経緯 1
俺は片目が見えない。
隠しようがない。
顔見れば、見えてないってバレバレだ。
俺の左目は白濁して、無理やりはめ込まれた白いビー玉みたいだからだ。
生まれた時はこうじゃなかったかもしれないけど、物心ついた頃には既にこうだった。
俺が物心ついた頃というより、周りの子供が物心ついて、俺をからかったり、苛めたりし始めた頃だ。
「岸上」という苗字を文字って「死神」と呼ばれるようになったのもその頃だった。
片方見えないともう片方も悪くなるって医者は言ったけど、幸か不幸か、右目の方は全然悪くならなかった。
だから、生活には支障はないし、何の不自由もない。
普通はそれを幸だと考えるべきなんだろうけど、そうでもないらしいと気付いたのは大人になってからだった。
「角膜移植すれば治るかもしれない」
大昔、当時の担当医はそう言った。
だけど、金はかかるし、まずドナーが見つからない。
腎臓とか骨髄とかと違って、目は完全に死んだ人間からでないと貰えない。
二つあるからと言って、生きてるうちに片方寄付するヤツなんている訳ない。
だから、俺は移植は半分諦めていた。
だったら、摘出して義眼にすれば?と親は言ったけど、アンドロイドじゃないんだから。
この歳になって身体の中に異物が装着されるのは、絶対違和感を感じるに違いない。
考えただけで鳥肌が立って、俺は首を横に振った。
親がそう言ったのは、尤もなことだった。
この顔してる限り、企業には障害者に見えるし職場も限られてしまう。
少なくとも摘出してしまえば、右と同じような目が入るだろう。
でも、俺は躊躇した。
もし、万が一、医療技術が進歩して治ることがあったとしても摘出した後だったら、もう終わりだ。
俺は日本の技術力を信じている。
たった20年前までインターネットなんてなかったのに、今では俺でさえもスマホ持ってるんだから。
もしかしたら、いつかは治るかもって期待を俺は持ち続けていたのだ。
見えないと言ってもそんな感じだったから、片目でも学業には支障はなかった。
しつこくからかってくるバカがウザイことと、女の子にモテないこと以外はあまり困ることはなかった。
卓球とかバドミントンとか、球が速くて小さいスポーツ以外は適当にこなせたし、普通科高校卒業してから大学も行った。
でも、問題はその後だった。
卒業しても就職先が決まらないのだ。
優秀じゃない自分を擁護する訳じゃないけど、八割方はこの目のせいだった。
いつも眼帯をかけている訳にはいかないし、入社後バレてもめるのも嫌なので、入社試験時にはいつも素顔で行った。
それが悪かったのかもしれないけど、いつも面接で撥ねられてしまうのだ。
今なら、それは当然だと思う。
営業職はまず無理だし、運送系とか工場系の仕事は、仕事中の事故の際に会社が責任を負う羽目になるのだ。
最初からややこしい人間は入れない方が賢い。
その年に卒業したことも俺には逆風だった。
景気がいいとは言えないご時世で、五体満足で俺より優秀な学生が溢れているのに、あえて障害のある俺を採用しようという会社がある訳なかった。
仕方がないので派遣会社に登録して夜勤専門の期間工やったり、コンビニで深夜のバイトしたり、卒業してからの俺は夜の仕事ばかりスポット的にやって小遣いを稼いでいた。
何故に夜勤かと言うと、昼間だと客の目につくからだ。
かなり人権侵害的な暴言だが、それをコンビニの店長に言われた時、本当のことなので腹も立たなかった。
そうしている内に、俺と同じように定職につかないフラフラしたヤツラと交友関係ができた。
「タトゥー入れてみないか?金はこっちが払うよ。その代わり失敗しても文句なしってことで」
悪友の一人が俺に話を持って来た時、俺は何も考えずに頷いた。
理由は二つ。
その時、金がなかったから。
アパートの家賃を滞納していた俺は、その時切羽詰ってて、何でもいいから5万円欲しかったのだ。
もう一つは、身体に目印をつけておきたかったから。
もし俺が殺されてバラバラにされても、刺青があるパーツは俺だってすぐ分かるだろう。
定職もなく、住所不定でフラフラしながら、良くない交友関係をズルズル引き摺っている俺は、何となく長生きできないような気がしていたのだ。
結構、痛かったけど、刺青は俺の予想に反してカッコよかったし、気に入った。
ただ、こんなにでかいとは思わなかった。
これなら死んだらすぐ分かるけど、公共のお風呂や市民プールには行けないだろう。
今まで行った事もない所だから、行けなくなってもさほど困らないけど。
それから俺は自分の身体を使って稼ぐことを覚えた。
手っ取り早く金になるのはやっぱり売春。
女相手には需要がなくても、男相手なら案外いけた。
もちろん、俺は女が好きなので、要望があった時には相手が年増だろうが高校生だろうが構わなかっただろうけど、生憎、そういう機会はやってこなかった。
後は、病院とかのサンプルを取る為のモニタリング。
毎日薬飲んで1ヶ月ごろごろ何もしないでいろとか、まっとうな社会人ではなかなか出来ない仕事だ。
でも、暇を持て余している俺には都合良かった。
要するに人体実験なんだけど、それを一度引き受けたら、その病院から何度も依頼が来るようになった。
そこで俺はとんでもない事に巻き込まれるハメになったのだ。