

「じゃ、死神で」


 そう言われて、俺は迷わず答えた。

 俺の即答に今度は根尾としずかちゃんが吹き出す。


「岸上とかけて死神か。上手いね、岸上君! 自殺サイトの管理人にピッタリじゃないか!」


 アッハッハ・・・と手を叩いて根尾は大笑いしている。

 笑いすぎだろ。

 俺は見える方の片目でヤツを睨んだ。


「俺のあだ名だよ。子供の頃からそう呼ばれてる。目のせいで苛められてたからな」


 しずかちゃんが黙って俺の首に巻きついて、見えない方の瞼にキスをしてくれた。

 俺の長年の苦しみを受け止めてくれたかのように。

 その間にもデリカシーのないこのバカは、腹を抱えてゲタゲタ笑ってたけど、それはもう放っておいた。


 何日か続けて、昼間はアクセスが少ないことが分かってきた。

 少し考えたら分かったことだ。

 明るい所で、人は薄暗い事はあまり考えない。

 それが分かってからは、俺は根尾が仕事に出掛けてからベッドに入り、夕方まで寝て、夜は一晩中起きてサイトの管理をする生活を始めた。

 長年の夜勤生活がこんな風に役に立つとは。

 人生何でもやっておくもんだ。

 体内時計が完全に狂っている俺には、徹夜なんて朝飯前だった。


 しずかちゃんは基本的にはここには来ない。

 病院の近くに自分のマンションがあるらしい。

 だから、平日の夜は、根尾が帰ってきてから一緒に弁当食って、テレビ見て、ヤツが先に寝た後、俺は再びノートパソコンの前に向った。

 二人で生活してみると、根尾は確かに変態なんだけど、天才であることも分かってきた。

 時々出てくる専門の医療の話なんかは、俺の理解の限界を超えている。

 暇潰しにとヤツはポータブルの将棋やオセロやトランプなんかを持ってきたんだけど、そんな遊びですら何をやっても全く敵わないのだ。

 

 そして、次の日が休みの土曜の夜は、大抵しずかちゃんがやって来た。

 そんな時、彼女はスーパーで買った食材をホテルに持ち込み、手料理を振舞ってくれる。

 三人で夕食を終えた後は、暗い海を眺めながら、俺達はベッドに寝そべって色々な事を話し合った。

 不思議な事に、そんな時はこの臓器強奪計画についての話題は誰も出さなかった。

 俺達は穏やかな気分で、学生時代の話や、初恋の話なんかをまるで修学旅行にきた学生みたいに語り合った。


 話題の尽きる頃、根尾が俺の体に手を伸ばす。

 必ず、ヤツは人の髪を掻き上げ、左目を愛しそうに見つめる。

 どちらかと言うと、腫れ物に触るように視線を逸らされてきた左目を遠慮なく見つめられるのは、悪い気はしなくて、俺はヤツを受け入れる。

 しずかちゃんは、最初こそ参戦したものの、いつもは絡み合う俺達をただ優しく見守っていた。

 どんな醜態痴態を晒しても、この愛のヴィーナスの前では許される。

 そんな安堵感があって、俺は彼女の前でも平気で乱れるようになった。


 不思議な時間だった。

 彼女が言ったとおり、俺はこの二人が好きなんだろう。

 こんな時間が永遠に続けばいいのに、なんて都合のいいことを俺は考えてしまう。

 この二人には臓器を待ってる愛する人がいるのに。

 そして、これから俺達は、その目的故に集まった殺人集団になるんだ。


 それでもいい。

 今だけでいいから、美しいアダムとイブが統べるこの楽園にいたい・・・。


 根尾の腕に抱かれながら、しずかちゃんの優しい愛撫を受け、俺は狂っていく。




「なあ、ちょっとひらめいたんだけど」


 俺はキスの合間に根尾に囁いた。

 彼は穏やかな表情で、小首を傾げて俺を見つめる。


「何?」

「この自殺ツアー、行き先はエデンにしよう。天国というより楽園エデン


 俺の提案に根尾は笑った。


「ホントに上手いな、君は。ここ楽園会病院だしね。確かに僕らは今、エデンにいるよ」





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