迷い 2
「なあ、これから夕食まで何するつもり?」
私が座っている一人掛けのソファの前に、死神さんは向かい合ってドカっと座った。
肌蹴た浴衣から足がすらりと出てきて、私は中まで見えてしまうんじゃないかと慌てて下を向いた。
面白そうにニヤニヤ笑って、彼は首を傾げて私を見つめる。
この人の見えない左目には、見えないモノが見えているみたいだ。
どんな嘘をついても、見透かされてしまう。
そんな気がした。
「・・・何もしないよ。ここで海見てる。他の人たちも自分の部屋に篭っちゃったんでしょ?なんか、集団で来た意味がなかったわ」
「・・・そうだね。どうして一人で死ななかったの?」
私は沈黙して考え込んだ。
どうしてだろう。
一人が怖かったのかな・・・。
「死んだ事ないから自殺するのが怖かった、と思う。きっと、私と同じ思いの人が一緒にいれば、心強いと思って・・・。でも、ちょっと後悔してる。これから死ぬ人たちと今更仲良くなったって、意味がないことに気が付いた」
「・・・そう。でも、ちょっと遅かったね」
彼の言葉に私は思わず、顔上げた。
色違いの両目で、死神さんは無表情に私を見つめている。
「・・・遅いよね」
「そうだね。生きたくなった?」
言葉が出なかった。
唇を噛み締めて俯く私を、死神さんは見ている。
心を見透かすスモークガラスの瞳で。
それを見つめ返す勇気は、私にはなかった。
やがて、彼は無表情のまま、立ち上がった。
「・・・夕食は7時から地下のレストランで。時間厳守でお願いしますね、うさぎさん」
私は彼の顔を見上げた。
この自殺ツアーエデンから抜け出す事は、彼の許可がいるに違いない。
濡れた髪で彼の顔はよく見えなかったが、厳しい表情をしているのは分かった。
彼は濡れた自分の服をユニットバスから集めてくると、まだ座ったまま茫然自失している私を見下ろして少し笑った。
「浴衣、借りるよ。じゃ、後からレストランでね」
パタンと部屋のドアが閉められる音がして、私は一人で取り残された。
もう帰ったら?なんていう台詞を、私は待っていたかも知れない。
残念なことに、彼の口からその言葉は出てこなかった。
私は、脱力してソファに座り込んだ。
窓の外には白い波が光る太平洋がキラキラ輝いていた。