晩餐 2
ネオさんの挨拶を皮切りに、一同箸を手に料理に手をつけ始めた。
座敷内は静かな和風ヒーリングミュージックが流れている。
その低い音の他は、人の声さえしなかった。
そう言えばこのレストランだって、襖で仕切られた座敷がまだ他にも沢山あるのだ。
なのに、さっきから話し声一つしない。
私達の他には誰もいないに違いない。
このツアーの為に貸し切っているんだろうか。
あのヘラっとした死神さんにそんな財力と権力があるとは思えないけど。
「さあ、飲んで飲んで。人生の最期は楽しい酒で逝きましょうよ。ね、うさぎさん」
新たにビールを注ぎながら、ネオさんは軽い口調で私に話しかける。
その明るい笑顔を見ながら、私は小さな声で聞いた。
「・・・あの、私達の最期はどうなるんですか? これからまだ、どこかに行くの? それとも海で入水自殺とか?」
「そんなことは僕らが心配しなくていいんだよ。こっちは客だからね。主催者側に任せておけばいいんだ。気が付いたらあの世だった、みたいな楽な死に方だと思うよ」
客って・・・料金も払ってないのに?
そもそも、この自殺ツアーの主催者側に何のメリットがあるんだろう。
私は溢れんばかりに継がれたグラスのビールに口を付けながら考え込んだ。
「ウサギさんはどうして死のうと思ったの?」
突然、私の横に座っていた奥様が話しかけた。
さっきまで俯いていた奥様の顔が、思い詰めた様子で強張って私を凝視している。
その必死の形相に、私の軽い動機を話すのが憚られた。
「・・・まあ、失業してから実家に居場所もなくなって、ちょっとだけ付き合った人にもフラれて・・・何となくヤケになってって感じですかね」
言ってる私自身が恥ずかしくなるようなチープな理由だ。
本当にこんな事で死ぬ理由になるのか、改めて疑問に感じる。
奥様は一瞬、整った白い顔を引きつらせた。
「あなたは結婚もしてないし、守る家族も子供もいないのに、どうして死ぬ必要があるのかしら。養うべき人間がいないんだから身軽じゃないの。これから何でもできるのに・・・」
耳にタコが出来るほど聞かされてきた正論を突きつけられ、私はムっとした。
この歳になると、結婚してる友人は子供も小学生くらいで、会う度に「独身は身軽でいいわね~」なんて厭味を言われる。
その度に、「しないんじゃなくて、できないのよ」って笑いながらジョークでかわすけど、本当は笑い事じゃじないのだ。
早く落ち着きたい、経済力のある人と一緒になって子供を作って安定した生活をしたい。
私の見果てぬ夢をあっさりと叶えて、専業主婦の名の元に働きもせず、旦那の収入でのんびり子育てしている友人達にどれほど憤りを感じることか。
それを「いいわね」なんて・・・。
全てを手に入れ、楽な人生を送っているクセに、旦那の悪口ばっかり言ってる友人達には絶対言われたくないことだった。
私は奥様がそういう友人の一人のような気がして、無性に腹立った。
「あなたには三十路の売れ残り女の気持ちなんか分からないと思いますよ。できるなら私だって、子供育てながら、家で昼ドラ見て、旦那の愚痴言ってダラダラ生きていきたかったです」
明らかに悪意のある私の言葉に、奥様の白い顔がサっと赤くなった。
あわや一触即発・・・と思った時。
「まあまあ、僕の死んだ妻みたいに子供もいないくせに、働きもせず、韓国ドラマにハマって、昼間っからスタバでミクシー友達とコーヒー飲んでた女もいますからね。
独身でも働いてる方や、働いてなくても子供の世話がある方は大変ですよ。何にもしない女性だってそれなりに大変ですけどね。僕の妻曰く」
凍りついた場の雰囲気を和らげようとしてくれたのか、ネオさんが口を挟んだ。
ネオさんの分かりやすくも冷静な対応に、自分の子供っぽさが恥ずかしくなって私は黙った。
奥様も気まずそうに顔を背けて、黙り込む。
「私に言わせりゃ、女なんて皆甘いさ。男ほど背負う物もないくせに、所有権だけは主張したがる。私の女房だって、いい加減なもんだ。人の給料握ってる上に預金通帳の記帳は怠らず、何を買ってるのかチェック入れてる。お前の金じゃないって一度言ってやりたいね」
おじ様が貫禄のある低い声で、私達にとどめの喝を入れた。
人生経験も豊富そうなドンがそう言うと、何故か誰も反論できなくなった。
「まあまあ、楽しい酒にしましょうよ。僕はそれでも女性が好きですけどね。それにしても死神クンは遅いですねえ。時間厳守だって自分が言ったのに」
手酌でビールを注ぎながら、ネオさんはわざとらしく話を逸らす。
さっきから気になってた彼の事がネオさんの口から出て、私は思わずビクっとした。
その反応が分かり易かったのか、ネオさんは私の顔を覗き込んで微笑んだ。
「ウサギさん、彼の事が気になる? そう言えばロビーで二人で話し込んでたね」
「い、いいえ! そんなんじゃありません。彼が勝手に絡んでくるので・・・」
「ほお・・・好かれちゃったのかな?」
「そんなんじゃありませんって!」
私は赤面しながら手を振った。
何だろう。
顔が熱くて、ヘンな汗が出る。
動悸も早くなってきた。
「いいじゃない? 最期に若いもの同士、いい思い出作ってから逝くのも。彼は来るもの拒まずな感じに見えるけど? 好みじゃないかな?」
「な、何の話ですか!私はそんなに軽い女じゃありません!」
「ハハハ・・・かわいいな、ウサギさん。あなたに誘われたら、死神クン大喜びですよ。彼、あれでもよく見れば案外イケメンなんだよ」
ネオさんの言葉に私はもう真っ赤になって首を振った。
こんなふうに冷やかされるのは中学校以来だ。
不思議と悪い気はしないのだが、何でだろう。
顔が熱い。
いや、身体が熱い。
お酒が回ってきたみたいだ。
そして急激に襲ってくる抗いがたい睡魔。
指先や舌が痺れて呂律が回らなくなっている。
そして何より、気持ちいい。
だるくなってくる体を支えきれなくなって私は座敷に蹲った。
「・・・ウサギさん? ウサギさん・・・」
ネオさんの優しい声が遠くに聞こえる。
熱い体が浮いてるみたいに軽くなってきた。
ビールってアルコール何度だっけ・・・・?
ボンヤリ考えている間に、痺れていた手足の感覚がだんだんなっていく。
自分の身体じゃないみたいに重力を感じない。
ラリってるってこういう感覚なんだろうか・・・?
気持ちいい・・・。
眠気で霞んでくる私の視界に見覚えのある顔が映った。
髪で半分隠れた白い顔に、紅茶色の瞳。
ホントだ。
良く見ると案外イケメンかも。
死神さんの顔を見続けることはできなかった。
私は完全に睡魔に取り付かれ、意識を手放した。
ここまで読んでいただいた方々、ありがとうございます。
ここで一部終了です。
次なる展開にご期待下さい。