74話・暗い季節のおわり
ボッシュ レオ 弟視点です
一日中、姉弟に張り付いているわけにもいかず。
かと言って、部屋に閉じ込めておくのも自宅でもないから躊躇われる。
結局のところ、他の者と同じように自衛するようにと言い聞かせることしかできなかった。
「恐らく、複数入り込んでいるようです。違和感を感じない程度だから、二、三人だろうとは思いますが」
隊長室でレオの報告を聞いている間も、不安は拭えない。
「目ぼしいのに、監視をつけたところですがね。まぁ身元がはっきりしない程度なんで、何とも」
珍しく沈んだ表情で、続ける。レオはしばらく前から砦内に異変を感じていたにも拘わらず、仲間内から犠牲者を出してしまったのを悔やんでいる。
最近はほとんど休んでないようで、顔色も悪い。
気持ちは痛いほど解るが、休むよう言うべきか?
声をかけようかと思ったその時、壁にもたれて目を閉じていたマイヤーが突然叫んだ。
「カール、下や!」
その声に、即立ち上がった隊長は窓を開いて一瞬で状況を確認したらしく、そのまま飛び降りた。
窓辺へ行こうと思ったが、部屋を出ながら続けたマイヤーの言葉に頭が煮えそうになった。
「リョータとトモの声がした。なんか揉めとる」
実際には、揉めているどころの騒ぎではなかったんだが。
初めて、本気で殺ろうとする隊長の剣を見た。
最後の最後で自制したが、苛烈にして隙がない。
トモ達を避難させるのすら忘れて釘付けになった。
なんであんなのがこんな田舎で飼い殺しにされているのか。勿体ない。
夜。
昼間に恐ろしい思いをしたせいか、珍しく自分から俺の部屋に来ると言った、愛する未来の妻。
「で、なんでお前達がいるんだ?」
「流石に、あんな事があったら不安じゃないですか。お母さんは念のため、医務室に泊まるそうです。あそこは小さい子には向かないし、まさか一人にする訳にもねぇ、アーニャちゃん」
口では殊勝なことを言いながら、リョータは明らかに面白がっている。
半笑いだぞ。
「そうだよね、お父さんと離れてるから不安もあるよね」
トモは弟の言葉を真に受けて、訴えるような視線をこちらに向けてくる。
そんな目で見られて、断れる男はいない。
幼女は事態を飲み込めてないらしく、床に長々と寝そべるロボの耳をめくって遊んでいる。
昼間、リョータに向かって投げられた小剣を身体で弾いたらしいが、大きな怪我もなくいつも通りだった。
人が増えただけで、部屋の中が暖かく思える。
実家の雰囲気もこんなだったか?
まぁ、悪くはない。
「ん、何?」
幼女が興奮してきたのか、ロボに乗ろうとしたためリョータが慌てて止めに入ったのを、トモは楽しそうに見ている。
後ろから彼女を抱き締め、さらりとした髪を摘まんでやると、くすぐったそうに後ろを向く。
「子供ができて家族が増えたら、いつもこんな風に賑やかなんだろうな」
そう囁いて、現れた真っ赤に染まった耳に口づけた。
○ ○ ○ ○
しばらく前から気付いていたってのに、部下の死を防げなかった。
自分の勘をもうちょっと信じたらよかったぜ。
この砦は、『森』と、そこから出たものを守るための砦。
一部の者しか知らないが、他には重要なものなんてない。
だからあのひ弱な姉弟と、パイクの飼ってるやたらふさふさした動物達が警護対象って訳だ。
実際にはおおっぴらに出来ないのと、本人達が馴染んできたので逆に警護しづらい状況で、本末転倒なんだよなぁ。
だが、俺の日頃の行いが良かったお陰か、事態は都合の良い方に転がった。
隊長室で報告をしていると置物みたいになってたマイヤーが突然動き出して隊長に声をかけ、それを受けた隊長が窓から飛び降りた。
関係が有るか無いかは別として、騒ぎが起きれば隠れてる奴も動くだろう、動きやがれ。
真っ当に扉から出ていく奴等とは反対に、砦内で目星をつけてる奴を確認に行くと、部下の一人が走り寄ってきた。
これは、もしかして当たりか?
「レオさん、俺がついてた奴、怪しいっす」
前歯が一本折れているせいで息が漏れるような喋り方をするこいつは、積雪が増えた頃に増員した家畜の世話係を見張らせていたんだった。
姉弟が来た後に砦に来た中で、身元を証明する他者がいない奴はたいして多くない。
「確かまだ若い奴だったよなぁ?」
「えぇ、休憩時間になったら小屋ぁ離れて人気の無い方行くもんで――今日やっとそこまで追えたっす」
ガキの癖に用心深くて、と続けるが、このがさつな野郎じゃ尾行には向いてないだろうなぁ。
「壁の崩れたとこに、何か紙を突っ込んでました。仲間と連絡取ってんのか、例の盗まれた書類を隠してんのかと」
報告を聞きながらそこへ急ぐと、幸いなことにそいつはまだそこに居るじゃねぇか。
隠し場所とやらを背に、干し肉か何かを食いながらうろうろしている。
寒いだろうに、何してやがんだ?
待ち合わせに相手が来なくて苛立つ振られ男みたいだぜ。
もしかして、さっき騒ぎを起こしてたのが、そうなのか?
だとしたら。
「おい、援護しな」
この寒い中引っ掻き回してくれたお礼はたっぷりしてやるぜ。
寒いの嫌いなんだよ。
「よぉ、寒いよなぁ」
わざと正面から近づいて、声をかけてやる。
やっぱ、若いな。ボッシュの姫さんよりはちょっと上か?
「あ、騎士様、お疲れさまです」
「こんなとこで、何やってんだぁ?仕事抜け出してんじゃないだろうな。休むなら、食堂がいいぜ。可愛い女の子もいるしな」
「は……」
喋りながら近付く俺に、中途半端な答え。
その辺の駄目なガキに見えるが、横を通って壁にもたれる俺を見る目は間合いをはかっているようにも思える。
「お、何かある。誰かの恋文だったりしてなぁ」
報告通り、隙間から紙の端がちらちらと出てるので、手を伸ばす。
食いついて来いよ?
「――触るなっ!」
迷いはあったようだが、耐えきれずに怒鳴りながら突っ込んできた。
「うぉっ、危ねっ」
いきなり抜いてやがった。着込んでるから、今の避け方は華麗じゃなかった。
歯抜け君しか見てなくて良かったぜ。
「馬鹿だねぇ、しらばっくれりゃ逃げられたかもしれないぜ?」
「うるさい!お前殺せば同じ事だ」
怒りで鼻息が荒い。
嫌だねぇ。
「そう言えば、さっきお前の仲間を見つけたぜ?待ってたんだろ?隊長が飛んでったから、今頃はバラバラかも、なっ」
文字通り飛んだなんて事は想像しなかっただろうが、焦りと怒りで乱れた呼吸は早々戻らない。
歯抜け君の援護を頼む必要はなかった。
感心なことに諦めて降伏したので、俺も鼻水を垂らすという醜態をさらさずに済んだ。
やれやれ。
○ ○ ○ ○
後から聞いた話ですが。
犯人一味は三名。
内騎士プリンブルさんを殺して資料を奪った人達。
目的は資料だったけど、あわよくば現物――僕達も手に入れようとしていたらしいです。
大人だったり、危険な生物なら大人しく帰るつもりだったけど、プリンブルさんの予想外の抵抗の強さに、殺すしかなくて。
僕達がチョロそうだったので、欲が出たそうです。
人の命の話なのに、とてもそうは思えない内容で怒りよりも怖さを感じます。
僕が殺されかけたおじさんと、レオさんに捕まった若い人と、エロ姐さん。
若い人は冬季アルバイターみたいに潜り込んで、内騎士の見回り場所や交代周期なんかを確認する役目。
捕まる時に抵抗したのか、顔が腫れるほど殴られていました。
ある意味、この人が無能だったからプリンブルさんが殺されたようなものなので同情はしませんけど。
段ボール持参で来たらよかったかもしれませんね。
彼の後にエロ姐さんが、避難してきた役。
小さな騒ぎを起こして皆の注目をひいて、尚且つボッシュさんと姉の仲を引き裂いて拐い易く状況を整えようとしていたとか。
僕達はまんまと引っ掛かった訳ですが、反応は予想外だったようで、あっちはあっちでばれたと思っていたそうです。
二人とも雇われた人で、接点はゼロ。
そして、あの嫌な感じのおじさん。
この人が実行犯で、二人のサポートを受け忍び込み、プリンブルさんを殺し、僕達をどうにかしようとした人。
他国の人間らしいのですが詳細は不明のまま。
盗まれていた資料は隠していたのを発見して回収できたので、多分持ち出されてはいないとの事。
断定できないのは、あの人が舌を噛みきって自殺してしまったからです。
最期まで命を粗末にする人でしたね。
こうして、不安な日々は終わりを告げたのですが。
アーニャちゃんをだしにしてイチャイチャするのを邪魔してやったらあのヒゲ。
子供がいるのもいいとか言い出しやがりました。
結婚はまぁ、けじめをつけるのは大切ですし、精神的にも安定するだろうから我慢しますけど。
けど、子作りは早いんじゃないかと思います。
レオさんお初です。
他人にどう思われているか気にする繊細さもありますが、もてる自分を演出する計算もできる人です。
ボッシュさんが目立たないので少し甘さを加えてみましたが、微糖ですね。
今年は本編これで最後となります。
お付き合いくださりありがとうございました。
あとは番外編をクリスマス頃にお届けできたら、と思っています。




