同志 1
いつの間にか眠っていたらしい。
パイプベッドに仰向けになったままの姿勢で俺は目を覚ました。
一瞬、薄暗い白い部屋が何処なのか分からなくて、俺はぼんやりと天井を見つめて考え込んだ。
素っ裸のままの体の上には薄い布団がかけられていた。
・・・契約成立でいいね、岸上君。
俺の意識がなくなる最後の瞬間に、柔らかな根尾の声が確かに聞こえた。
夢だったんだろうか?
だけど下半身に残るイヤな痛みと、体についた歯型みたいなキスの痕が、すぐに夢でないことを思い出させてくれた。
「目が覚めましたか?」
突然、仰向けになってる俺の目の前に、担当看護婦のしずかちゃんの顔がヌっと出てきた。
びっくりした俺は、ヒィっと変な声を上げて慌てて布団で体を隠した。
「い、いつから見てたんですか?てか、何でここにいるんだよ、あんた」
真っ赤になって抗議する俺をしずかちゃんはフンと鼻で笑って横目で見た。
生真面目な看護婦だった彼女が初めて俺に見せる挑戦的な表情。
あれ?
この人ってこんなに綺麗だったっけ?
昔から強気な女性に弱い俺は、年上しずかちゃんにドキドキしてしまう。
「気にしなくていいですよ。こっちも患者の裸なんか気にしてたら仕事になりません。私はあなたを起こしに来ただけです。根尾先生はもうすぐいらっしゃいます。シャワーでも浴びますか?」
表情を崩さず、しずかちゃんは俺に業務的に伝えた。
ここで何があったか分かってるのは間違いない。
俺は舌打ちして頭を掻いた。
そっちが気にしなくても、患者は気になるんだよ!
って、言っても離れてくれなさそうなので、俺は布団を体に巻きつけ黙ってベッドから降りた。
「シャワー浴びてきます」
「分かりました。20分以内でお願いします」
しずかちゃんはきちんと畳まれた俺の衣服を目の前に差し出した。
その服の一番上に小さく折り畳まれた俺のトランクスが載っていて、俺は噛み付きそうな顔でしずかちゃんの手から奪い取った。
病棟の中のいつも使用しているシャワールームで、取り合えず俺は頭から湯を浴びた。
スポーツジムのシャワールームみたいな飾り気はないけど清潔感のあるシャワールームだ。
まだボンヤリしている頭が水圧で少しづつ活性化されていくのが分かる。
湯に打たれながら、根尾の話を俺は少ない脳味噌をフルに活用してまとめてみた。
つまり、アイツは心臓移植しないと治らない自分の患者で妻である女の為に、自殺志願者を集めて殺してから心臓を取り出すつもりなんだ。
角膜移植しないと治らない俺の目を見て、同じ志を持つ者だと勝手に思い込んで声を掛けてきたに違いない。
俺はアイツが言ってた「僕ら」という言葉に引っ掛かっていた。
他にも臓器が必要な協力者がいるってことだろうか。
俺の頭に、さっき会ったしずかちゃんの顔が浮かんでゾっとした。
彼女も何かが足りない人なんだろうか。
着替えてシャワールームを出ると朝日が薄暗い病棟の廊下に差し込んできた。
あいつに呼ばれて診察室に行ったときは、夜の9時くらいだったから一夜が明けてしまったことになる。
俺はこれからあいつらと組んで、自殺志願者を探すのか・・・?
根尾の言った「一蓮托生」という言葉が俺に重く圧し掛かっていた。
金の為とは言え、とんでもないことに巻き込まれたんじゃないかな、俺って。
やっぱり断わるって言ったら殺されるかな・・・?
俺の刺青が役立つ日がこんなに早く来そうだとは想定外だった。
診察室のドアを開けると、昨夜と同じ姿勢、同じ白衣の根尾がデスクに向っていた。
俺は入ってきたのに気が付くと、ヤツは顔を上げて爽やかな笑顔を見せた。
さっぱりした顔しやがって。
その清々しい顔を睨んで、俺は苦笑いを浮かべる。
「おはよう、岸上君。よく眠れたかい?」
「・・・まあ、寝ましたよ。体調は問題ないです」
「それは良かった。美容サプリメントのモニタリングが後1ヶ月で終了だってのに、僕のせいで体調崩されたら発売停止に成りかねないからな」
ハハハ・・・と愉快そうに笑って、根尾は自分の前の椅子を勧める。
まだ実験経過中だってのに、医者が実験体にあんなことよくできたもんだ。
やっぱり、こいつは一本切れてる。
向かい合って座った俺の左目を、根尾は銀縁メガネの奥の目を細めて見つめた。
不完全なものに惹かれると言った、昨日の根尾の言葉を俺は思い出した。
このビー玉みたいな左目がコイツにはツボなんだと思うと、痘痕も笑窪とはよく言ったものだと思う。
「昨日言った事、覚えてるだろう? 僕らはもう仲間だ。もう気が付いてるかもしれないけど、看護士の皆本さん。彼女も仲間だ。君のタイプの女性ではないかもしれないけど」
「・・・仲間って、彼女も臓器が必要なんですか?」
そう言った俺の後ろから、しずかちゃんの声がした。
「移植が必要なのは私の娘です。私のをあげたいのですが、残念ながら適合しませんでしたので。私は未亡人で、あの娘に兄弟もいないので、他人を探すしかありません」
静かな、でも腹を括ったその声が何だか俺は怖くって、後ろにいる彼女を振り返る事ができなかった。