7・はじめての朝
姉 ジル 弟 の順です
明け方だ。ピルピルと響く鳥のこえ。
窓からうっすら陽が差し込んでくる。なんだか寒い。
私の部屋にこんな大きな窓あったっけ?
ベッドも硬いし、枕も日本から持ってきたお気に入りと違う・・・。
陽を避けてごろん、と寝返りをうつと、目を閉じたままの顔にフサフサした毛があたった。
びっくりして目をあけても視界は一面毛で覆われていて、何が何だか・・・?
べろんっ
ぼんやり見ていると、毛玉が動いて、舌が出てきて私の顔を、舐めた?!
「にゃ、なめっ!」
とっさには人間まともに喋れないのね。
仰け反って逃げようとするも、敵は立ち上がってベッドに前脚をかけ、フンフンいいながらベロベロと舐めてくる。家の中になんで獣がいるのっ・・・?
そういえばここは異世界で好青年に拾われて弟と一緒に獣部屋に泊めてもらったんだった!!
一気に覚醒した私は硬い枕を掴んで、弟の方へぶん投げた。
「起きろっ、リョータ、お姉様の危機にのんきに寝てんじゃねぇ!!」
早く起きないと食べられたらどうすんのよ?!すっごい勢いで味見されてるじゃないか〜。
「う〜まだ寝かして・・・寒い・・トモ!大丈夫?」
寝呆けながらもようやく気付いた弟が、灰色の毛玉を引き剥がしてくれた。
なんてひどい朝。もうちょっとで動物虐待するところだった。
私の気持ちも知らずに、今度は弟にロックオンした毛玉はワシワシ撫でてもらいながら喜んでいるようだった。弟のベッドの上には、じゃれる一人と一匹を見ながら欠伸する黄色い化学モップ。テーブルの鳥籠からはピルピルと歌声が響いている。
カオス。
誰でもいいからこの状況なんとかしてくれ。
○ ○ ○ ○
今朝はなんだか気分がいいわ。いつも仕事は楽しいけど、単調だから・・・。
騎士のパイクさんが、巡回中に何か拾ってくるのはよくあることだったけど、今回はなんと、かわいい姉弟を拾ってきちゃったのだ!あんまりかわいくて、二人とも女の子かと思ったわ!砦にはむさくるしい男性が多いから、安らぐわ〜。
一晩で噂になってるし!
オバサマ方も騎士団も、パイクさんの拾ってきた子供たちが見たくてそわそわしてる。ここは娯楽もないからなぁ・・・仕方ないか。
私はパイクさんとボッシュさんに偶然会って頼まれたから、一番に会えて運がよかったよね!
それにしても人間拾うっておかしいわね。落ちてるようなものじゃないし。変わった服装だから他国の出だろうし・・・捨て子かしら?家出かしら?まさかパイクさんが攫ってきた?そんな訳ないか。
それともあの森の噂通り?
「おはよーう!二人とも起きてる?」
ちょっと考え込んじゃったけど、意味の無いことはやめよう。二人に朝食を食べさせないとね。
ドアをノックしてからそっと開くと、何とも言えないことになっていた。
姉のトモはベッドの上で一生懸命顔を拭っていて、弟のリョータはパイクさんの拾った動物と一緒になって床を転げ回っている・・・食べられてるんじゃないわよね?巨大な獣に襲われているようにしか見えないんだけど。
「あの〜、リョータは大丈夫?二人とも、朝食は食堂で出すから呼びに来たのよ。それと着替えも。それじゃ寒いでしょう」
「ジルさんおはようございます。これは大丈夫です、じゃれているだけだから」
トモが淡々と挨拶して、少し頭を下げる仕草をした。服を渡しながらそっと彼女を観察してみる。
とっても綺麗な子。ちょっと痩せすぎだから、うんとたくさん食べささねば!!
部屋の隅でささっと着替えて、ぶかぶかな服の袖を折って調整している様子は何だか見てはいけないものを見ているような気がして、どきどきするじゃないの!・・・砦の男どもから隠したほうがいいんじゃないかしら〜。
「あ〜ジルさんおはようございます!」
転がっていたリョータも、ようやく遊ぶのに?飽きて起き上がったから服を渡した。子供は朝から元気ね。
「この食堂、広いけどあんまり人いないですね」
「それは時間が早いのと、交代制で食事にくるから。作るほうも大変だからよ」
二人を案内して食堂に着くと、リョータが楽しそうに辺りを見渡して言った。さっきケラケラ笑って転がっていた子には見えない。年の割りには落ち着いているように見える。
トモの方は黙って居心地悪そうにして、眠そうに目をこすっている。あんまり周りに興味が無いのか人見知りなのか、めったに口を開くことが無い。
「二人とも、食事が済んだらパイクさんが迎えに来るから、それから隊長さんに会ってお話をするそうよ。だから、しっかり食べなさいね!」
トモはますます不機嫌そうな顔になり、反対にリョータは面白そうな顔をして頷いた。
○ ○ ○ ○
今朝の目覚めはエキサイティングでした。
姉の怒号とともに硬い枕をぶつけられて、ちょっと寝呆けながらそっちを見ると灰色もふもふに姉が襲われていました。
犬に起こしてもらうとか、とても幸せだと思うのに本気の殺意を感じたので慌てて引き離して、かわいそうだからガシガシ掻いて僕が相手をしてあげました。
遊んでたら知らないうちにジルさんが来ていて、長袖のプルオーバーを貸してくれたので、ありがたく着替えさせてもらいました。
綿みたいだけどちょっとごわごわした生地の朱色のような服です。柔軟剤を使わずに洗った感じです。
姉も同じ服で、僕達にはちょっと大きいようです。上から見たら見えるんじゃないだろうか・・・?
砦外の食堂に連れて行かれて、意外にたっぷりとした朝食を出されました。
丸いパンに野菜スープ、薫製のハムなどなど。
僕達、とくに姉は朝あまり食べないので辛そうでしたが、ジルさんは食べなきゃどこへも行かさん、という風情で許してもらえませんでした。
食堂で働いてるらしいから食事を大事にしているのでしょうか。食育とか。
「やあおはよう!よく眠れたかい?ジルさんも、お世話になっています!」
食べ終えてしばらくするとパイクさんがやってきました。相変わらずにこにこ顔で、目線はジルさんに集中しています。よし。
「・・・よく眠れはしましたが、早朝に巨大な毛玉の襲撃をうけました」
機嫌の悪い姉がボソッと呟きましたがパイクさんには聞こえなかったようです。
「やっぱりな。別の部屋がもらえるといいがな」
いつのまにか後ろにボッシュさんが立っていて、僕の頭をポンと叩きながら言いました。昨日の『ゆっくりできるといいな』発言からして予測していたんでしょうねこの人は。
「じゃあ行きましょうか。そろそろいい時間です」
パイクさんに促され、ジルさんに見送られて僕達は改めて砦へ向かいました。
おそらく砦で一番偉いと思われる隊長さんに面会するために。
犬に舐められて起きるのはわりとドッキリしました。
読んでくださってありがとうございます。
お気に入りにしていただいてとても嬉しいです。あと恥ずかしい・・・