64話・休みの日はなにしよう
ボッシュの独り言です
砦に戻ったがすぐには復帰させてもらえず、医者が許可するまで休暇ということになった。
休まされても、やることがないんだが。
取り敢えず、留守にした間埃のたまった部屋を掃除してみたが、半日もかからなかった。
何となく窓を開けて雪景色を眺めていると、ロボを伴ってどこかへ行くリョータの姿が見えた。
暇つぶしにいいかもしれない。
外套を羽織って外に出ると思いの外空気が冷たく乾いていて、思わず咳が出る。
体に変に力が入ると傷が痛み、呻き声が出てしまい、辺りを見回した。
よし、誰も居ない。
トモかパイクにでも聞かれていたら、大騒ぎされるところだった。
脛の半ばまで積もった雪を掻き分け出来た道を歩いて行くと、しゃがんで雪を捏ねているリョータを見つけた。
「……何をやってるんだ?冷たくないか?」
暫らく後ろから見ていても意味が解らなかったので声を掛けると、やたら大袈裟に驚いて飛び退いた。
しかし、リョータが跳ねた先は積み上げられた雪。
後向きに、面白い具合にめり込んだ。
「うわっ!もぅ、何なんだよ!?」
起きようとしても動くたびに深く埋もれていき、それにつれて不機嫌さを増す。
離れた雪の深い場所で遊んでいたロボが慌てて戻って来たが、おろおろとリョータの周りを行ったり来たりするばかりで、どうしようもない。仕舞いにはこちらを見上げて哀れっぽく鼻を鳴らし始めた。
リョータに手を貸して起こしてやると、憤然として体を叩き、細かい雪を払い除ける。
「うあ、背中に入った〜」
悲鳴をあげて悶えるのが、リョータには珍しく子供っぽい仕草で面白い。
「ここの新雪ってさらさらですよねぇ。折角積もったのに雪ダルマが作れないなんて」
ユキダルマとは何だろう?
「リョータ、何が作れないって言った?」
俺が問い掛けると、リョータは目を丸くした。
無言だったがその表情からは、『信じられない』『この人は何を言ってるのだろう』というような事を考えているのが読み取れた。
「やらないんですか?こんなに雪が降るのに?信じられない!」
あ、言ったな。
気を遣った発言をするリョータには珍しい。
その後はリョータによるユキダルマの講義が行われ、作ってみることになった。
流石に、寒いんだが。
細かい雪はリョータの説明通りに丸めようが転がそうが、手で包める以上の大きさにはならなかった。
話し合った結果、水を少しだけ混ぜるといい具合に固まり、繰り返すと次第に大きな雪玉が出来上がっていった。
「うーん、今回は2段でいくしかないなぁ」
リョータによれば、彼が子供の頃住んでいた地域では雪玉2個、ここに来る寸前まで住んでいた地域では3個重ねて作るという。
今も子供だろう、と思わず言ってしまったが、黙殺された。
時間を忘れて作り続けた結果、その雪ダルマはマーシャルくらいの大きさにまで成長した。
ロボがどこからかくわえて運んできた枝や丸い石などを使って飾り付けすると、人の顔に見えてくる。
「これは人なのか?」
「うー、説明は難しいんですが、簡単に言うと、手足を簡略化してある人形でダルマというのがあって、これは雪で作ったダルマってわけですよ…」
どこか言いにくそうに、首を傾げながら説明してくれてたので、頷いておいた。
奇妙な達成感を覚えながら雪だるまを見ていると、後ろから誰かが歩いてくる音がした。
「何やってるの?」
「これは何ですか?」
連れ立ってやって来たのは珍しい組み合わせで、トモとケラーだった。
どこか女性的な美形のケラーは、宮廷で宰相配下の書記官として働き始めたものの、どこかの貴族の奥方に見初められ、逃げ回った挙げ句に自らこの辺境の砦へやって来たらしい。
トモと並んでいると、兄妹のように似ている。
顔も、どこか他人を寄せ付けない雰囲気も。
面白くなくて、トモを抱き寄せようとして手を伸ばすと、少女は奇声を発して飛び上がった。
「何この手っ、つめたっ!素手で雪だるま?!」
一瞬触れたトモの手を、これ以上冷やさないようにと慌てて離れる。
言われてみれば、指先が、というより手が全体的に鈍く痛むような気がする。
「血行が阻害されているようだな」
ケラーが、俺の手とリョータの手を交互に見ながら言った。
「夢中になってた」
手のひらを擦り合わせながらリョータが呟き、身を震わせる。
「食堂行って、お茶にしよう。パイクさんの家族が来て、おいしいお茶とかお菓子を持って来てくれたんだよ」
さっき放した手は、今度は向こうから伸ばされ、俺の冷えきった指先を包む。ゆっくりと撫で、何度も優しく揉み解される。
優しい手つきとは逆に、トモの顔には呆れて、怒っているような表情が浮かんでいる。初めて会った頃に比べて、とても表情が豊かになった。
ずっと手を握っていてほしかったが、このままではトモの体が冷えてしまう。
同じように冷えたはずのリョータは、ロボの毛に手を突っ込んで暖をとっているが。
ケラーの珍しく笑みを含んだ視線も気になってきたので、食堂へ移動することにする。
たまには、こんな日もいいもんだ。
久々のほのぼの〜