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EDEN  作者: 南 晶
始点 -死神ー
22/58

同志 2

 しずかちゃんから支給された流行の海賊マンがを粗方読み終わった頃、俺のメインのバイトが終了した。

 三ヶ月拘束の美容サプリメントのモニタリングの方だ。


 美容サプリメントだって言ったくせに、三ヶ月飲み続けた俺に変化は全く見られなかった。

 少しはイケメンになったかと思ったのに、鏡を見てがっかりした。

 この三ヶ月で、サプリメントに全く美容効果がない事が立証されたようなもんだ。

 それにも関らず、このサプリメントは商品化されることが決定した。

 売れれば何でもいいらしい。

 恐ろしい資本主義社会だ。


「俺、全く変ってないと思うけど?」


 俺は最後の検診の時、しずかちゃんにそう言って笑った。

 俺の言葉にしずかちゃんも苦笑する。


「それでいいんです。三ヶ月飲み続けて綺麗になるかどうかは問題ではありません。あなたに副作用や急激な体調の変化がないことが立証されることが目的なんですよ。変化がなければ、実験は成功です」


 なるほどね・・・。


 これは、サプリメントによって俺が綺麗になるかどうかの実験ではなくて、これによって副作用が起きて健康を害さないかどうかの実験だったんだ。

 三ヶ月飲み続けた俺に害がないことが立証されたので、商品化に踏み切ったんだろう。

 副作用があったらどうしてくれたんだ、とは恐ろしくて聞けなかった。

 何しろ、担当はあの根尾だ。

 何かあった場合は、俺がヤツの妻の心臓ドナーにされてた可能性は高い。


「どうしました?」


 黙りこんだ俺をしずかちゃんが覗き込む。


 その場合、俺の肺はこの人の娘に移植されたかも・・・。


 考え出したら、キリがなくって俺は苦笑いした。


「何でもない。皆本さんにはお世話になりました。皆本さんの持ってきてくれたマンガのお陰でかなり救われましたよ」


 俺の言葉に、しずかちゃんは恥ずかしそうに笑った。

 最初見た時の能面みたいなクールビューティーは、この三ヶ月で随分打ち解けてくれた。

 この人は笑うと本当に華がある。

 正当派美人の迫力だ。

 そして、俺は年上の美人が決して嫌いではなかった。


「気に入って貰えて良かったです。あれ、娘のなんですよ。娘も長期入院してるからマンガは欠かせないの。あのマンガ、流行ってるみたいですね」


 長期入院している娘さんのマンガ・・・。

 その言葉が俺の胸に刺さった。

 三ヶ月という決まった期間でさえも俺には入院生活は辛かったのに、遊び盛りの子供がマンガを読みながら、先の見えない入院生活をしている。

 しずかちゃんが他人の肺でも欲しがる気持ちは痛いほど分かった。


 クスクス笑いながらしずかちゃんは続ける。


「あのマンガ、全然終わらないんですよ。娘が新巻出るのをすごく楽しみにしてて、終わるまで死ねないって頑張ってるの。終わっちゃったら娘も逝っちゃう気がしてたんだけど、まだまだ大丈夫みたい」


 血圧計を外そうと伸びてきた彼女の細い手を俺は掴んだ。

 俺に手を掴まれた彼女はビクっと瞬間、体を震わせた。

 俯いたまま、俺に視線を合わせてくれないしずかちゃんの顔を、俺はもう一方の手でそっと持ち上げる。

 その目が潤んで赤くなってるのを俺は見逃さなかった。


「大丈夫ですよ。あのマンガは当分終わりません。今の主人公の子供の代まで連載するのが少年漫画の慣わしですから。娘さんも大丈夫ですよ」


 慰めにもならない俺の言葉に、しずかちゃんの目から大粒の涙が零れ落ちた。


「・・・ありがとう。岸上君」


 長い睫毛に涙の粒が光っている。

 俺はその白い顔を引き寄せて、唇を重ねた。

 抵抗するかと思いきや、彼女は唇が触れた瞬間だけ体を硬くしたものの、黙って目を閉じて俺を受け入れてくれた。

 冷たい彼女の唇をゆっくり濡らしながら、俺はキスを続ける。


 こういうのって反則かな?

 病気の子供の事で弱気になってる女性の心に付け込んだみたいだ。

 そう思われても、もう構わなかった。

 俺は、プライドの欠片もなく手段も選ばない人間だって自覚していた。

 手段を選ぶ余裕がないほど、俺はこの人に惹かれ始めていた。


「皆本さん、今日で終わりじゃないですよね?俺達はこれから一蓮托生なんでしょう?」


 彼女の細い首筋をそっと噛みながら俺は彼女の耳元で低く囁いた。


「・・・そうね。運命共同体って言えば聞こえはいいけど、共犯者ね」


 彼女の返事には艶っぽい吐息が混じり始めて、俺は更に欲情する。


「・・・俺とじゃ嫌ですか?まだ役不足?」

「岸上さんは、根尾先生と・・・じゃなかったの?」


 痛い所を突かれて、俺はギクっとした。

 そう言えば、しずかちゃんにはヤツとの行為の後を見られてる。

 正直言えば、この最後の一ヶ月で俺は根尾のバイトを何度かしていたのだ。

 ミエミエの嘘をつくより、俺は正直に話す事に決めた。


「・・・軽蔑してくれてもいいですけど、根尾先生とは金の関係だけです。皆本さんが嫌ならもうしませんよ。こういうのダメですか?」


 そう言った俺の顔を、彼女の白い冷たい両手がふわっと抱え込んだ。


「良かったわ。お金の関係だけで。愛があったら口惜しいものね」


 そう言った彼女の笑顔はまるで慈悲深いマリアみたいで、俺は彼女の細い体を引き寄せ、思いっきり抱き締めた。







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