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EDEN  作者: 南 晶
始点 -うさぎ-
3/58

死神 1

 名古屋駅周辺の指定されたバス亭に私は到着した。


 通常は市バスの停車所であるその場所にバスを待つ人はまだいなかった。

 今日が日曜日だったせいかもしれない。


 時計を見ると、予定時刻より少し早い。

 100mほど先の店舗の軒先に設置された自動販売機に気が付き、私はコーヒーでも買おうと歩き出した。

 自販機の前で私は財布を開けた。

 中には昨日下ろしたばかりの失業保険が全額入っている。

 今更、お金に執着はなかったけど、もし、私が本当に死んでもう戻らなくなったらこのお金は宙に浮いてしまう。

 はした金ではあっても、万が一、弟夫婦に渡ってしまったら死んでも死に切れない。

 いっそのこと、と全部持って行くことにしたのだ。


 その中で120円だけ摘んで私は自販機に入れてた。

 まだ、会社で働いてた時に毎朝飲んでたBOSSカフェオレのボタンを押す。

 口にすると、懐かしい甘ったるい味が広がって、忙しかったけど充実していた会社員時代を思い出した。


 死んだら、これを飲むこともなくなるのかな?

 そもそも、私は本当に死ぬ気なんだろうか?


 早朝に家を出るという、イレギュラーな行為が、何となく私をハイにさせていた。

 遠足に行く前の子供みたいに。

 正直、これから死ぬという危機感はあまり感じていなかった。


 その時、私は背後に人が待っているのに気が付いた。

 私が自販機の前から離れるのを待ってるみたいだ。

 慌ててペコリをお辞儀をして、私は場所を空けた。


 背後で待っていたのは長身の男性だった。

 この暑いのに真っ黒の半袖Tシャツにブラックジーンズ。

 私の横を彼が通ると、大きな影のような印象を受けた。


 Vネックの黒いシャツから出た首と腕は異常に白い。

 男の人でこんなに色白の人を見るのは珍しいくらいだ。


 それより何より、私の目を引いたのは彼の顔だ。

 首と同じように白い顔は、まあ普通の日本人だ。

 イケメンとは言い難いが、すごく悪い訳でもない。

 つまり、あまり印象のない普通の人だ。


 それなのに顔に目がいったのは、彼の斬新な髪型故だった。

 7:3で分けた黒い前髪の七割の部分が顔の左半分を覆っていて、平たく言えば、顔の半分が髪で隠れている。

 子供の頃に見たゲゲゲのなんとかを思い出した。


 左の目には白い眼帯がかけられてて、髪はそれを隠すように覆っている。

 眼帯の二本のゴムが右目の上下を囲んでいて、これで前が見えているのかと、こちらが心配になる。


 私の心配に反して視力は良いようで、男性は戸惑うことなく真っ直ぐ自販機の前に立ち、小銭を入れる。

 無糖のコーヒーを選ぶと、それを白い手に掴んでクルリと私の方を振り返った。


 振り返った彼は、右目が顔の中央にくるように少し首を傾げて私を見つめた。

 紅茶のような赤みの強い茶色の瞳だった。

 光の角度によっては、赤く見える。

 不吉な印象を持たせる色だった。


 彼はその紅茶色の瞳で私を観察するように見つめてから言った。


「もしかして、ツアー参加者のウサギさん?」


 いきなり言われて、私はビクっとして肩をすくめる。

 飲みかけのBOSSが大きく揺れ、手の中でタプンと音を立てた。


 ウサギというのは私がログインする時に適当に登録したハンドルネームだ。

 本名が宇佐美響子である私は、学生時代のニックネームもウサギであることが多かった。


「そ、そうです」

「あ、初めまして。俺は死神。ツアー主催者です。時間は少し早いけど、まあ、ここで会っちゃったし、行きましょうか? 他の参加者はもう乗って待ってる。後はあなただけだ」


 死神さんは無表情のまま、ツアーコンダクターよろしく言った。

 低めの落ち着いた声で、外見よりは年齢が高いような気がした。

 それでも、30前半といったところだが。

 私より年下なのは間違いない。


「あ、あの、エデンって書いてありましたが、具体的にはどこに行くんですか?」


 どこで死ぬんですかって聞くべきだったかもしれない。

 私は当然の疑問を彼に投げかけた。


 その質問に、彼は少しバカにしたような笑みを浮かべた。


「最終的な行き先はエデン、つまりあの世ですよ。それだけじゃダメですか? それとも、ここにまだ未練がある?」


 私は言葉に詰まった。

 未練がある訳ではないけど、全く無いと言えば嘘になるかもしれない。


 私が黙っていると、彼が先に口を開いた。


「悩んでるなら辞めた方がいい。他の参加者の迷惑になります。刑事事件になることは避けたいのでね。じゃ、俺はこれで・・」


 黙ったまま立ち尽くす私を残して、彼は振り返ることなく歩き出した。

 全身黒ずくめの彼の後ろ姿は、まるで影が立って歩いているようだ。


 私は無意識にその後を追いかけて走り出していた。




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