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後編

 子供に異性の服装を着せると云う風習。

 そんなよく分からない嘘を吐く人物には見えない為、本当にある風習なのだろうが。


「もしかして日本育ちだったりするんですか、ドラコンさん」


 日本人である縁が全く聞いた事の無い日本の知識を持つ彼に、そんな疑問を縁が持つのは無理からぬ事だろう。


「いいえ、日本には成人してからしか来た事はありませんよ。それと、私の名前はドラクリエです。ユカリ君、分かっててやっているでしょう」


 これまで名前の訂正をするだけでスルーし続けていたエルネストだったが、そろそろ限界が来たらしかった。


「やっぱり分かる?」

「当たり前です。ついでに言えば、メリクリだのラクリマだのはさすがに原型から離れすぎていて苦しいですよ?」

「いや、それは僕も分かってはいたんだけど。なかなかそんな似た単語なんて出て来ないし、かと言って一度使ったネタを二度も三度も使うのは負けた気がするって云うか」

「人の名前で遊ばないで下さい」


 切って捨てるかのような言葉だが、呆れた声音である事から、別段怒っている訳では無いらしい。


「遊んでたって云うのも否定はしないけどさ。なんか良い呼び名がないか探ってたって云うのもあるんだよ。ドラクリエさん、て何か言い難くって」

「別に敬称を付けなくても構いませんよ?」

「明らかに年上の人を呼び捨てるのは、ちょっと無理」

「敬語を使わないのは良いのに、ですか?」

「それとこれとは別」

「はあ、そうなんですか」


 これはどちらが変わっていると云う訳ではなく、文化や民族としての違いも関わっている。

 日本では上司に敬語を使うのは常識だが、欧米圏では対等の話し方をするのと近いかも知れない。


「無理にラストネームで呼ばなくて良いのでは?」


 つまり、ファーストネームで呼べば良いのでは、と彼は言っているのだが。


「エルネストさん、もなんか違うんだよ」


 どちらにしても、縁にとってはどうもしっくり来ないらしい。

 そんな縁の答えにしばらく考えてから、では、とエルネストは口を開いた。


「ドラキュラではどうでしょう。少し違いますけど、別に間違いではありませんし」


 ドラキュラとは誰もが知っている吸血鬼の名だが、モデルとなった実在の人物の愛称でもある。それはドラクリヤとも読み、彼の姓と非常に似通っている。


「ドラキュラさん、は確かに言いやすいけど」

「けど?」

「それだと、やっぱりどうしてもドラキュラ伯爵を連想するでしょ? ドラキュラ伯爵とドラゴンさんだと、イメージ違いすぎるから却下」

「いつから伝説の生物になったんですか私は。と云うか、ドラゴンは良くて吸血鬼ドラキュラは不可である理由が今ひとつ掴めないんですが」


 エルネストから見れば、どちらも架空の存在であると云う点で、カテゴリーは同じである。

 むしろ蛇やわにがモデルだと言われているドラゴンよりも、同じ人類がモデルとなっているドラキュラの方が近いように思える。


「ドラゴンは種族を指す言葉だから、これって云うイメージは無いんだけど。ドラキュラはひとりの吸血鬼を指すから、明確なイメージがあるんだよね」


 おそらく、そのイメージとやらが縁にとってはエルネストと遠いもので、その齟齬を流す事ができないのだろうとエルネストは推測した。


「そんなに違いますか? どちらも、荒れた洋館にひとりで住んでる怪しい男、と云う括りになる筈ですが」


 ならばその齟齬をなくせば問題ないだろうと、エルネストは自分とドラキュラ伯爵との類似点を挙げてみる。


「随分違うよ。ドラキュラ伯爵は、荒れてないお城に複数の奥さんと住んでる怪しい男だし」

「詳しいですね、ユカリ君。でも、住処が荒れているのと、怪しい男が家主なのは同じですよ? 自分で言うのもどうかと思いますが」

「お城と洋館じゃかなり違うし、コロラドさん別に怪しくも不気味でもないじゃん」

「それはアメリカですからね。怪しくない、とはっきり言われたのは、初めてです」


 去年エルネストが買い取って住み始めるまで、この洋館はずっと「売家」の看板がかけられていた。

 明治期に建てられたと云う年季と住む者が居なかった為の荒廃から「出る」と評判の物件で、この辺りの住人は大抵度胸試しで入り込んだ幼少の思い出があると言われているほどだ。

 売家の看板が外されたり荷物が運び込まれたりしているから、誰かが住み始めた事は知られている筈だ。

 しかしエルネストはあまり外出をしない為、未だに近隣住民とはほとんど顔を合わせていない。

 その為、おそらくは謎の住人と云う事でそれなりに不気味がられているだろうと彼は考えている。


「逆に、怪しいとはっきり言われた事はあるの?」

「面と向かって言われた事は、さすがにありませんが」

「ほら、やっぱり怪しくないんだって」


 自信たっぷりに言い切った縁だが、そもそも怪しい人間とは距離を取るのが一般的な対応である。

 怪しい人間に、お前は怪しい、と告げる為に接触を計る人間がいたとしたら、その人間も十分怪しい。


「そーだ、それだ」

「何がどれなんです?」

「アラスカさんの呼び名が決まったよ」

「それもアメリカですね。で、一体何に決めたんですか?」


 今の一連の会話のどこに新たな呼称を思い付くような事柄があったのだろうかと首を傾げつつ、納得の行くものがあったのならまあ良いか、と気にしない事にした。


「うん、『伯爵』にする」

「………………はい?」


 きっかり三秒後にエルネストが発した言葉は、語尾の上がったそんな一言だけだった。


「それじゃあ今日から採用って事で」


 呆気にとられたエルネストの反応を全く気にする事なく、自身の思い付きに満足した様子の縁は、そのまま「伯爵」を採用する方向へと進んで行く。


「いえあの、ちょっと待って下さい」


 このままでは本気で目の前の少年から「伯爵」と呼ばれる事になってしまう、と気付いたエルネストが抗議にかかる。


「ついさっき、ドラキュラ伯爵はイメージが違うからと、ユカリ君自身が却下したばかりじゃないですか」

「却下したのは『ドラキュラさん』であって、『伯爵』は却下してない」

「そもそも私はそんな提案していませんから」

「そうだっけ? でもなんかしっくり来たから、採用」

「『伯爵』もドラキュラ伯爵を連想する単語でしょう?」

「ドラキュラは一人だけど『伯爵』は一人じゃないし」


 アールグレイとかサンジェルマンとか、と伯爵と名の付く有名どころを指折り数え始めた縁を見て、エルネストは攻める方向を変更する。


「幾ら何でも大仰過ぎですよ。明らかに名前負けしてますし」

「そうかなぁ。伯爵は『伯爵』っぽいと思ったんだけど。良いじゃん『伯爵』」

「伯爵伯爵と連呼するのはともかく、どさくさに紛れて伯爵と呼ばないで下さい」

「だって伯爵は今日から『伯爵』なんだし」

「私は了承していません」

「僕はもう決断しました」


 抗論を続ける事三十分。

 抵抗空しく、エルネストの通称は「伯爵」となった。

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