72話・痛い目に遭わないとわからない
ずっと弟です
どうしてこうなった。
頭の中でたてただけの作戦じゃ、ダメですか?
「……わふっ」
今、ロボと心が通じた気がします!
がっしりした首に抱きつくと、頭を擦り寄せてきて、ぬくぬくした体温に癒されますね。
アニマル・セラピー。
ずっとこうして居たい。
「リョータ、いつまでじゃれてんのよ。変な目で見られてるじゃない」
非情な姉の声に、渋々離れます。
呆れた、という気持ちを隠さない姉の視線と、羨ましそうなアーニャちゃんの視線と、困惑したアーニャママの視線と、興味深そうにこちらを窺う視線と、苛ついた視線。
こんな風に注目されるの、好きじゃないんですけど。
砦内の殺人事件から二日。被害者は内騎士のプリンブルさんという二十代の男性で、親しくはないけど何度か話したことのある人でした。
警備していた文書庫?からは予想通り、『森』に関する古い書類が無くなっていて、彼を殺害した後犯人が持ち去ったのだろうということでした。
ただ、そのままどこかへ消えたのか、まだ隠れているのか?
何しろ、ここには書類だけでなく生きた証拠がうろうろしているわけですから。
念には念を入れて、僕達姉弟だけでなく、非戦闘員は集団行動な訳です。
今朝は、お漏らしをしてしまったアーニャちゃんの為に新しいシーツ類を貰いに行くのでロボの散歩がてら一緒に移動してたんです。
「あのおじさん、この前アーニャが追いかけたおじさん」
「まぁ、だめよお仕事の邪魔しちゃ」
ほのぼのした母娘の会話を何となく聞いていると、そんな言葉が耳に入り。
小さな指の先を見ると、中肉中背で軽装のごく普通の男の人がいます。
茶色っぽい髪と目で、不細工でもないしカッコいい訳でもなく、あまりに特徴がなくて、年も二十代から四十代のどこでもありそうです。
と、いうか。
何でこんな所に騎士でも工房の職員でもない、普通のおじさんがいるんでしょうか?
怪しくないですか?
「おじさん!この前何してたの?アーニャを置いてくから、埋まったんだよ?意地悪だねっ」
幼年期特有の、理不尽な怒りが炸裂です。
あんまり近寄らない方がいいかと思っていると、姉が素早くアーニャちゃんを捕まえました。
野生の勘?
男の人は、こっちの騒ぎに気がついて、何か呟きましたが、意味が解りません。
初めての、意味の解らない言語。
一瞬で、血の気が引きました。
解らないのが怖いし、何より、どう考えても怪しむべきでした。
一般人の一人歩きは制限されているのに。
「これはこれは……」
少し近付いて聞こえたのは変換された言葉。
あまりに普通に、驚きも焦りもせずにいるこの人が、吐き気がするほど怖く感じます。
「モノは相談だが、その動物を譲ってくれないか?君達が一緒に来てくれてもいいんだが」
この人は、やっぱり。
「ねぇ、アーニャちゃん達先に行っててくれない?この人と話してから行くからさ」
姉は、小さな身体をそっとお母さんの方へ押しながら言いました。
何となく、僕達が異世界から来たっていうのを知られたくないというのと、巻き込みたくないという気持ちだったと思います。
アーニャママが、多分状況を飲み込めないまま、頷いてこの場を離れようとした時。
予想外な人物に行く手を阻まれました。
「待ちなさい、誰か呼ばれたら面倒だわ」
吐き捨てるように言って、アーニャママの腕を捻りあげたのは、エロ姐さん。
「は、え?」
思わぬ人の出現に、姉が言葉にならない声をあげました。
予想の、やや斜め上。
なんという事でしょう!冷酷な殺人者らしき男と、姉の幸せに水をさす女とは裏で繋がっていたのです。
「全く、勘がいい餓鬼ね。こそこそ私の事を嗅ぎ回ってくれたお陰で、やり難いったらないわ」
その言葉に、頭に浮かんでいた変なナレーションも消えて真っ白になりました。
僕のせいですか?
ただ単に、修羅場を避けたかったのと、ゆすられでもしたら面倒だと思ったから弱味握っておきたかったんですけどね?
皆の視線が集中する中、僕は膝の力が抜けて、ロボにしがみつくのでした。
「時間があまり無いんだ。黙って来てくれないか?」
「四人もどうするの、餓鬼までいるのに。一人で十分でしょう?」
エロ姐さんが苛々を全面に出して言いました。
小さい子供は煩いから、母親は関係ないから、動物は危険だから。
殺してしまえと。
吐き気がするし、虫酸が走るという言葉を身を持って実感しました。
「その人を放しませんか。素手の子供相手に、人質なんていらないでしょう」
僕が言うと、おじさんはなんだかすごく嫌な笑い方をしました。
人質になったママさんを見ると、姉と視線を交わしています。
「僕達が着いて行ったとして、良い事でもあるんですか?今、特に不自由してないんですが」
おじさんにはこっちを向いてて貰いたいので、とりあえず質問です。緊張で喉がカラカラですが。
僕が話すのを聞きながら、いつの間にかおじさんが近付いていて、ヤバイ、と思ったら、左肩に衝撃を感じて尻餅をついていました。
そこからは意識が細切れになった記憶。
ひっくり返った僕を見て悲鳴をあげたアーニャちゃんに、エロ姐さんが怒鳴り付けて、ママさんが多分足を踏むか肘打ちか何かしたところを姉が逆に捕まえて?
そして、へたった僕とおじさんの間には、大きくて頼もしい背中が見えました。
中途半端ですいません。
今年中にキリのいい所までお届けしたいと思います。




