70話・ding-dong
姉 ボッシュ 姉 で視点かわります
仕事に疲れて帰ってきた旦那さんに、「おかえりなさいアナタ、お風呂にする、ご飯にする、それともワ・タ・シ?」というのを一度やってみたかった、というのはまぁ嘘だけど、お出迎えはしたかった。
難しい本の挿し絵を眺めたり、ストレッチをしたりして待ってたはずなんだけどね?
気づいたら暖かベッドで爆睡してたよ!台無し!
どうして起きたかというととんでもない騒音のせい。
今も続いてる、金属音。ここに来て初めて聞いた鐘の音。教会なんかにあるようなでっかい鐘を、短い間隔で鳴らしていて、もしかして火事?
このまま部屋にいていいんだろうか。
まだ夜は明けてなくて、部屋には私だけ。
何で帰って来ないのかな?何かあったのかな?
何かあったに違いない。
鐘の音の間に、人の声がする。
怒ったような声、走るブーツの音、ガチャガチャ鳴る剣。
とりあえず、ブーツを履き直して部屋の外に出てみよう。廊下は謎の床暖房がないからね。
廊下に出たら、ちょうど近くの部屋から上着を着ながら焦って出てきた外騎士のお兄さんがいた。寝癖がそのままだ。
「なんだよ、寝たばっかなのによ」
ぶつぶつ言いながら頭をがしがしかいて、目があっちゃったよ。
「あっ!あ~?君なんでこんなところに」
正面から聞かれると、ちょっと言いにくいな。
「なにがあったんですか」
寝起きだからかすれた声しか出なくて、びびってるみたいだわ。か弱い女子的。
「あぁこれな――うん、緊急事態、な。危ないから部屋戻った方が――」
「くっそ、誰だよ召集かけやがって!」
お兄さんが説明してるのにかぶせて、近くの部屋からまた別の人が出て来た。
お兄さんと私がそっちを見ると、部屋の中からもう一人出て来た。
出て、来たのは。
「いいじゃない、あなた一人くらい行かなくてもわからないわよ」
白い腕を伸ばして、引き留めるように首にからめて。
「んな事できるか、はぁ、続きはまた今度な」
何だかアレな会話。
私とお兄さんが半眼になって見ていると、あらあら。あんたボッシュさん好きなんじゃなかったっけ?
最近、散々引っ掻き回してくれてる、弟曰く年増のエロ姉さんが、若いワイルド系の騎士さんに絡み付いている。
「なにやってる」
後ろから、地獄の底からやって来た魔王みたいな声がして、この場にいた四人は飛び上がった。
特に、夢中でお別れのふかーいキスをしていた二人は高かった。
隣のお兄さんは目線だけで後ろを確認して、今度は私を見て、ものすごい勢いで私の肩をつかまえて、後ろの魔王様に突き出した。
完全に私を盾にしてるね?
「お疲れさまです!この子が鐘の意味を知らないようだから、部屋に避難するように言っていたところでした!では失礼します!」
息継ぎなかったよ~そしてすごい加速だね!
ぎぎぎ、と後ろを振り返ると、寒さで白くなった顔、雪のついた髪、それからどうやらお怒りらしい黒い目が見えた。
何でかな~?
お酒飲んだ時と同じような反応だ。
とてもじゃないけど、例の台詞は言えないね!
「おか……」
「あっ、これは違うの、私は、この人は」
「うるさい黙れ」
おかえりだけでも、言いたかったんだけど。
本気で怒ってる?
「すんません、すぐ行きます。ほら、お前も出ろよ。あっち送ってくから」
もう一人の騎士さんが、ばつが悪そうに言ってあの女の人も引っ張っていく。
違うんです、とか言い訳しながら連れて行かれるのをボッシュさんは気にも止めない。
それはそれでいいんだけどね、これってつまり、私にマジ切れってこと?
○ ○ ○ ○
見回りから砦に戻ると、やたら焦って走り回る内騎士が目についた。
「何事ですかね」
「内の騎士が一人、見つかりません。文書庫番の奴です」
通りかかった奴が、強張った顔で告げてくる。
持ち場を離れていたとしても、これだけの騒ぎになるとは思えない。
他になにか無いか、問い質そうとした時。
鐘が鳴った。
「死者、一名、召集、ですよね」
特定の間隔で打ち鳴らされる鐘の音を読むパイクに頷き、思わず舌打ちをする。
トモとリョータはこの音の意味がわからない。
恐らく眠っているだろうから、この音で目が覚めたら確かめるために外へ出て来るだろう。
正体のみえない殺人者がうろついているというのに!
「パイク、リョータを保護しろ」
返事を待たず、トモの部屋へ向かった。
「ボッシュさん!あの子が部屋にいないんです!」
トモの部屋の近くには、半泣きの書記官補佐がいた。
思わず彼女を睨み付けてしまい、距離をとられた。
「夜は、食堂に居たか」
「え、はっはい、居たと思います」
本格的に泣き出したのをなだめ、部屋に戻って鍵をかけておくように言い聞かせた。
トモはどこへ?
彼女が拐われたあの時の事が思い出され、吐き気すら感じる。
「ボッシュ!トモちゃんはお前の部屋やって」
食堂で誰かに話を聞こうと向かっていると、マイヤーがそちらから出て来た。
「確かか」
というか、なぜお前が知っている。
「イアンがな、言っとったんやけど。戻ってやり。リョータはどうやろ?」
「パイクを向かわせた」
とりあえず、イアンは埋める。どうせいつもの三人だろう。
巡回帰りで砦中を走り回るとは思わなかった。
流石に疲労を感じる。
それも、廊下で呑気に話している彼女を見つけるまでだったが。
○ ○ ○ ○
何も言わないボッシュさんに部屋に入れられたけど。
この騒ぎはどうなってるのかな、とか、さっきのあの人とはどうなってるの、とか。
今日は遅かったね、とか。
何で何も言わないの?
なんか腹立ってきた。
怒られるような事、してないよね?
相変わらず、怖い顔でこっち見てる。
ふん。
「さっきのお兄さんに聞いたけど、緊急事態なんでしょう?召集なら、行かなきゃならないんでしょ?私はいいよ、部屋に戻るから」
「トモ」
「さっきの、元カノ?浮気じゃないか、別れてるんなら……でも、無視はちょっとどうかと思う」
「トモ!」
言いたい事を言う作戦は、魔王様には効かなかった。
余計怒らせたかも?
つかまれた両腕が痛い。
本気で、怖い。
怒った人は、いや。
いやだ。
「トモ、何で……」
目の前が真っ白に変わっていって、ただ見開いた目から涙が溢れているのだけがわかる。
あれだけうるさかった鐘の音が遠くなっていく。
気がつくと私は床にへたりこんでいて、そんな私を抱き締める大好きな手が、背中をゆっくり撫でているのに気付いた。
いつの間に?
「あの、ボッシュさん?」
「悪い、怖がらせた。お前は悪くないのに。ただ心配しすぎた反動で……そんな格好で外に出てるし、呑気に立ち話してるし」
そろそろと顔をあげると、今度は顔を撫でられた。
冷たい手がくすぐったい。
私が思ってたのと、論点がずれてるような気がする。
「あの、女の人は?」
「どの人だ?」
おや?
「あのちょっとカッコいい系の騎士さんと一緒にいたでしょ、あの人最近……」
この機会にはっきりさせようと思ったのに。
思ったならば。
いきなり噛みつかれた、ようなキス。
さっきの二人よりも濃厚なやつを、されちゃったよ。
「ちょ、はな…っ……」
話きけぇぇー!
魔王様は気が済むまで味見をして、私がふにゃんふにゃんのくたくたになったらやっと満足そうに笑って、ベッドに寝かしつけてくれた。
結局、あんなに怒ったのも理由はよくわからなかったけど。
事件が起きて、外に危ない人がいるという事と、私を保護するから召集には行かなくていいって事は何とか教えてくれて、ずっと頭を撫でてくれた。
リョータの方にはパイクさん達が行ってくれてるらしいし、大丈夫かな。
安心したらどんどん瞼が重くなってきて、こんな時に寝ちゃう自分ってどうよ、と突っ込みながら。
二度寝最高。
お久しぶりです!
心配とヤキモチで女子をびびらすおっさんの巻、いかがでしたでしょうか?
たいして話がすすんでませんね。
読んでいただいて、ありがとうございました。




