71話・知らないところで話が進んでいると苛っとする
弟 ボッシュです
今夜も寒いので、ロボを足元に呼んで湯タンポもふバージョン、モップを抱き枕にして防寒は完璧です。
ピルルは羽毛がぶわっとふくれて、冬毛?
鳥ってこんな生き物だったかな~?
皆冬眠もせず、食欲旺盛で元気です。
今日は殿下からの手紙が来たので一日かけて読んで返事を出しました。
近況――姉の結婚が間近な事とか、最近妙な女の子になつかれてる事とかを。
読むのは慣れてきたんですが、固有名詞が入ってるとどうしても止まってしまいますし、問答無用で難しい言葉を使ってくるので調べたり聞いたりしながら全部読んで。
返事は返事で、子供みたいな文章だと何となく負けた気がするから推敲を繰り返して。
で、頭と目がズキズキするくらい熱中してしまいました。
なのに、なのに。
早めに眠りについていた僕を叩き起こしたのは、鐘の音。
日本の半鐘の音のような、ちょっと高音の金属音。
一瞬火事かとも思いましたが、臭いはしないしロボが反応しているのが耳ばっかりだから、違うのかな?
まぁ、ここは端の方だし火の気も無い所だからまだ大丈夫、かな。
こういう時、まだどうしていいか判断できないのがもどかしいです。
姉は大丈夫でしょうか?
まさか寝たままって事はないでしょうが、低血圧な人なので反応がにぶいかもしれません。まぁ、近い部屋の人が助けてくれるでしょうけど……。
「モールス信号みたいだ」
落ち着こうと思って窓を開けて外を見ていると、まだ続く鐘の音に法則性があるのに気付きました。
注意喚起だけじゃなくて、指令のようなものなのかもしれませんね。
まさか敵襲?
真冬に戦争しかけるのは、健康面や補給の事を考えると可能性として低いとは思いますが、ここは異世界。
ナポレオンには想像もつかない工夫があるかもしれません。
魔法もあるし!
そんな想像をしながら、避難の必要があるかもしれないのでモップを服とお腹の中に挟み、ピルルの籠に布をかけてから、防寒用にコートを羽織った途端、ドアが叩かれました。
叩いて返事する前に開きましたけど。いっそのことそのまま開けたらいいのに。
「リョータ!いる?!」
飛び込んできたのは、パイクさんでした。
珍しい焦りっぷりです。
「パイクさん、この鐘は何なんですか?悪いことですか?」
「あぁ、いや、念のためにね、えぇと」
とりあえず火事ではなさそうですが。
あれだけ焦って見に来たんだからいい事じゃないのはバレバレなんですが、気をつかわれてるというか、なんというか、もやもやした感じです。
「トモの方へは先輩が行ったから、大丈夫だよ。ごめんね?何かあってからじゃ遅いから――今この砦で重要なのは、君達だから」
困ったように、優しい顔を歪ませたパイクさんに促されて、ベッドに逆戻りしました。
ロボを撫でながら、寝ずに番をしてくれてるのが申し訳なくて、うとうとしてたらいつの間にか明るくなってましたけどね!
朝になって、着替えながらパイクさんの様子を見ると顔色が悪くて目の下には隈が!
美形は疲れてても美形でした。
「少し早いけど、食堂に行こうか。人が多い所の方がいいから」
砦はすごくざわざわして、落ち着かない雰囲気です。まるで、姉が誘拐された時のような。
「おはよ」
パイクさんと席について熱いスープを飲んでいると、朝は弱い姉がボッシュさんに連れられてやってきました。
例のライバル出現から微妙だったんですが、危機は人の結び付きを強くする事もありますから、この人達もうまく行けばいいんですけどね。
数日間聞き取り調査した結果、ボッシュさんはシロ。
ロクでもないオバサンの様ですが、まさかあの人が何かした訳じゃないですよねぇ?
とは言っても、実はあのオバサンの狙いは謎なんですよね。
本気で結婚の邪魔しに来てるのか、騒ぎを起こして慰謝料でも巻き上げようとしてるのか?この国に慰謝料的なものがあるのかわかりませんけど、ね。
若い騎士さん達で、むにゃむにゃ……なお店によく行く人に聞いても、アーニャちゃんのお母さんみたいな同時期に避難して来た人に聞いても、あのオバサンについては『よく知らない』『あまり見ない顔』という結果。
なんか騒ぎも起きてるし、誰かに改めて相談した方がいいかもしれないですね。
○ ○ ○ ○
巡回から戻って砦内を走り回り、疲れと安心から、大人気なくもトモを怯えさせてしまった。
自分を抑えるためと彼女を宥めるためにと思いつつ、上手く自分の部屋にいたもんだから結局は抑えきれなかった。
それでも少しは休めたのでまだ半分以上眠っているようなトモを食堂まで連れ出した。
入り口ですれ違った内騎士に目配せすると、渋い顔で首を振る。まだ騒動は終わっていないようだ。
さぞレオが怒り狂ってるだろう。
普段は人当たりもよく陽気だが、仲間意識が殊の外強い奴の事だ、犯人を見つけたら誰だろうと容赦しないだろう。
そういう事からは姉弟を遠ざけたいのだが、これだけの騒ぎになれば隠す訳にもいかない。
パイクを見れば疲労の色が濃く、食も進んでいない。こいつに任せるのもやや不安だ。それに、昨夜の様子からトモはあまり悪い状況とまでは想像していない様だったが、目の前に座り、寝不足の顔で睨んでいるリョータの方はわかっているかもしれない。
いつまでも客扱い、子供扱いを続けるわけにもいかない。一日中張り付いて見張っていられないのだから。
「二人には、今起きている事を理解して欲しい」
「ちょっ……」
パイクが珍しく険しい表情で何か言いかけ、口をつぐんだ。
リョータが立ち上がりかけた彼を手で制し、眠そうにゆらゆらしていたトモも瞬きを繰り返してこちらに注目する。
「明け方の鐘が告げたのは人が殺された事。内騎士が一人、まだ犯人は捕まっていない。内輪の事か、外部の者かも不明だ。ただ、文書管理の警備の騎士だったので、外部犯だろうとは思う」
姉弟は、顔を見合わせている。
不安と苛立ちと恐怖。
「文書、書類?盗まれたりしたんですか?」
リョータが匙を置いて問いかける。
「今、調べているところだろうね。幸い、父について来ていた秘書官もまだ残っているから、早く判るとは思うよ。――ここにあるので重要なのはほとんどあの『森』についてのもの。リョータに手伝ってもらってる、あの子達の記録なんかもね」
パイクがため息混じりに説明する。
騎士団としての重要な書類は隊長か副隊長室、かケラーのところだ。あんな管理用の部屋にあるのは古くさい資料。『森』についての記録。そこの警備がやられたという事は、姉弟について探っていたと考えても間違いはあるまい。
領主殿には悪いが、国の中で特に要所でもなく、他に探られるような点がないしな。
あの変態馬鹿親子のせいで変に注目されなければ、こんな事態は避けられただろうに――。
「私の知ってる人かなぁ」
ふつふつとした怒りを腹の辺りで感じていると、かすれた小さな声が聞こえた。
「食堂に来てただろうね」
無表情に、どこかまだ寝ぼけているような顔で、俯いたままトモが呟く。
「これは僕達のせいでは、ないよ」
固い表情で、リョータが向かいから、自分にも言い聞かせるように声をかけると小さく頷く。
こんな顔をさせたくはなかったが。
「気に病む必要はない。だが、自分達がどういう位置にいるか自覚しろ。それと――悼んでやってくれ」
くそ、今にも泣きそうな顔をしている。
トモがこんな顔をする度に自分の胸がどうしようもなく痛くなる。
どこかに閉じ込めて、汚いものや危険から完全に遠ざけてやりたい。
無理だとは分かっているんだがな。
今年中には、あと本編ひとつか番外編を読んでいただこうかと足掻いています。
寒いのでお風邪を召されませんように!




