理由 3
完全にズブ濡れになった死神さんは、半身水に浸かったまま、Tシャツだけガバっと脱いだ。
濡れた白い上半身に、さっきの網のような刺青が右肩から二の腕にかけて広がっていて、私はドキっとした。
ワンポイントとは言い難い、かなり派手にやってしまった感じだ。
私が凝視しているのに気が付いて、彼はニヤっと笑った。
「興味ある? どうせ死ぬなら何でもやってみたら? 公共のお風呂には入れなくなっちゃうけど」
「け、結構です!私は温泉好きなの! もう時間もないでしょ?」
「そうだね。本物は時間ないし、俺がマジックで描いてあげようか?」
「何が悲しくて、あんたにマジックで落書きされて死ななきゃなんないのよ?」
私の突っ込みに彼はハハハと笑った。
「あんた、面白いな。もっと笑えること言ってやろうか?」
「何よ?」
彼は自分の身体を見て、自嘲的に言った。
「これ、やって貰うのに金払ってないんだよ」
「どうして?」
「これ彫ったヤツが初めてだって言うんで、俺が実験台になってやったんだ。逆に金貰ってやったんだよ。だから自分でデザイン選べなかった。できたの見たら、デカ過ぎてビックリだよ。仕事ないから、身体で稼ぐことしかできなくてさ。最後の仕事は3ヶ月病院に閉じ込められて、新製薬のモニタリング。顔がマシだったら売春もやってるね。今んとこ需要はないけど」
・・・笑えない。
自虐もそこまでいくと痛々しい。
私は眉間にしわ寄せてイヤな顔してみせる。
「そのシュールなギャグにどうやって突っ込んだらいいの?」
「別に。そんなん要るか!って笑ってくれたら嬉しいけど」
「死神・・・岸上さんだっけ? あなた、変ってるね」
ヘラヘラしてた彼の顔が岸上という名前を言った時、少し強張った。
「うさぎさん、その名前は言わないで。死神って呼んでてくれ」
「どうして?」
死神さんは、困った顔で舌打ちする。
名前を言ってはいけなかったんだろうか?
言われて見ると、彼はこのツアーの主催者だし、刑事事件になった時には名前を知られたら困るんだろう。
弱みを握ってしまった私は、ニヤリと笑ってみせる。
「いいわよ。別に誰にも言わないから。下の名前は何?」
「・・・口が滑った。これ以上聞くなよ」
「じゃ、私の名前、教えようか?」
「いいよ、大方、宇佐美さんて言うんだろ?クラスにウサギって呼ばれてるヤツいた。分かり易いよ」
私はあっけなく言い当てられて、ブスっとむくれた。
もっとひねって登録すれば良かったが、もう遅い。
彼は真面目な顔で近づいて来ると、私の両肩に手をかけた。
裸の彼の胸が目の前に来て、私は焦ってオタオタする。
「な、何?」
「約束しろ。岸上って絶対、他のヤツラの前で呼ぶな」
赤っぽい右目が強い光で私を睨む。
有無を言わせない彼の低い声に私は圧倒されて、首をブンブン振った。
「わ、分かったわよ。死神さんて呼ぶ」
「頼むよ。死亡推定時刻まで後10時間くらいだ。それまでそれで通してくれ」
後、10時間。
私はその言葉に再び、悪寒が走った。
彼は私から手を離すと、ずぶ濡れになった黒いTシャツを両手で絞った。
網が掛かったみたいなタトゥーは背中から見ると更に鮮やかだ。
理屈抜きで、素直に綺麗だって思った。
「ねえ、あんたの部屋貸してくれないかな? 俺は主催者だから部屋取ってないんだ。コインランドリーくらいあるだろうから、服乾くまで部屋で浴衣貸してくれよ」
突然、くるりと振り向いて、彼は言った。
その依頼に私はギョっとする。
と、いうことは、服が乾くまでの間、一緒にいるって事?
私は咄嗟に考えて、赤面した。
「や、やだよ! 何で死の際にあんたと同じ部屋で一緒に過ごさなきゃなんないのよ!」
「だって、水かけたのはあんただろ?俺に濡れたままでいろってのか?」
「他の人に言えばいいじゃない! あ、あのネオさんとか・・・」
「嫌だね。俺も一応男だし、トウが立ってても女の部屋の方がいい」
最後になんかとてつもなく失礼なことを言ったような・・・。
私は眉間に皺寄せ、首を傾げる。
でも、確かにこのままではホテルの中にも入れないだろう。
私は渋々頷いた。
「いいわよ。責任は取るわよ。でも、服が乾くまでだからね」
嫌々返事をする私の顔を見て、彼の顔は逆にパっと輝いた。
手をグっと握ってガッツポーズをしてみせる。
褒められた子供みたいな無邪気な笑顔だ。
「了解! お礼に相手しようか?」
「・・・何の?」
「男に飢えてるんでしょ?」
へらへら笑っている死神さんを、私はもう一度突き飛ばして波に沈めた。