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65話・思えば遠くへ来たもんだ

姉 ボッシュ 弟視点です


暖められた部屋に、ちょっと上等な丸いテーブルと椅子。床には全面ふかふか絨毯。

テーブルは輪切りの大木で出来ていて、表面はツヤツヤで、支える部分はツタがからまったような浮き彫りがされている。椅子には柔らかい布が貼られていて、ちょっとクッションぽい弾力もある。


この部屋は、砦の中の貴賓室。初めて入ったけど、隊長室よりかなり豪華。ラーソンパパが質素すぎるのかも?



私と弟は、テーブルを挟んでにっこりと微笑むオジサマと向かい合ってる。



「さぁ、まだあるよ。こっちは西から来た商人から買ったお菓子。木の実を蜜で固めてるんだって」



あ〜すんごい美味しい。甘いけど。マカダミアナッツとアーモンドをさらっとした黒蜜で固めたみたい。

日本で似たようなのを見たことがあるなぁ……。



「トモ、ぼんやりしてどうしたの?無理に食べなくていいんだからね?」



オジサマの横に立っていたパイクさんが、心配そうに言った。

いけないいけない。

最近、ちょっと変だ。



「すいません。向こうの世界にも、似たようなお菓子がありましたので」



ぼんやりしてたのを皆にじっと見られてた!

恥ずかしさを誤魔化すために私が言うと、オジサマ――パイクさんのお父さん、つまりここの領主様は目を輝かせてメモをとる。




「君達の世界とは多くの共通点があるのだねぇ!」



ものすごく嬉しそう。

漫画なら、鼻から鼻息が出てるのを描かれるね。


色々教えて上げたいけど、弟と違ってあんまり勉強好きじゃないし、弟にしたって深く狭い知識なので、簡単な事を知らない。


だから、食べ物とか植物とか、当たり障りのない話をしている。

それでも喜んでもらえたんで良かったけど。



改めて考えると、なんかこう……。



「トモ、もしかしてホームシック?」



お茶会が終わって部屋に戻る途中、4階の窓からは外が遠くまで見えた。

自分の部屋からは塀のせいで見えない、あの森まで。


だから、弟に言われてちょっとびっくりした。


やっぱホームシックなのかなぁ?今頃。


もう半年以上なのに。



「ボッシュさんは訓練場に行ってるらしいから、遊びに行けば?」



にこっとして、そんな事を言う弟。自分は大丈夫なのか?



あんたはどうなの、て言おうとして、やめた。

不毛すぎるから。


気が抜けたから、今だけだこんなのは。


弟がせっかく教えてくれたから、ボッシュさんに会いに行く事にした。









中に入らなくても聞こえてくる、気合いの入った掛け声、木剣の打ち込みの音。立て付けの悪い窓や扉が震えてる。


はっきり言って怖いけど、ドキドキもする。

いつもは騎士らしさのかけらもない人達が、訓練の時は別人だから。


やっぱり邪魔すると悪いから、音を立てないように扉を開けて、壁際を通って近くに寄ってみた。

ちょうど、セオと知らない人が打ち合っていて、傍には肩に剣を担いで立っているボッシュさんがいた。周りをぐるっと10人くらいが取り囲んでいる。


多分指導してるんだと思うけど、怪我して休暇中の人が何やってんだ?


セオが気合いと同時に踏み込んだけど、相手は下から剣を跳ね上げて、がら空きになった脇腹を打った。


めっちゃ痛そう。骨大丈夫か、セオお兄ちゃん。



「セオ、癖が直らないな。右肩が上がってる」



ボッシュさんが、セオの肩を突きながら言っている。いじめっこみたいだよ…。



「う〜、よく解んないっす自分では」



お腹を擦りながら首を傾げてる、セオは意外と丈夫みたい。


ぼーっと見てると、次々人が入れ替わっていく。的確に、厳しく指導するボッシュさんはいつもと違う。


男は仕事中は変わるってやつだね。

うんうん、かっこいいよボッシュさん、気付いてくれないのは寂しいけど。



何だか疎外感を感じてきたので、気付かれないままそっと出ることにした。






○ ○ ○ ○





今日も、する事がない。


何もしないと体が鈍るので訓練場に行くと、朝番だった奴がそのまま来ていた。さっさと休めばいいものを若い奴は無茶をする。



「ん、傷はどうだ」



「もうほとんどいいんだがな」



木剣を振っていた後ろ姿に近付くと、碌に振り返りもせずに声を掛けてくる。


喋り始めに一音挟む癖のあるこの男、ウェインは静かな男だ。背は俺と同じくらいで、短い赤茶色の毛に薄青の目という派手な外見ながら、女に騒がれようが喧嘩に巻き込まれようが動じない。

必要な事しか喋らないので本人については名前しか知らない。



「指導お願いします!」



珍しく1人のセオが声を掛けてきた。若い連中の中ではクルトに次いで腕が立つが、構えに癖があるのと基本に忠実すぎるところがあって、今一歩踏み出せないでいる。

経験を積めば解消される問題ではあるが、普段の様子と大違いなのが不思議だ。



「ウェイン、セオの相手を頼む」



声を掛けると無言で頷き、2人は対峙する。

マイヤーがやる方がためになるんだが、何かと理由を付けて指導を逃げる。まぁ奴が来ると順番待ちの列が出来るから、気持ちは解らなくもない……。 





「ボッシュ!そこでお前の姫さんにあったぞ?」



場内に入るなり、レオがそう言って出入口を示した。


トモが居たのか?



「俺の雄姿を見て貰い損ねたな。ウェイン、俺とやろうぜ」


「ずるいですよ!」


「私とやりましょう」



何やかやと煩く順番を争い出したので、この場は放っておいて、トモを探しに出ることにする。




トモはどこだろうか?

今日はガルニエ卿と会談した筈だ。終わってから来てくれたんだろうか?



歩く道には、雪ダルマとやらが増えていた。

体力の有り余った若い連中が、大人ほどの大きさのものを作り上げている。


足腰の鍛練にもいいかもしれないな。



トモお気に入りの切り株が雪に埋もれて姿を消している今、一体どこにいるのだろうか?


砦に戻ってから、ぼんやりしている事が多い。前からその兆候はあったが、聞いてみれば食堂の献立だのジルの相手だの、他愛のない内容だった。


しかし、最近は。

勝手に自分が不安になっているのだと、自覚はある。だが、いつか消えてしまうのではないかと、考えずにいられない。





広い敷地の中、トモが立ち寄るのは限られた区域だ。リョータと違って、厩舎や工房には行かない。


食堂などを覗いた後、ようやく彼女を見かけた者に出会った。砦に戻り、一番『森』に近い物見に出る。



4階から出る物見台は、遮るものが無いので寒風がかなりの強さで襲ってきた。


トモは、そんな中で『森』を眺めていた。



「トモ?」



恐る恐る声を掛けると、驚いて振り返り、風に煽られてよろけた。慌てて近寄り支えると、目を瞬いて何も言わない。



「トモ、体に悪いからこっちにおいで」


「訓練してたのに、いつの間に来たの?」



腕をとると抵抗はしなかったが、いささかずれた答えが帰って来た。

何となく不安だったので、その手を放さずに、取り敢えず近い方の自分の部屋へ連れて帰った。


冷たくなった外套の上から毛布で包み、両手を擦って暖める。



「この前と逆だね」



何でも無かったように言うので、ため息が漏れた。



「どうしてあんな所に?」



余裕が無い自分を歯痒く思いながら、問い掛けずにはいられなかった。



「……ちょっと、考えてただけ。思い出してた?来てすぐはそんな暇なかったんだけど。ちょっと、今頃」



ぽつぽつと言う言葉に、更に不安が掻き立てられる。


毛布ごと、強く抱き寄せ、トモの耳に口を近付ける。



「頼むから、居なくならないでくれ。ずっとここに、俺の傍に居てくれ」



心から欲しいと思ったのは生まれて初めてなんだ。



涙を浮かべた透き通る飴色の目を見ながら、小声で付け足した。






○ ○ ○ ○






何だか風邪っぽいです。

ロボが運動不足にならないように、外で遊ばせていたんですけど。


雪だるまを知らないボッシュさんに驚いて、ムキになって実演してしまって。

ソリや雪合戦はやるらしいですけど。


ボッシュさんと並んで、塩とハーブ入りの手湯?をする羽目になりました。お陰で霜焼けにならないでよかったです。




今朝はパイクさんと、父親のアルバン・ガルニエさんとの面談がありました。

各地のお土産――主に菓子類を持って来たアルバンさんは、いかにもパイクさんの親、という感じの陽気で優しく、知的好奇心に溢れた人でした。

レヴァイン家の人に舐められてたのが納得。


僕達が話す地球の生活に、子供のように喜んでくれました。

まぁ、あんまり役に立たないような事ばっかりでしたけど。




姉は帰って来てからホッとして気が抜けてしまったのか、ホームシックに取りつかれてしまったみたいで、ちょっと心配です。

アルバンさん達と話している時も、ちょっとやばいなぁとは思ったんですが。



気分転換にボッシュさん達の訓練を見に行く事を勧めたんですが、どうでしょうか。


僕は続いてラーソン隊長に呼ばれているのです。


「リョータです、失礼します」



今日の当番の内騎士さんはすらっとした女性でした。ちょっと性格がきつそうです。一応挨拶をしてから、入りました。



「そこに座りなさい」



相変わらず前置き無しで、いきなり椅子を勧められました。

僕が机を挟んで向かいに座ると、少し頷いてから、机の上に置いてあった布包みを手に取ります。

シルクのハンカチみたいなそれをごっつい指でそっと開くと、中には指輪が。


あ。


何となく予想がついたので隊長の顔を見ると、目が合って、また頷きました。


「今は、お前達の義父として話すのだが。ボッシュとトモの事だ。フォザーギル家からは正式に、婚姻の申し込みがされている。受けるのならば、この指輪を渡すようになる。本来ならば家長が渡すのだが、今回はお前が代行するのが相応しいように思う」  



あ〜やっぱり。婚約指輪でした。こっちも指輪するんだ。

綺麗な銀色で、表面にうねうねした溝みたいな模様が彫っています。



「僕達の世界も、婚姻には指輪を交換するんですよ。左手の薬指にするんです」


「そうか。ではトモにも受け入れ易いな。女にはなぜか決まった石の入った指輪なんだが、指は決まっていないな。男には指輪でなくてもいいんだが…輪になっているものなら」



へぇ、それはちょっと面白いです。

この世界の正式な結婚は、男から指輪を贈って申し込み、女性は返して断っても構わない、が、受け入れたら死別以外に離婚は認められないとか。

指輪に使う石は決まっていて、『約定の石』と呼ばれてて、見た感じイエローダイヤモンドみたい…!心変わりすると色が濁るという言い伝えがあるそうです。怖っ。

高価なので平民や外国人はある程度自由にやってるらしいですけど。

準貴族として扱われる三代以上続く騎士の家系や裕福な家は拘るそうです。



「マルキン先生はとても乗り気だったからな」



珍しく、冗談めかした口調です。こんな風に雑談するのも初めてだし。

何だか醸し出す雰囲気も、いつもより柔らかく感じられました。




姉とボッシュさんの事はお城に行った時に言われたから、覚悟していました。


あとは、姉の気持ちだけです。



受け入れるなら、ボッシュさんが持って来た指輪はお義父さんから姉へ、僕がこの指輪をボッシュさんへ。 


僕が思うに姉は貰う指輪は直接の方がいいと言うに違いないですが、郷に入っては郷に従え。


せめてこれは、自分でボッシュさんに渡して返事をするようにさせてあげようと思います。


この世界、結婚式ってやるんでしょうか?

ちょっとドキドキします。



気付けば前の更新からずいぶん経ってしまいました。


寒くて指が動かないのですよ。

お待たせした割に…なんっすが。


申し訳ありませんが、しばらく更新はこんな感じかと思います。

気長に、お待ち下さいませ



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