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EDEN  作者: 南 晶
始点 -死神ー
23/58

同志 3

 モニタリングに関する全ての検診が終わったその日の午後、俺はしずかちゃんに付き添われて退院した。


 隔離されていた病棟は、楽園会総合病院の入院施設のワンフロアで、エレベーターを一階降りたら普通の患者が入院しているタダの病院だった。

 下降して行くエレベーターの中で、俺はしずかちゃんの横に黙って立っていた。

 並んで立つと、しずかちゃんの頭は背の高い俺の胸くらいまでしかなかった。

 どうしてこんなに小さくてか弱い女の人が、他人の臓器を狙ってまで娘を助けようと思えるのか。

 きっと、母親ってすごいパワーを持っているんだろう。




「俺、あなたが好きです」


 あの時、キスは許して貰えたものの、まさか根尾みたいにそのまま診察室のベッドに押し倒す訳にもいかず、俺は彼女を抱き締めたまま中学生みたいに告白した。

 プライドはない男だけど、俺は野獣ではない。

 恋愛経験値の低い俺は、いつでもどこでもできるほど慣れている訳ではなかった。


 しずかちゃんは、俺の左目の上に覆い被さっている前髪を優しく掻き上げ、瞼の上にそっとキスした。

 そして柔らかな、お母さんみたいな笑顔で俺に言った。


「また、会えますよ。私達は運命共同体ですから」


 意味深な返事だったけど、彼女はそう言うと俺の腕からスルリと抜けて立ち上がった。

 俺が期待してたのは、退院してから二人で名古屋で会いましょうとか、続きはあなたの部屋でねとか、そんな返事だったんだけど。

 彼女があっさり立ち上がったので、俺も一旦引くしかなかった。



 病院の一階はホテルみたいに豪華なロビー、そして人だかりができているレセプションがあった。

 規模の大きい総合病院なので、自分の行き先の分からない年寄り達が、右往左往と彷徨っている。

 その人の波を抜けてロビーに出ると、並んだソファに優雅に足を組んで腰掛けている根尾がいた。

 俺のバイトが終わったという事は、ヤツも束の間の休みなんだろう。

 いつもの白衣ではなくて、サラリーマンみたいなグレーのスーツにネクタイといういでたちだ。

 映画マトリックスでIT企業のサラリーマンの時のキアヌ・リーブスに益々似ている。


 並んで歩み寄ってきた俺達に気が付いて、根尾は軽く手を振った。

 自分と向かい合わせのソファを勧めて、ヤツは爽やかな笑顔を見せた。


「まずはお疲れ様だね、岸上君。三ヶ月間、ご苦労様。君のお陰であのサプリメントは商品化に漕ぎ着けたよ。これは報酬。日給2万円だから、掛ける90日。三ヶ月くらいは暮らせるかな?少なくて悪いけど」


 根尾はそう言って分厚い茶封筒を俺に手渡した。

 マジでありがたかった。

 三ヶ月どころか半年は食い繋げる。

 俺は会釈して、恭しくそれを頂戴する。


「ところで、僕らとの契約のことなんだけどね。もちろん、覚えていると思うけど?」


 笑顔を崩さず、根尾は続ける。

 来ると思っていたので、俺は既に身構えていた。


「本気ですか?ヘタすりゃ殺人罪で逮捕ですよ。実刑どころか死刑だって・・・」

「君一人にリスクは背負わせないといった筈だ。君が捕まるなら、僕らも一蓮托生だよ。僕はその覚悟をしてでも心臓が欲しい。皆本さんもね。君は角膜が欲しいだろう? この先も、ハンデを背負って生きていくのか? 今は問題ない右目も必ず悪くなる。失明したら元も子もないだろう」


 俺は言葉に詰まった。

 生活に支障がある程度に悪くなればいいけど、一気に失明する可能性だってない訳じゃない。

 それは俺が一番恐れていた事だった。


 しずかちゃんに借りた海賊マンガの中で片目になった剣士がいたけど、片目になったら結構不便なんだ。

 俺は子供の頃から慣れてるけど、急に片目になったら、普通の人はまず真っ直ぐ歩けないと思う。

 俺は自分が人の顔を見る時、無意識に首を傾げるクセがあることに気が付いていた。

 左目が見えない分、右目を無理して使っている証拠だ。


 黙っている俺に代わってしずかちゃんの声がした。


「嫌なら辞めた方がいいですよ。後には引けなくなります。でも、私はやります。やるしかないから。ドナーなんて身内でもいない限り絶対現われません。もう何年も待ちました。そしてもう待てないくらい娘の病状は悪化してます。待ってる時間ももうないんです。提供者がいないなら、私はこの手で探してきます。そうするしかないんです」


 隣にちょこんと座ったしずかちゃんの声は、静かな、でもはっきりした口調だった。

 彼女の目は真剣だった。

 怖いくらいに。

 バカな俺は、自分の目より彼女のために手伝いたいなんて思ってしまったんだ。


 そして、根尾。

 あれから実は何度か、こいつとは体の関係を持った。

 もちろん貰うものは貰ったけど、嫌だったら断われたのに。

 軟弱そうなインテリ面の裏に隠したこの男のドス黒い正義観に、俺は惹き付けられるものを確かに感じていた。


 臓器獲得(強奪?)を目的とする一蓮托生の運命共同体。


 俺は案外あっさり覚悟を決めた。


「いいですよ。乗ります。具体的にはどうするんですか?」


 俺の言葉に根尾はニヤリと笑い、しずかちゃんはパっと顔を綻ばせた。


「君ならそう言ってくれると思った。ここでは話せないから、日を追って連絡する。携帯だけは変えるなよ」


 根尾はそう言って俺に右手を差し出し、俺もその手を握り返した。




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