儀式 3
「・・・目」
「あ・・・え?」
「左目、見せてくれる?」
さっきのキングサイズのベッドに俺を仰向けに押し倒してから、根尾は耳元で囁いた。
ヤツのアルコールを含んだ熱い吐息が首筋にかかって、ゾクっと鳥肌が立つ。
俺の返事を待たずに、根尾は自分の手で俺の髪を掻き上げると、白濁している左目をじっと見つめる。
その表情があまりに真剣で、俺は思わず笑ってしまった。
「何か可笑しいかい?」
「・・・別に。変態だなと思っただけ」
俺の言葉に、ヤツは恥ずかしそうに笑った。
一応、自覚はあるらしい。
「そう言われれば、そうなんだけど。僕は、子供の頃から欠けてるものに異常に興味を持ってしまうんだ。完璧なものより、不完全なモノが個性的で綺麗だと感じてしまうんだろうね」
・・・それはあんたが完璧だからだろうな。
根尾のいう事は納得できた。
人は常に自分にないモノを求めるものだ。
俺のTシャツの下から根尾は手を這わせて、体の線をなぞっていく。
熱を持った掌の感触が思いの他、気持ちが良くて、俺は声が出そうな口を慌てて塞ぐ。
その手は少しづつ下半身に降りてゆき、ベルトをゆっくりと外していく。
こいつとするのは初めてじゃないから、俺はもうされるがままになっていた。
これはバイトだと頭で割り切ったって、イヤなヤツとは二度目は絶対にできない。
何度も許してるのは、俺もまんざらでもなかったからだ。
認めたくないけど。
「君は男が好きな人なのか?」
顕わになった人の下半身をまさぐりながら、根尾は無邪気に聞いてくる。
その刺激に時々意識が飛びそうになって、俺は顔をしかめた。
「男が好きかって?・・・嫌いですよ。ただ、女性にはウケが悪いんで。需要がなかったら仕方ないでしょう」
「並の女に君の良さは分からないんだよ。僕は君が綺麗だと思う」
本人を目の前に恥ずかしげもなく、よくそんな事言えるもんだ。
俺は苦笑して同じ質問を返してやる。
「あなたは? 男が好きなんですか?」
「僕は性別には拘らないんだ。ただ、完璧な人間には魅力を感じない。初めて君を見た時、金縛りにあったみたいに動けなくなった。子供の頃好きだったキャプテンハーロックみたいで感動したんだ」
宇宙海賊という職業があるから、ハーロックはかっこいいんだ。
ヤツだって、日本で眼帯してたら、俺と同じように絶対就職浪人だと思うけど。
俺は笑おうとしたけど、だんだん激しくなってくる刺激に耐えられず、思わず呻き声を上げて体を仰け反らした。
繰り返される絶妙なヤツの手の運動に、俺の理性が少しづつ薄れていく。
動物みたいな体の奥から出る呻き声を、俺はもう止める事ができなくなっていた。
恐ろしい事に気が付いたのはその時だった。
反転した俺の視界にとんでもないものが映って、俺は目を疑った。
黒いノースリーブのロングワンピースを着た女性がバスルームのドア付近に立っている。
肩に掛かるサラサラのボブヘアと細いシルエット。
それは紛れもなくしずかちゃんだった。
俺は根尾に押さえ込まれて、仰け反ったまま硬直した。
まさか、コレを見られるなんて。
てか、根尾もしずかちゃんがいるのに俺を誘ったのか?
俺がしずかちゃんを好きなのを知っててやったんなら、悪趣味極まりない。
しずかちゃんは、最後に病院で会った時の穏やかな表情のまま、俺達が絡み合ってるベッドにゆっくりと近づいて来た。
平手打ちは覚悟した。
俺はしずかちゃんに告白しておきながら、再びこんなことをしてるんだから。
浮気の現場を抑えられたようなもんだ。
しずかちゃんは、優雅な仕草でベッドの縁に腰掛けると、仰向けで押さえ込まれている俺の顔をそっとなでた。
俺を見下ろす彼女の顔は女神のような美しさだ。
真っ白な肌に黒のドレスがよく似合っている。
「あ、あの、しずかちゃん・・・」
「久し振り、岸上さん。私の事、しずかちゃんって呼んでくれてたんですね」
彼女は微笑んでくれたけど、俺は勝手につけてたニックネームを思わず口にしてしまって、慌てて手で口元を押さえた。
彼女は、俺達が何をしているか分かっているにも拘らず、優しい笑みを浮かべたまま、俺の髪を弄ぶ。
その白い手は、俺の頬を伝い、長い指が俺の唇に触れた。
やがて彼女の指は俺の口内に侵入し、俺の舌に絡みつく。
俺の唇から溢れてくる唾液をすくい取って、彼女はその濡れた指を俺の胸の先端に押し付けた。
敏感になっている部分に濡れた指の感触は、もはや凶器だった。
俺は思わず両手で顔を覆って、嬌声を上げた。
妖艶な微笑みを湛えたまま、しずかちゃんは俺の両手をぐっと掴んで、頭の上で抑え付ける。
そして自由を奪われた俺の顔にゆっくり顔を寄せると、左目の瞼の上にキスをした。
「岸上さん、私達ね、あなたのことが本当に好きなんですよ。あなたもきっとそうでしょう?」
そう言いながら、しずかちゃんはノースリーブのドレスの肩紐をスルリと下ろした。
細い鎖骨が顕わになってから、真っ白い彼女の胸がゆっくり現われる。
その間にも、根尾の手の反復運動は絶え間なく続いている。
ブっ飛びそうな理性の手綱を俺は必死に握ろうとしたけど、もう無理だった。
抗えない快感に身を委ねて、俺は半泣きで喘ぎながら彼女の手を握り締める。
「言ったでしょう?私達は運命共同体だって・・・」
飛びそうな意識の中で、しずかちゃんの声が甘く響いた。