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EDEN  作者: 南 晶
始点 -うさぎ-
11/58

理由 2

 強い潮風がザアっと吹いて、彼の長い前髪を吹き上げた。

 白い顔に片方だけ白濁している目は、どうしても目を引く。

 もう片方が明るい色なせいで、尚更目立ってしまうのだ。


 死神、と言われればその名前は相応しいと思った。

 失礼だけど。


「・・・それ、もちろん、見えてないんだよね?」


 聞いてはいけないことを、聞くのが申し訳なくて、私は小さな声で言ってみる。


「見えないよ。でも、右目は今の所、すごく良いんだ。片目だけでも1.0以上あるんだから。でも、それが逆に問題でさ」


 彼は長い髪をかきあげる。

 私は、左目を覆っている、その斬新な髪型の意味をやっと理解した。


「障害認定って知ってる?」


 私の顔を紅茶色の方の目で見て、彼は聞いた。


「・・・障害者手帳貰うヤツ?」

「そう、生活に支障が出る位の障害を持ってたら認定されるんだ。そうしたら医療費は全額タダになるし、障害年金も貰えて、国から支援金も出る。でも、俺は見えないのに認定されない。生活に支障がないからだって」


 死神さんの顔が険しくなって、語気が少し荒くなる。

 私は彼の顔をただ凝視するしかなかった。


「実際は見える見えないの問題じゃないんだよ。仕事に就けないんだ。この顔じゃ、まず営業職は無理だ。工場だって片目ですって言った所でアウト。危ないって思われるからな。

企業は危険だからって採用してくれないのに、役所じゃ生活に支障は無いって認定してくれない。

おかしいだろ?

視力以前の問題で支障だらけだよ。

うつ病だか何だか知らないけど、五体満足でビジュアル的に普通のヤツらが、障害年金貰ったり、生活保護受けたりしてて、俺はこの顔で仕事にも就けないのに何の保証もされないんだ」


 白い顔を紅潮させて、死神さんは一気に吐き出した。

 さっきまでの人を食ったような態度の死神さんとは別人みたいな激しさに、私は硬直してしまった。

 朝、会った時の暗い影が再び彼を覆っていくのが目に見えるようだ。


 彼は続けた。


「顔で怖がられるから、友達なんていなかった。ましてや、彼女なんてできる訳ない。でも、そこは納得してるんだ。

子供の時、家の前に捨てられてたノラ猫がいてさ。抱いた時に、その目が俺みたいに白濁してて、ビックリして落としちまった。見えてないのに、ジっと見ているあの白い目がすごく怖くてさ。

で、俺、分かったんだ。

友達ができなくても、苛められても、もうしょうがないなって。だって、俺もやっぱり怖いんだから」


 そこまで言うと、彼は軽く溜息をついて眼帯を目にかけた。

 硬直したまま黙っている私を見て、恥ずかしそうに笑う。

 今までの激しさが眼帯で封印されてしまったみたいな、無邪気な顔に戻っていた。


「ごめん。つまんないこと言っちゃったな。つまり、何が言いたいかって言うと、人の悩みとか、辛さとかは他人が定規で測れるものじゃない。だから、俺はあんたがどんな理由で死を選んでも、それはリスペクトする。あんたの辛さはあんたにしか分からないからな」


 私は呆然として彼の顔を見つめていた。

 何故だろう。

 涙が勝手に溢れてきて、私の頬を濡らした。

 彼の人生に同情したのか、自分の人生を少しでも理解してくれようとしてくれて嬉しかったのか。


 私の涙を見て、ギョっとした彼は慌てて手をバタバタ振る。


「な、泣くなよ!同情して欲しくて見せた訳じゃない。ただ、あんたの気持ちは分かるよって言いたかったんだ」

「・・・うん。ありがとう。でも、死神さんに比べたら、私の動機なんて軽いもんだわ。バカみたい・・・」


 涙をゴシゴシ擦りながら応える私を、死神さんは、ハハハと笑い飛ばした。


「ああ、でも正直言って、どうしてチビでメタボな男にフラれたのかは理解に苦しむよ。オヤジと寝るのが好きなの?あんたまだ若いのに。よっぽど男に飢えてた訳?」

「はあっ?」


 さっきと打って変わった品の無いモノ言いに、私は泣きながらもカチン!ときた。

 ヘラヘラした顔に悪気はなさそうだけど、元来、毒舌な性格なんだろう。

 仕返しに、掌で打ち寄せてきた波をすくって、私は彼の顔に向って撒き散らした。


「ええ、そうですよ! 彼氏なんて何年もいなくって飢えてましたよ! あわよくば、結婚して楽な人生歩んでやろうと思ってましたよ! 悪い?」

「悪くないよ。でも、結局、メタボにもフラれたんだろ? ちょ、ちょっと、濡れるとまずいって! おい!」

「何よ! 自分だって彼女いなかったんでしょ?」

「俺は飢えてないよ。必要なら店行くし」

「やだ、サイテー!下品なこと言わないで!」


 私の水攻撃に、彼は腕で顔を庇いながら後ずさる。

 彼の黒いジーンズが海水に浸かり、そのまま濡れた砂に足を取られて、背中から転倒した。

 仰向けに海水に浸かっている彼を跨いで、私は更に水をかけた。


「あーあ、これ、どうしてくれるの?」

「いいじゃん、もう泳げば?」


 恨めしそうに波の中から身体を起こした死神さんに、私はベーっと舌を出した。




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