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EDEN  作者: 南 晶
始点 -死神ー
20/58

取引 2

「岸上君は考えた事あるかな? 日本中で年間、どの位の人が自殺してるのかって」


 根尾は眼鏡を外した柔らかい表情で俺を見下ろして、嫌な話題を振ってきた。

 寝ながらする話題じゃないだろう。

 返答に困って、俺は苦笑いする。


 診察室の中の小さなパイプベッドは大柄な男二人の体重で、動く度にギシギシ耳障りな音を立てる。

 その音と視界に入る床に散らばった二人分の衣服が、自分の置かれた現状を思い知らせてくれた。


・・・ホントに何でもできるんだな、俺って。


 プライドの欠片もない自分に、呆れるのを通り越して感心してしまう。


「悪いけど、そんな事考えた事もないですよ。俺はこれでも死のうと思った事ないですから。それが人の体を買ってまで真剣に話したかった事ですか?」

「まあね。でも、君は死なないだろうなあ。寧ろ、殺す側の人間だと思うよ」


 クツクツと喉の奥で笑って、ヤツは俺の鎖骨を舌でなぞった。

 悪寒とも快感ともいえないその感触に、俺は無意識に体を仰け反らす。

 俺の反応を面白そうに眺めながら、ヤツは世間話でもするように語り出した。


「毎年、三万人くらいはいるらしいよ。健康な人体が理由もなく三万体も消えていくんだ。1年で三万人、二年で六万人だ。君が何歳からその目でいるのか知らないけど、そのくらいいれば一人くらい君の角膜ドナーになれる人間はいただろうにね。

どうせ死ぬなら俺にくれたらいいのにって思わないか?

彼らは生きるのをもう諦めたんだ。これからも人生のレースを闘っていく人間に要らない体を空け渡しても、バチは当たらないよな」

「・・・だから、何です?僕は殺人はしませんよ」


 ヤツの手が俺の胸をすべり、肩の刺青をなぞっていく。

 荒くなる呼吸を感じられまいと、俺は唇を噛み締めた。

 そこにヤツの唇が重なり、生暖かい舌が口内に侵入してくる。

 無理矢理こじ開けられた口の中でヤツの舌は縦横無尽に動き始めて、俺は抵抗するのを諦めた。


「殺してくれとは言わないよ。君には死にたい人間を探して欲しいんだ。僕らももちろんフォローする。年間三万人もいるんだから、案外すぐに見つかると思わないか?」


 キスの合間に根尾は低い声で俺の耳元で囁いた。

 俺はギョッとして、思わず体を起こした。


「・・・何ですって? 死にたい人間を探す?」

「そう。自分から死に場所を探してやって来る人間を探して欲しいんだ。彼らの望む死を与えてから、僕らはその体のパーツを頂く。君に適合する人間がいたら優先的に角膜は譲るよ。でも、心臓は僕に譲ってくれ」


 角膜だの心臓だの、人間の体の一部をまるでロースとかレバーみたいなノリで根尾は語る。

 どこまで本気なのか把握しかねて、俺はヤツの顔を見つめた。

 その俺の顔を手繰り寄せ再び濃厚なキスをした後、根尾は少し恥ずかしそうに笑った。


「実は僕は既婚者なんだ。妻は名古屋の病院に生まれた時から入院している。僕は彼女の担当医だった。彼女は生まれた時から心臓に疾患があって、臓器移植する以外に治らない。健康体が年間三万体も消えていくなら、たった一つ心臓をくれてから逝ってもらっても悪くないだろう?かわいそうな彼女は病院から出た事もないんだよ?」


 俺は返答に困って黙っていた。

 根尾の白い顔に少し赤みが差して、穏やかだった声に語気が荒くなったのを感じた。


 俺の反応をよそにヤツは話し続ける。


「彼女の余命が僅かだって分かった時、僕は結婚を申し込んだんだ。好きだったからと言うより、同情からだった。彼女が子供だった頃から診てて、夢は根尾先生のお嫁さんになることなんて言われ続けててね。

新婚生活を送る間もなく、彼女は逝ってしまうって分かってたから思い出を作ってあげたかったんだ。

僕は最初から結婚できるような男じゃないから、一度だけ彼女の為に、誰かの妻という肩書きをあげようと思ったんだよ。ロマンチストだろ?」

「ロマンチストって、仮にも奥さんいるのに、男とこんなことしてていいんですか?」


 俺の質問にヤツはニヤリと笑った。

 起き上がった俺の上半身を再びベッドに押し倒し、俺の胸に唇を押し当てる。


「妻とは別の次元の感情だよ。多分、僕は不完全なモノに惹かれるんだ。君や僕の妻みたいに不完全な体で懸命に生きてる姿に引き寄せられるんだよ。自分が生への執着がない為にね。生きる為に何でもできる君のバイタリティは素晴らしいし、君の左目は綺麗だよ」

「・・・そりゃ、どうも」


 人をつかまえて不完全とは失礼極まりない。

 褒められてんのか貶されてんのか、よく分からない理屈だったけど、ヤツの言ってることは納得できたし、変人だと思ってたこの男にも一本通った筋がある事が分かって、俺の警戒心は少し緩和された。


「どう?僕らと組まないか?君だけに危険な事はさせない。僕らは一蓮托生だ」


 根尾の手が足を割ってくるのを感じながらも、俺はもう抵抗しなかった。

 一本切れたこの男に、俺は賭けてみたくなったのだ。



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