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EDEN  作者: 南 晶
始点 -うさぎ-
15/58

晩餐 1

 結局、私は死神さんが出て行った後も、部屋で一人でボンヤリしていた。

 七時の夕食まで時間はあったけど、何かをしようという気にはならなかった。

 そもそも死の際に温泉入ろうとか、宴会しようとか、そんなポジティブな人間がいたとしたら、その人は絶対死なない。


 死神さんが考案したであろうこのツアーEDENに、私は若干の違和感を感じていた。

 多分、彼は死の間際までポジティブにヘラヘラしているタイプなんだろう。


 その死神さんの紅茶色の瞳を、私は何度も思い出していた。

 止めれば?って言ってくれたら、私はきっと頷いただろう。

 でも、彼の口からその言葉は出なかったのだ。

 私は、その時初めて悲しくなった。

 私が生きる事を誰も望んでいないのだと、痛烈に感じたのだ。


 鼻の奥がツンとして目頭が熱くなる。

 溢れてくる涙を私はゴシっと腕で拭った。


 部屋に掛かっている時計は2時になろうとしている。

 私はベッドに身体を投げ出し、枕を抱き締めた。

 マットの心地よい弾力と清潔な布団の匂いが眠気を誘う。

 私は、本能に抗えなくなって、そのまま目を閉じた。



◇◇◇◇



トントントン・・・


 部屋のドアをノックする音で私は目を覚ました。

 ハっとして周りを見ると、部屋の中はもう真っ暗だった。

 さっきまで波がキラキラしていた窓の外の海が、真っ黒な絨毯を敷き詰めたように不気味に広がっている。

 一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて、私は寝ぼけた頭をブルンと振った。


・・・そうだ、私はツアーに参加して・・・。


 だんだん頭がハッキリしてきた時、トントンと部屋のドアが再びノックされる。

 私は時計を見た。

 既に6時半を回っているではないか。

 あのまま泣き寝入りしてしまったらしい。

 ヨロヨロとベッドから這い上がって、私は部屋のドアを開けた。


「うさぎさん、もうすぐ夕食です。見当たらないんで呼びにきましたよ」


 そこに立っていたのはネオさんだった。

 バスの中にいた時と同じ格好で、柔らかい笑みを浮かべて部屋の前で立っている。

 浴衣も着てないところをみると、温泉には入ってないようだ。


 銀縁メガネの奥の理知的な目を細めて、彼は私を見下ろした。

 さっきの紹介で178cmだと言っていたが、全体に細くて頭が小さいネオさんはバランスが良くて、実際よりもっとすらりと長身に見えた。


「一緒に行きましょう。もう皆集まる頃ですよ・・・目が腫れてますけど、大丈夫ですか?」


 言われて、私は慌てて目をゴシゴシ擦った。


「だ、大丈夫です。今、うたた寝しちゃってて・・・起こしてくれて良かった。すぐ顔洗ってきます」


 私は一旦部屋に入って、慌てて顔を洗う。

 落ちた化粧を洗った後、もう一度塗りなおそうと、バッグの中に入っていた化粧ポーチを取り出した。

 急なお直しができる優れものポーチだ。

 つまり、私は化粧を落として、し直すことまで想定していたのだ。

 最初っから死ぬつもりなんてなかったのかも。

 私はそう思って苦笑した。


 ネオさんと私は連れ立って地下のレストランに向った。

 竹の柵の囲いに、ご丁寧に堤燈が立っている料亭みたいな純和風のエントランスが見えた。

 中に入ると、襖で仕切られた座敷になっている個室が並んでいて、ちょっとした宴会会場になっている。

 ネオさんは私を促して、その中の一番奥の座敷に誘導する。


「遅くなりましてすいません。もう始めてますかね?」


 柔らかい営業スマイルを浮かべて、ネオさんは襖を開けた。

 そこにはバスで一緒だったミナミのドンみたいなおじ様と、奥様風の女性「しずかちゃん」が既にテーブルに座って待っていた。

 二人がテーブルに向かい合う姿は、亭主関白の夫と控えめな貞淑な妻のようだ。


 テーブルには天麩羅盛り合わせや、刺身、茶碗蒸し等、純和風メニューが並んでいる。

 蓋が既に開いたビール瓶と日本酒がテーブルの中央に並んでいて、本格的に宴会モードだ。

 盛り上がればの話だけど。


 テーブルを挟んで向かい合って座っているしずかちゃんの隣に私は座った。

 続いてネオさんはドンの隣に座る。

 おじ様もしずかちゃんも数時間前と全く変らない装いで、この人たちも風呂に入っている心境じゃないんだと私は少しホっとした。


 自殺志望者の4人がここに終結した。

 こんな時まで気配りを怠らないネオさんは、早速皆のグラスにビールをついで回る。

 先にお酌をされてしまった私は、慌ててネオさんのグラスにお返しした。


 ありがとう、と言ってネオさんは私にウィンクして、ビールの入ったグラスを掲げた。


「では、僭越ながら、私が音頭を取らせて頂きます。楽園への出発を祝して、乾杯!」


・・・楽園への出発・・・。

 冗談にしても笑えるレベルじゃなかった。


 私は背筋が寒くなりながらも、ビールに口を付ける。

 ゴキゲンな顔で音頭を取ったネオさんは、満面の笑みを浮かべたままグラスのビールを一気に飲み干した。


 私はビールを舐めながら、キョロキョロと辺りを見回していた。

 そこには主催者である筈の死神さんの姿がなかった。








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