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76話・絡まってほどけない

弟 ボッシュ視点です




今朝はもふもふ達の観察が終わると特に予定もないので、食堂で読書です。

大抵誰かがいる場所なのでわからない事を聞けて都合が良いのですよね。





今朝届いたばかりのロタール殿下からの手紙には、オルガさんの近況が綴られていました。現在は獣人族の集落に戻されているとか。


社会奉仕活動のような事をしながら、定期的に役場で面談をしているそうです。すっかり穏やかになってよく働いているらしく、よかったね、としか感想はありませんけど。


姉を誘拐した変態馬鹿貴族が発端だけど、獣人族社会にとっては大事だったらしく、族長的立場の人がわざわざ王都に出てきて謝罪をしたとも書いてあります。


なのでまあ、獣人排斥なんて声もあがらず、政治的には意外にもあっさり片付いたということが、回りくどい表現で長々と書いてありました。



「眉間にシワ、寄ってるわよ~?一休みなさい」



なんとか読み終えると、タイミングよくジルさんが熱々のお茶をだしてくれました。

流石ですね。



「おっにいちゃーん」



うわ。



お茶を冷ましながらまったりしていると、最近お馴染みの甲高い声が食堂に響きました。



「お、リョータ、彼女が来たぞ」



笑い混じりの声を聞き流して声のした方を見れば、女の子が一人増えています。アーニャちゃんのお友達でしょうか?


仲良く手を繋いだまま駆けてきました。



「リョータ!何でアンタはそのままなのよ?!」



アーニャちゃんと一緒に来たもう一人は、僕を指差して叫びました。





顔半分マフラーみたいなものでぐるぐる巻きにして、不格好なワンピースを来たその姿。


ものすごく見覚えがあるんですが。


僕の事呼び捨てにしたし。



いや、でも、しかし。



「無視すんな、こらーっ」



小さな手でマフラーを引っ張り、埋もれていた顔がでてくると。



「トモ……?」



小学校の入学式の写真で見た姿の姉がそこに立っていました。




驚愕のあまり、膝の力が抜けてしゃがんでしまいました。


頭がついていきません。

意味がわからなくて、笑えてきました、よ?



「なんでっ、私だけちっちゃくなってんのよーっ!ナニコレなんかの呪い?時間差幼児化ってどうしてよこれじゃ結婚できないじゃんかぁ」



錯乱気味の小さな姉は、顔を真っ赤にして捲し立て地団駄を踏み、ちょっとだけ可愛いと思ってしまったのは秘密ですが――どうしましょう。



「きゃーっ、かーわーいーいーっ」



焦ってぐるぐると考えていると、当然の事ながら皆が注目するわけで、なかでもジルさんが大喜びです。



怒り狂ってるけど小さいので迫力に欠ける姉をつつき始めました。

デレデレです。



「え、トモさんなのか?どうして子供なんだ?」


「あ、ほんとだ。ちっさ」



集まってきた騎士や食堂の人達も、撫でたりぷくっとした頬をつついたりと構い始めました。


姉は全力で抵抗しているようですが、寧ろ喜ばれていますね。




しかし、どうしましょう。どういう事態なんでしょうかね、これは。



「あのぉ、念のために伺いますが。こういう事よくあるんですか?」


「「あるわけないだろ」」



ですよねー。

恐る恐る聞いてみたら、何人かハモって答えてくれました。


「リョータ、真っ青よ。皆も落ち着きましょう。トモも座って」



我に返ったジルさんが皆を宥めて場を静めてくれました。


子猫が迷い込んだ時の学校みたいなノリでした。娯楽が少ないから仕方がないんでしょう。



「ボッシュを呼んでもらったからな、待ってな」



コックのおじさんが、トモにもお茶を出しながら頭をぐりぐり撫でました。


姉は困ったような嬉しいような、微妙な表情。



あの人はどんな顔になるのかちょっとだけ楽しみになってきました。



喜んだらどうしましょう。速攻で引き離さないといけませんね。






○ ○ ○ ○





早朝の訓練後にマイヤーや若い連中と戦術談義をしていると、顔を真っ赤にした食堂の若いやつが走ってきた。

名前は忘れたが、度々トモにちょっかいを出していたやつだ。



「あっ、いた、ボッシュさん!大変なんですっ、トモちゃんがっ」



息切れしながらそんな事を言うので、事情を聞くのは後回しにして食堂へ急ぐことにした。

ほぼ全員来たような気がするがまぁいいだろう。



しかし、大変とは?


食堂とは言え、刃物はあるし火や熱湯もあり、危険は至るところにある。

怪我をしなくても連日の寒さで体調を崩したのかもしれない。


今なら都から仕入れた薬類が届いたばかりなので、大抵の事には対処できる筈だが、心配はつきない。






「んぁー、予想外の事態やんな?」



トモは怪我でも病気でもなかったが、これはどういう状態だ?



「えーと、大丈夫ですか」



耳から入ってくる言葉が頭までまわらない。



食堂の椅子に腰掛け、体の大きな騎士達どころかジルにさえ隠れてしまう小さな体。


憮然とした表情で、しかしすがるようにこちらを見詰めているのは紛れもなくトモだった。



「しばらく会わんうちに、えらいちっちゃなったな。普通は逆やんな」



感心したように呟くマイヤーは無視して、無言のトモを抱き上げた。


元々細くて軽かったのに、小さくなってしまった彼女は恐ろしいほど柔らかく華奢で、力の加減が難しい。



「どうしよう……」



震えながら細い腕が首に回され、きつく抱きついてくる。いつもより高い体温。

抱き潰さないよう慎重に、伸ばした手で背中を叩いてやった。



「親子みたい」



自覚しているが他人に言われると腹がたつ。目線で黙らせておいて、青い顔をしているリョータに声をかける。



「リョータ、どういう事かわかるか」



「まさか!何が何だかわかりませんよ。あり得ない事ですけど……」



言葉を濁したが、何となく言いたい事がわかった。


彼らの常識でも、これはあり得ない事。

だがあの『森』を通って違う世界から来たように、起こり得ないことが起きてしまったという事か。



では、原因がある筈だ。





「トモ、今朝からこの姿なのか?」



肩に顔を埋めるようにして頷いたのがわかった。



「昨日は午前中は卵を集めて、掃除して、午後は特になにもしてないわね。でも夕食の時は普通だったわ」



ジルが手を伸ばして、顔をあげないトモの頭を撫でながら言う。



「夕食後に僕とセオが部屋まで送った時もまだ普通でした。だからそれから朝までの間ですね」



リョータもやっといつもの調子を取り戻したのか、昨日の事を振り返っているようだった。



「トモ、昨日夜に変わった事はなかったか?」



背中を叩いて促すと、小さく唸りながら顔をあげた。



「平和だった。――あ、飴食べた。これ」



リョータにあげるつもりで入れっぱなしだった、と言いながら、上着から取り出したのをマイヤーが受け取り、包んでいた白い紙を広げた。



「うわぁ」



興味津々の体で俺達を囲んでいた人垣がどよめいた。



「え、トモこれ食った?」



マイヤーが言うと、トモは素直に頷いた。



「え、なんですかこの反応は?ただの飴でしょう?」



トモとリョータは不思議そうに首を傾げている。



どう考えてもコレが原因だろう?!



小さな、透き通った緑色の物体は宝石か何かのように美しいが、だからといって食べ物には見えない。


だいたい飴とはトモの目のように、赤みのある褐色と決まっている。



「だって、甘くて美味しかったよ……」



それぞれが手にとって透かし見たり匂いを嗅いでみたりしながら騒ぎ立てる中、相変わらずへばりついたままのトモが、情けない声でひっそりと呟いた。


いつもよりも高くてか細いその声を聞いた途端、落ち着かない気分と、恐ろしいほどの罪悪感を覚えた。


泣かれたら、たまらない。



「綺麗な色やしな。解らんでもないわ。子供はなんでも口に入れるしなぁ?で、コレを誰にもろたん?」



膨れてきたトモの頬や小さな頭を撫でていると、マイヤーが宥めているのかけなしているのか微妙な発言をした。



「あぁ。知らない人。超美人の独眼竜?」



完全に不貞腐れて、床を見つめながら言うので目眩がしそうになった。


知らない人物から貰った食べ物を即食うのか?


無防備にも程がある!

やはり一人で出歩かせない方がいいのか?



「ドクガンリューとはなんだ?」


「あっ、と、多分その人が隻眼だったんじゃないですかね。僕らの故郷の歴史上の人物で……」



聞きなれない言葉に聞き返すと、姉の様子を困り顔でうかがっていたリョータが小声で解説してくれた。



美形で、見えない片目を隠した人物。


小さくなってしまった愛しい人。




一番会わせたくなかった奴にトモは既に出会っていたらしい。

ボッシュさんは内心焦りまくりです。


いつものようにしたいけど子供相手だし?

犯罪かも?

でも許嫁だし?



次回この葛藤をぶつけていただきましょう。


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