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EDEN  作者: 南 晶
始点 -死神ー
27/58

楽園 1

 薄暗いスイートルームが、太陽が昇る前の薄紫色に染まった頃、俺は目を覚ました。

 四方に張り巡らされたガラスの外は、ネイビーブルーの穏やかな海が広がっている。


 まず視界に入ったのは、俺を胸に抱き締めて眠っているしずかちゃんのアップだった。

 大柄な俺の体をしずかちゃんは細い腕に抱き締めたまま、穏やかな寝息を立てている。

 まるで、俺を守ってくれてたみたいに。

 その細くて白い体は一糸纏わぬ素っ裸で、俺は目のやり場に困って、見えない方の目を彼女の方に向ける。

 見える方の目の視界に、しずかちゃんに抱き締められている俺の背中に寄り添うような姿勢で根尾が眠っているのが見えた。

 つまり俺は、左側にしずかちゃん、右側に根尾に挟まれて川の字になって眠っていたことになる。


 自称キアヌ・リーブス激似の根尾は、こうやって動かないとまるで白い石膏の彫刻みたいだ。

 俺を含めて三体の全裸の人体が並んでいるのは、不思議な光景だった。

 なのに、いやらしい感じがしなかったのは、俺を除いた二人が彫刻みたいに綺麗だったからだろうか。

 薄紫色の明け方の光に照らされた二人は、楽園のアダムとイブみたいだ。

 この美しい二人に一晩中されたことを、突然、俺は思い出して赤面する。


 その時、眠っていたと思ってたしずかちゃんの腕が俺の顔に巻き付いた。

 しなやかな細い腕は、俺の顔を彼女の顔の前まで誘導する。

 薄目を開けたしずかちゃんは、柔らかな笑みを浮かべて俺の唇に軽いキスをした。


「岸上さん、起きてたんですか?」

「いや、今、目が覚めたとこ」


 彼女のキスを受け止めながら、俺は昨夜の事を思い出した。


「・・・運命共同体ってこういうこと?」

「誓いの儀式と思えばいいんじゃないでしょうか? 私達はあなたの事が好きなんですよ」


「達」っていうのが引っ掛かったけど、しずかちゃんも俺の事が好きなんだと分かって、ちょっと安心した。

 彼氏が男に抱かれてるとこ見ちゃったら、普通の女はドン引きだろうに。

 そこに参戦してきたしずかちゃんは、やはりタダ者ではない。


 俺は彼女の上に被さり、キスを仕返した。


「俺、昨日泣いてた?」

「・・・いいえ、と言えば嘘になりますね。そんなに良かった?」


 俺は、照れ隠しに苦笑いした。


「嬉しかった。俺、人に好かれるのに慣れてないんだよ」



 俺達がヒソヒソ話をしてる声が聞こえたのか、根尾が薄目を開けた。

 しずかちゃんは、俺の腕の中からスルリと抜け出て、根尾にも差別しないようにモーニングキスをする。

 完全に禁断の一線を越えてしまった俺には、嫉妬とか羞恥心とか低俗な感情は残されてなくって、裸の二人が抱き合ってキスをしてるのを見ても何とも思わなかった。

 いや、人として大事なものを失くしてしまったと言うべきか。


 しずかちゃんは蝶のようにヒラリと音を立てずにベッドから降りると、バスルームに向った。

 ベッドに取り残された俺の体に根尾の腕が巻きつく。


「岸上君、起きるの早いな。今日は僕も皆本さんも休み取ってるんだ。今後の計画について会議をしよう」


 寝起きの良さそうな根尾は、爽やかな笑顔で俺を見下ろす。

 このテンションの高さは俺と対極にいる朝型人間だ。

 根尾のモーニングキスを受けながら、俺は何で嫌じゃなかったのか考えていた。


 か弱い女の体に鋼鉄の母性を持つしずかちゃん。

 軟弱なインテリに見えて、反骨精神旺盛で残酷な根尾。

 自分の目が治る事より、俺はこの二人と繋がっていられることに今回の目的を見出していた。



◇◇◇◇



 窓の外の海が朝日で銀色に輝きだす頃、しずかちゃんの淹れたコーヒーの香りで部屋は満たされた。

 文字通りホテル仕様のトーストが、小さなダイニングテーブルに並べられる。

 この地方の名物のメロンまで並んでて、一般階級より若干下の岸上家では見たことのない光景に俺は感動した。


「じゃ、運命共同体のメンバーが揃った所で乾杯!」


 飲めないクセに音頭を取るのが好きな根尾が、水の入ったグラスを掲げる。

 俺としずかちゃんは子供を見守る親のように、作り笑いをしてそれに付き合った。


 外は穏やかな海が広がり、開けた窓から初夏の爽やかな潮風が吹き込んでくる。

 その平和な初夏の日差しの中、根尾は笑顔で恐ろしい話を始めた。


「僕なりにどうやったら効率よく遺体を収集できるか考えてみた。岸上君も角膜移植を考えた事があるなら知ってると思うが、人間は誰でもいい訳じゃない。拒絶反応が起きて、移植成功後に死に至るケースは多い。だから、なるべく多くのサンプルを手に入れなければならない。多ければ多いほど、適合する確立は上がる。富士の樹海で自殺者が一人一人やって来るのをののんびり待つのでは効率が悪過ぎる」

「じゃ、どうするの?」


 俺の質問に根尾は、先生に指された子供のように自慢げに笑った。


「最近、集団自殺が流行ってるだろう? アレがいいよ。集団で死んでくれれば、こっちも適合する臓器の確立がグっと上がる。しかも、練炭で死んでくれるなんて角膜も心臓も無事に奪取できるし、一石二鳥だ」

「肺は汚れますよ」


 娘さんに肺をあげたいしずかちゃんは、眉間に皺を寄せた。

 根尾は、まずは聞けと言わんばかりに彼女に目配せをして話し続ける。


「死因はまた考えるとして、人を集めるのはその方向がいいと思う。つまり、集団自殺参加者をネットで募集するんだ。希望してきた人間を集めて、ツアー旅行みたいに迎えに行くんだよ。で、ここで自殺して頂いてから、隣の病院に搬送して僕が執刀する」


 いい考え・・・なんだろうか?

 俺は首を傾げた。


「ネットって日本中の人が見るんでしょ? 九州とか沖縄の人だったらどうやって迎えに行くんですか?」

「輸送手段は車しかないから、遺体の保存リミットを考えると、ここから5時間以内に搬送できる範囲の人しか迎えに行けない。仮死状態ならともかく、死んでから移植するには死後なるべく時間が経ってないモノがいい。

でも、大丈夫!九州より南の人は自殺なんてしないんだよ。だからそっちからの応募はないね」

「どうして?」

「あっちの人は皆、ノリが良くて明るいんだ。自殺なんて考えるネガティブな人はいないよ」

「へえ・・・根尾さんて九州出身だっけ?」

「いや、名古屋だけど?」


 あまりの思い込みの激しさに俺は呆れて口を開けた。

 しずかちゃんも必死で笑いを堪えている。


「・・・名古屋人のあんたに九州の人の何が分かるってんだよ?」

「学会があった時、福岡で『ラピスラズリ』っていうゲイバーに入ったことがある。皆明るくてかわいいんだ。そこで会ったケイさんて人と話をして、九州の人ってポジティブで元気だなって思った。死ぬ訳ないよ」

「・・・誰だよ、それ?」

「お店の人」


 俺は手で顔を覆って唸った。

 ゲイバーの店員ならテンション高くて当たり前だろ。

 何たる単細胞。

 人の心臓を切り取れるほどの頭脳がある筈のこの男には、代わりに何かが欠如している。


「あの、じゃあ、北海道の人はどうするんですか?」


 しずかちゃんの鋭い突っ込みが入り、根尾はグっと言葉に詰まる。


「そうだよ。東北はどうなんだ? 秋田県の飲み屋には行った事ないのか? 四国は?」


 ヤツの反応が面白くて、俺はニヤニヤしながら突っ込みを入れる。


「遺体の搬送に飛行機は使えないんだ!どうしても死にたい北海道の人は自力で飛行機で羽田まで・・・いや、どうせなら中部国際空港まで来て頂く! 四国も同様だ。以上!」


 逆ギレした根尾を眺めて、俺としずかちゃんは存分に笑った。






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